メガネのままでいいと言ってくれる人〈リーフェリオン視点〉
***〈リーフェリオン視点〉
「すみません、フラウレイドさんはちょっとだけ外で待っててもらえますか?」
執務室の前で、ショウはなぜかフラウにそう言った。
「……わ、わかりました」
フラウはほんの一瞬驚いたようだったが、そのまま扉の外に控える。
「話が済んだらすぐ呼びますね」
ショウは明るくそう言って、私に続いて執務室に入ると部屋の扉を閉めた。
私の胸が不安にざわめく。
いまだかつて、彼がこんなことをした事はなかったはずだ……。
フラウにも聞かせられない話というのは一体何なのだろう。
まさか、海の王や森の主に、何かとんでもない条件や難題を出されているのだろうか……?
そうでもなければ、あんなにたくさんの宝具を手にするなんて……。
いや、しかし、ショウのこれまでの功績を考えれば、決してもらいすぎという事はないのかも知れないが……。
「リオン様」
間近で聞こえたショウの声にハッと顔をあげると、ショウは私のすぐ前に居て、温かなその手で私の両手を取った。
「リオン様、聞いてください」
その声があまりに真摯で、思わず息を呑む。
「ショウ……」
ショウの茶色がかった黒い瞳にじっと見つめられると、まるで吸い込まれてしまいそうになる。
幾度も私を励まし、支え、守ってくれた人……。
「わ……私も、ショウに伝えたいことが……」
勝手に口から溢れてしまった言葉を、私は慌てて取り消した。
「いや、何でもない。忘れてくれ」
何を……何を勝手に伝えようとしているのか。
私の口は、こんなに迂闊だっただろうか。
ショウはこれから新事業の準備で忙しくなるというのに……。
こんなところで私の勝手な気持ちを押し付けて、彼の貴重な時間を奪うのは、到底許されない行いだ。
彼の温かな手に包まれている両手を握りしめるわけにもいかず、じっと胸の痛みに耐えていると、ショウがゆるゆると首を振った。
「俺は、両親をある日突然失いました。だから、後で言おうとか今度言おうって思っていた言葉を、永遠に伝えられなくなる事があるって知ってます」
ショウはそう言って、私の頬にそっと触れた。
まるで私の心でも覗いたかのようなショウの言葉に、私はただ目を丸くする。
「それはリオン様も同じはずです」
ショウはどこか愛しむように、私の頬をゆっくりと撫でる。
それだけで、私の胸は苦しいくらいに締め付けられる。
「俺はリオン様に後悔をさせたくないです。だから、俺に言いたいことがあるならなんでも言ってください。俺も言いますから……ね?」
「ショウ……」
私は彼の優しい言葉に、途方に暮れてしまった。
どれほど考えても、分からない……。
……分からないんだ……。
私の、この想いをショウに伝えた時に、ショウがどんな風に思うのか……。
ショウがもし私の想いを嫌だと、気持ちが悪いと思ってしまったら……。
もう二度と、ショウとは会話もできなくなってしまうかもしれない。
そう思うと、怖い……。
……怖くて、たまらないんだ……。
心の底から滲む恐怖に、手足が震えてしまいそうだ。
私はショウに怯えが伝わらないよう、ショウの手をそっと解こうとした。
けれど、ショウは私の手を解くどころか、ギュッと握って私を引き寄せた。
「……ぇ……?」
気づいた時には、私はショウに抱きしめられていた。
「リオン様、俺、リオン様のことが好きです」
不意に伝えられた言葉に、理解が追いつかない。
「ショウ……?」
戸惑うしか出来ない私の肩口で、ショウは強い意思の籠った言葉を続ける。
「俺、リオン様におかえりって言ってもらえるのが、凄く嬉しいんです」
ショウは……、彼はいつも、私が心を込めているところに気づいてくれる。
そして、喜んでくれる。
それが私にとって、どれほど嬉しく励みになっているのか、彼は知っているんだろうか……。
「だから……、リオン様が良ければ、ですが。眼鏡店を開いた後も、俺はリオン様のところに帰りたいです」
