メガネに映る朝日
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遠くで鳥のさえずる声が聞こえる。
なんだか久しぶりに聞いたな。
そっか、昨日は鳥の声ひとつしなかったもんな……。
バチッと目を開いて、今まで閉じていたことに気づく。
どこだここ!?
見慣れない部屋はとても狭くて、俺のアパートといい勝負だ。
窓の外からはキラキラとした朝日が差し込んでいる。下の方から。
つまりこの場所は朝日よりも高い位置にあるって事か。
コンコン、とノックの音がして「トーチカ様、おはようございます。そろそろ起きてください」とフラウレイドさんの声がする。
疲れを滲ませたその声には安堵も共に滲んでいた。
あー、そっか。
俺は昨夜22時に最後の交代をして、リオン様に休んで良いよって言われて。
フラウレイドさんに椅子に座らされて、毛布をかけられて、あったかいミルクをもらって……。
……爆睡したって事だな!?
6歳と14歳が0時まで起きて仕事をする横で、俺だけ寝てたのか!?
だとしたら、かなり恥ずかしいんだが!?
「トーチカ様、入りますよ?」
「あっ、起きてますっ! 今行きますっ!」
俺は慌てて返事をすると、メガネをかけて寝癖を押さえながら部屋を出た。
狭い螺旋階段を登って物見の塔の上に出ると、朝日を浴びて町がキラキラと輝いている。
俺の姿を見つけたリオン様が、朝日に銀色のフレームを輝かせて、プラチナブロンドをキラキラさせながら小さく微笑む。
「おはよう、ショウ。朝早くからすまないな。まだ寝足りないとは思うが、一旦屋敷に戻ろうと思う」
「おはようございます、リオン様」
「おー、トーチカ起きたか。ブハハハッ、すっげー寝癖っ! どうやって寝たんだよ、おい!?」
全身煤けたグラ兄は、それでも朝日の中で鮮やかな緑の髪をなびかせている。
ゲラゲラ笑うグラ兄の甲冑には見覚えのない傷が更に増えていたけど、元気そうで何よりだ。うん、ちょっとうざいくらいだな……。
「グラ兄深夜テンションすぎる……」
「トーチカ様、お水ですがいかがですか?」
改めて見ると、フラウレイドさんには執事っぽい服の腕と足に肌まで貫通してそうなかぎ裂きがあるな。
木製のカップを手に声をかけてくれる様子を見る限り、痛みはなさそうだ。
もう治したのだろう。
「いただきます」
答えた俺の手に、冷たい水の入ったカップが渡される。
「師匠、おはようございますっ」
朝日に輝く可愛いコルトの笑顔も、さすがにちょっと疲れが滲んでるな。
「おはようコルト。グラ兄に襲われなかった?」
「大丈夫ですよっ。ボク強いですから!」
言われてみれば確かにそうだ。
俺やリオン様では腕力ではグラ兄に敵いそうもないが、コルトなら負けないか。
カルール王子は流星光雨災害が終わった後、すぐに水球で海に帰ったらしい。
ルミリオス王子は予定通りに記録を続けて0時を過ぎてから就寝して、ヴァルさんは少し前に魔力枯渇でダウンしたらしく、二人は俺の寝ていた部屋の下とそのさらに下で今も眠っているそうだ。
ヴァルさんの無尽蔵に見えた魔力も、枯渇することがあるんだな。
いやなんか、むしろ安心した。
ちゃんと、俺と同じ人だったんだなーと……。
離脱した年少組と俺を除いた5人は、夜が明けるまで一晩中状況把握や消火や怪我人の治療にとそれぞれ駆け回っていたようだ。
改めて町を見回せば、細い煙の上がる家はいくつもあったが、それはどれも煙突からで、見渡す限り黒い煙や火の手の上がっている場所はひとつもなかった。
あ、そういや俺のドでかレンズは……。
ん? なんか全然違うとこにあるな。
「あ、師匠の冷凍レンズはあれから消火で大活躍だったんですよ!」
冷凍レンズ……。
お前、いつの間にそんな名前にされたんだ……?
