メガネの破損はありません
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「はー。すげー数だな……」
俺は森近くの空き地に山盛りになった大量の隕石を眺める。
ウィルトゥーズ領は海には面していないが、森に囲まれているからな。
「あちこちの集計を合わせると、最終的に落下数の三倍近く集まりそうだと言われているよ」
リオン様がクスクス笑って言う。
あー、楽しそうだなぁ。
いっぱい金属が集まったら俺が喜ぶと思ってんのかな……。
……可愛いな……。
サラサラと揺れるリオン様の淡い金髪を眺めていると、俺の肩に太い腕がズシっと乗る。
「トーチカ、あんまリーフェをそんな顔で見つめてんなよ。周りにバレバレ過ぎるぞ」
小声で言われて、俺はグラ兄を見上げる。
だってリオン様の方見てると、にやけんの止められそーにねーもん。
ん?
「そういやグラ兄はあんだけ傷だらけになったってのに、メガネは壊れなかったんだな」
グラ兄は俺の言葉にニッと笑って答える。
「ハハッ、オレがトーチカの作ってくれたメガネを壊すと思うか?」
くっそ、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。
そんな俺に、リオン様が振り返って言う。
「ああ、それに関しては城からの報告でも、ショウの作ったメガネの破損は1つもなかったそうだよ」
うわ、グラ兄の兄さん達も、他の騎士さんや魔導士さん達もか……?
皆、俺のメガネ大事にしてくれすぎだろ。
……めちゃめちゃ嬉しいんだが!?
「ハハッ、嬉しそうな顔してんなぁ」
「嬉しい時に嬉しい顔しねーでいつするんだよ!」
言い返した俺に「それもそーか」とグラ兄がゲラゲラ笑い出す。
そういや、お貴族様はあんま顔に感情出しちゃダメなんだっけな?
グラ兄もこう見えて貴族出身なんだもんな。
……いやまあ、出身ってだけな気もするが……。
リオン様とフラウレイドさんが報告と実数を数えつつチェックをしている。
時々俺を振り返っては「これにはショウの欲しがっていたニッケルが沢山含まれているよ」とか「これにはチタンが多いようだね、早く加工技術が追い付くといいね」と声をかけてくれる。
はー……可愛いな……。
俺の言ってたこと全部覚えててくれてんだな。
実際、今回の隕石からかなり質の良い鉱物が沢山取れるらしく、現場をうろつく技術者や鍛治師はみんな浮かれた顔をしている。
今までは、町に残った隕石では熱でダメになる成分が多かったらしいが、今回海に落ちたものはオンブロンド王が冷やしてから陸に上げてくれているからな。
森の方でもある程度冷やしてくれたらしいので、この空き地に集まっている鉱物もかなり質が良いとあちこちでキンキンカンカン中を割って覗く人達が盛り上がっていた。
「そーいや、屋敷で保管してるでっかいレンズって、どーすんだ?」
グラ兄に聞かれて答える。
「あーあれな、店の窓にするよ。遠目から見ても目立つし、良いトレードマークになんだろ」
何せこの世界にはあのサイズの板ガラスは技術的にも存在しないからな。
「はー、なるほどなぁ……。やっぱ、トーチカは頭いいな」
そう言ってグラ兄はワシワシと俺の頭を撫でる。
「そうか? グラ兄とあんま変わんねーと思うけどな……?」
「んー? ……なんかそれって、オレのこと頭悪ぃって言ってねーか?」
鮮やかな緑の瞳を半分にしたグラ兄は、俺の意図を正しく読み取っていた。
「言ってる」
「はぁ!? 失礼な奴だな!? オレは頭いい方だぞ!?」
「……マジで言ってる?」
「マジマジ! 騎士団の中では知的な方……って、いや待てお前、誰と比べてんだ!? リーフェとかフラウ兄さんと比べんなよ!? この国で一番頭いい宰相の息子やらその補佐官と比べりゃ誰でも頭悪ぃに決まってんだろ!?」
……言われてみれば確かにそうか……?
俺とグラ兄が頭悪いんじゃなくて、俺達の周りの人達の頭が良すぎんのか……??