そう言って、ショウは私から身を離した。
しかし離れたのはほんの少しで、彼はまだ至近距離から私の顔を覗き込んでいる。
その顔が確かに赤くなっているのを見て、私はようやく理解した。
私は今、彼に、好きだと言われたのだと……。
理解した途端、顔が熱くなって心臓が大きく跳ねた。
「……っ」
どうしようもなく熱くなり続ける頬を思わず手で隠す。
「……リオン様?」
私は、答えを求められていることにようやく気づいて、慌てて口を開いた。
「もちろん、それは、私からお願いしたいくらいだ……」
私の返事に、ショウはホッとした様子で笑った。
「ありがとうございます」
ショウは……彼はこれからも、私のところに帰ってきてくれるのか……。
私は……、ショウとまだ離れなくてもいいのか……。
現状の把握が追いつくと、胸が喜びでいっぱいになって、溢れてしまいそうだ。
「ショウ……っ」
思わず、私よりも背の低い彼に抱きついてしまう。
「ありがとう、本当に……」
年下のショウに縋る私の声は、自分が思うよりもずっと情けなかった。
ショウは私の髪を優しく撫でて、まるで私に言い聞かせるかのように、ゆっくりと伝える。
「リオン様……、好きです……」
ドクドクと心臓はうるさいほどなのに、ショウの優しい声に不思議と心が安らぐ。
「ショウ、私も……私もショウが好きだ。貴方を………………っ」
胸が詰まって途切れた言葉を、ショウは私の背をさするようにしながら待ってくれている。
気づいた時には、涙が後から後から溢れ出していた。
「貴方を……、心から、愛している……」
途切れ途切れの私の言葉に、ショウが私の顔を覗き込んだ。
「リオン様……」
私の涙に気づいたショウが、サッと私のメガネを外してしまう。
「それは……っ」
いけない、メガネがなくてはショウを睨んでしまう……っ。
私は慌てて顔を背けた。
ショウは「能力選択、レンズ加工」と慣れた様子で唱えると、私のメガネに手を加えて「リオン様」と私を呼ぶ。
思わずギュッと目を閉じたままショウの方にそろりと顔を向けると、ショウはメガネを優しく私の顔に戻してくれた。
「これで涙に濡れても大丈夫ですよ」
そう言って、すぐそばでショウが笑う。
彼の明るい笑顔がメガネ越しにクッキリ見えると、私の視界はまた酷く滲んでしまった。
「へへへ、俺達両想いですねっ。すげー嬉しいです。俺も、リオン様が大好きですっ」
明るい声で、私に繰り返し気持ちを伝えてくれるショウの姿が見たくて、私はメガネを持ち上げて下からハンカチで涙を拭う。
私と目が合うと、私を見上げているショウの優しい茶色を帯びた黒い瞳が、ゆるりと細められた。
「リオン様、キスしてもいいですか?」
「……ぇ…………?」
キス……?
キッ……、キス……!?
というとその、唇を……重ねる、あの…………?
わっ、私に……!?
ショウが!?!?!?!?
「リオン様はキスしたことってありますか?」
不意の問いに、私は思わず首を振った。
「いや、その……まだ、その……」
無いと答えても良いのだろうか……?
25歳を過ぎて、これは恥ずかしい事ではないのだろうか?
ショウに対して、私は何と答えるのが正解なのだろうか……!?
「ファーストキスですか……?」
確認を取ってくるショウが、嬉しそうににんまりと微笑む。
私はそこでようやく、これは素直に答えて良いのだと分かって、しっかりと頷きを返した。
「俺がもらってもいいですか?」
尋ねながらも、ショウの両手はするりと私の顎と後頭部に回ってくる。
返事をしきれないままに、黙って喉を上下させると、ショウはそれを同意と取ったのか小さく笑った。
ショウの手に少しだけ力が込められて、私はショウの顔へと引き寄せられてしまう。
彼の顔がゆっくり近づいてきて、私は恥ずかしさに思わず目を閉じる。
ああ、しかし、私達は互いにメガネをかけているのだから、メガネが、その……当たってしまうのでは……?
そんな風に思う間に、ショウの唇は、私の唇に、優しく触れた。