うわ、よく見りゃレンズに朝日が差し込み始めてるが、あれってあのままにしてたら収れん火災を起こすんじゃないか!?
俺が慌てて説明すると、眠そうな顔のコルトが嫌な顔ひとつせずに俺をレンズの場所まで連れて行ってくれた。
俺はレンズ加工で表面の冷却効果を消す。
収れん火災対策に、レンズの凹凸も消しておく。
……でもレンズ自体は消せないんだが……?
これって、どうしたら良いんだ……?
俺はひとまず丸いガラス板と化したレンズを日陰に寄せる。
近くの騎士さん達が、あとでリオン様のお屋敷に運んでくれると言うのでありがたく任せた。
俺のレンズがガンガン消火に使われていたのを見ていたらしい騎士さんに、めっちゃ感謝されたり見送られたりしながら、俺達は馬車に乗ってリオン様のお屋敷へと戻った。
馬車から見える朝の町では、地下壕から戻ってきた人達が、あちこちで無事や再会を喜び合っている。
光雨の影響で建物はあちこちが崩れていたけれど、町には明るい声が満ちていて本当に良かったと、俺は心から思った。
俺はカーテンの端をめくっていた手を離して、視線を車内へと戻す。
4人乗りの馬車の中は両窓ともにカーテンが引かれていて、俺以外は皆目を閉じていた。
ちなみにフラウレイドさんは御者席だ。
俺の前には腕を組んだ姿勢で眠るグラ兄、その隣にグラ兄の膝に頭を乗せてコルトが眠っている。
俺の横ではリオン様が、こっくりこっくりとプラチナブロンドを揺らして船を漕いでいた。
うう……。
この、俺の肩にこっくりと触れてはまた離れていくプラチナブロンドが、超絶もどかしいんだが……!?
いいよな!?
付き合ってなくてもさ!?
別に肩くらい、抱き寄せてもいいよな!?
疲れてんだからさ、屋敷まで俺に寄りかかってくれたら良いだろ!?
俺は意を決してリオン様の肩を引き寄せる。
張った肩パッドの下の、細い骨の感触が指に伝わる。
サラサラのリオン様の髪が俺の頬に触れると、あんなに走り回った後だってのに、やっぱり汗の匂いに混じってふわりとリオン様の良い匂いがして、俺は小さく息を呑んだ。
「……ん……、ショウ……?」
「寄りかかっていてください」
俺の言葉に、リオン様がふっと小さく笑って「ありがとう」と薄く開いていた目を閉じる。
それだけで、じんと胸の奥が痺れて、じわじわと温かいものが胸の中へ広がった。
あー……。
俺って、この人に結構たくさん許されてるよな。
いつでも触っていいって言ってくれてるし。
一緒に寝ようって誘うと、一緒に寝てくれるし。
つっても、もうあんな風に一緒に寝るだけなのは無理だな。
リオン様はいいって言ってくれるかもだけど、もう、俺が無理だ。
はー……。
これからどうすっかなぁ……。
「午後は、一緒に……星を拾いに……行こう……」
リオン様の優しい声に、俺はハッと気づく。
そうだよな……。
この人は、そもそも隕石に含まれてる金属をメガネフレームの材料に欲しいって言った俺のために、この無茶な計画を通してくれたんだよな……。
俺は詰まりそうな胸を堪えて「楽しみです」と答える。
っあー……!
ダメだ。
すげー愛しい。
正直、今、俺のために頑張ってくれたこの人を、ぎゅっと抱きしめてキスしまくりたい気分になってる。
俺はこの人が好きで、この人も俺を好きなんだから、良いんじゃないか? って気持ちはめちゃくちゃある。
でも、この人は俺以外の……つーかちゃんとした名家のご令嬢と結婚して、ウィルトゥーズ公爵家を継ぐ子をもうけないとダメなんだよなって事も、分かってはいるんだよ。
頭ではな。
……ちゃんと。
うー……、胃がキリッとすんな……。
はー……。
一体どうすんのが良いんだろうな。
どうすれば、リオン様がずっと幸せでいられるんだろう……。
俺はそのまま、お屋敷までの20分ちょっとを悶々としながら過ごした。