俺が首を傾げていると、領主代理の仕事を済ませた優秀なリオン様がパタパタと小走りで駆け戻ってくる。
この、走る必要もねーのに俺んとこに駆け寄ってくる様子が可愛い。
そんで、俺を喜ばせようと、せっせと状況を説明してくれるのがまた可愛い。
「回収作業もそれぞれに班を作って作業を分担しているからね、金属に強い飛来人もチームにいるので、きっとショウの望む金属もそう待たずに手に入るよ」
とか。
「実はね、精錬のための工房も既に準備ができているんだよ」
とか。
「オンブロンド王もソスリアル様もこちらとの連携が思ったより良かったようでね、十年後も同じように協力してくれるそうだ。これで国が潤う仕組みが整えば、十年に一度の災害は、恐怖の日から恵みの日に変わるかも知れないね」
なんて、嬉しそうに微笑んで言われたら、もう、ぎゅっと抱きしめたくなるのを我慢するので精一杯だ。
「よかったですね」とか「それは嬉しいです」と答えると、リオン様はそれはそれは嬉しそうに笑ってくれるんだよ。
ラベンダー色の瞳がキラキラしててさ、幸せそうだなと思う。
ずっとこんな風に、リオン様のそばにいてやれたらいいのにな……。
いや、俺がいつまでもそばにいちゃ、リオン様が幸せになれねーのかな……?
また痛み出しそうな胃をなんとなく押さえて、俺がじわりと俯くと、目の前に小さな水音とともに水球が生まれた。
「……あれ、カルール王子……?」
水球の中から俺を見上げてくる小さな青い瞳と目が合う。
ぱち。と小さく瞬く黒いタツノオトシゴは相変わらず可愛らしい。
『父様に……、トーチカ様を、城までお招きするよう、言われました……』
「そうか、知らせに来てくれてありがとう。助かるよ」
俺の返事が終わるや否や、俺の体を水球が包み込む。
この水音にも、そろそろ慣れてきたな。
即座にグラ兄が水球の中に腕を突っ込んで、俺の手をしっかり握る。
「おっと、今度はオレが付き添う。リーフェはまだ仕事だろ」
グラ兄は、器用に顔を水球の外に出したままリオン様と会話する。
「わかった。ショウを、よろしく頼む」
リオン様はそう答えながらも、眉間に小さく皺を寄せて、むっとした面白くなさそうな様子が滲み出ている。
外だってのに、感情を堪えきれないその様子が珍しいなと思ってから、ああ、そのくらいリオン様は俺を心配してて、離したくないと思ってくれてるのか、と気づいてしまい、顔が熱くなる。
水球の中でよかった。
この中なら顔色の変化もわからないだろう。
俺の目の前でカルール王子があわあわしているので、これはカルール王子ではなくオンブロンド王の意思なんだろう。
相変わらずせっかちというか、人の都合に合わせる気がないというか……。
俺を心配そうに見上げるリオン様に手を振ると、リオン様もちょっと悔しそうな顔を懸命に堪えて、俺を安心させようと微笑んで手を振り返してくれる。
あー……。
リオン様はやっぱり健気で可愛いな……。
そう思う間に、しゅるると水球の中に墨のような黒が混じり始めて、視界が暗く閉ざされてゆく。
思わずグラ兄の手を握り直すと、全身を水球内に収めたグラ兄が「オレがついてっから、心配すんな」と優しく言ってくれる。
なんだよ、脳みそ下半身のくせに……。
グラ兄は相変わらず優しくて、頼もしかった。
久々に呼び出された海の王の城。
あー、このだだっ広い空間は、転送の間って言ってたっけな。
そんなことをグラ兄に説明してると、やはりカルール王子がパタパタと駆け足で迎えに来てくれた。
見慣れない少年の接近にグラ兄が警戒するので「カルール王子だよ」と説明する。
「トーチカ様……、ようこそ、お越しくださいました……」
この中学生ほどの少年姿のカルール王子は、王子感マシマシになるよな。
どう見ても質の良い、細かな刺繍とキラキラしたシェルの装飾付きの黒ベースの衣装も、つんとした人間離れした小顔も、肩につくほどの長めの黒髪も。
うん。まさに美しき少年王子様って感じだ。
「ほぁー……。スッゲェ美少年じゃん……」
グラ兄の呟きに内心で頷きながら、俺は釘を刺しておく。
「これから王の前に行くんだから、切り替えてくれよ?」
「お、おう……。そうだな。わかった」
答えるグラ兄の視線が何度もチラチラとカルール王子を撫でるのを見て、俺はこの人本当に気が多いよな……なんて思う。
頼むからカルール王子にはちょっかい出さないでくれよ……?
不敬すぎるぞ?
「グラ兄、オンブロンド王はカルール王子を溺愛してっからな?」
「ああ」
お、返事もちょい引き締まってんじゃん。
「あと、オンブロンド王は俺達の心読み放題だからな?」
「ぁあ!?」
「くれぐれも変なこと考えねーでくれよ……?」
「ぜ……善処する……」
おいおい……心配だなこの人……。




