メガネは、いつでも私を〈リーフェリオン視点〉
***〈リーフェリオン視点〉
ショウは、突如現れたサーティラ様と共に、一瞬で私の前から姿を消してしまった。
それに慌てたのは私だけではなく、ヴァルミリオ様もフラウレイドもルミリオス王子も、肩に乗ったままのカルール王子もが揃って似たような困惑の声を上げた。
けれど、ショウはもう居ない。
私に全体指示を頼むと告げて行ってしまった。
ならば私は、彼に託された全体指示を完遂しなければ……。
私は、ショウの行方を追いたくて仕方ない衝動を必死で抑え込みながら、次々に指示を出した。
大丈夫だ。
落ち着いて、一つずつ処理するんだ。
ショウがオンブロンド王やソスリアル様に頼んでいたことも、グラディレオやヴァルミリオ様に出していた指示も把握できている。
ショウの指示は的確だった。
彼が指したのが病院だったことも分かっている。
彼の力で対処できるのかは分からないが、彼が自身で向かったのだから、きっと何か策があるんだろう。
今はショウを信じて、自分のやるべき事を……。
いくつかの指示を出し、切り捨てる地区を分け終わった頃、光雨が降り始めた。
10年前の災害時は、こんなに大量の星のカケラを見ることはなかった。
今年もおそらく流星のみで、光雨が起こることはないだろうと……そう言われていたのに、どうして……。
星のカケラが防護膜に当たると、ドッと強い衝撃を受けた。
見渡す限りの範囲に降り注ぐ星のカケラは、私の愛する町並みを、そこに暮らす人々の思いが詰まった家々を崩し、壊し、焼いてゆく。
こんな……。
……こんな、はずでは、なかったのに……。
じわりと滲んでしまいそうな視界に、私はぎゅっと力を込めた。
涙はメガネに悪いと、ショウが言っていたから。
ゴーグルを外せない現状で、涙を零すわけにはいかない。
気持ちを切り替えねば。
消火活動はどこから行うのが効率的か……。
次の瞬間、ドドッと続けて当たった星のカケラに、防護膜に穴が空いた。
ヴァルミリオ様は守るべき地下壕への魔法を行使していて、こちらに気づいた様子はない。
「フラウ、ルミリオス様、壁際へ!」
穴の下にいては、次のカケラが運悪くここへ降ってきた時に……。
ゴーグルに映るたくさんの文字のうち、この塔を指しているカケラは三つあった。
ルミリオス様を壁際へ誘導してフラウを探すと、フラウは先の衝撃でペンを取り落としたのか、拾おうと身を屈めている。
あちこちで響く大きな音に、私の声が聞こえていなかったのか!
「フラウ!」
気づいた時には、体が動いていた。
ああ……、こんなことはもうするなと、グラディレオがわざわざ苦言を呈してくれていたのにな……。
ドン、と体当たりでフラウを押し出した私に、星のカケラが迫る。
咄嗟に振り返り、両手を伸ばして魔法を……っ、ダメだ! この速度では間に合わないっ!!
不意に私の前にちゃぷんと水音を立てて黒い影が飛び込んだ。
「カルール王子!?」
カルール王子の生み出した大きな水球が、ひとつ目の星のカケラを何とか塔の外へ落とす。
続いて飛来した星のカケラは、私の魔法で消す事ができた。
けれどカケラはもう一つ降ってくる。
もう今更ヴァルミリオ様に声をかけたところで間に合わない。
それならせめてと、私はカルール王子を胸に抱いてこの身で庇う。
この方だけは守らなくてはいけない。
私達を助けてくれた、海の第一王子だけは……っ!
幸い、次のカケラはそう大きくはない。
私の身で、カルール王子だけならなんとか守り切れるかもしれない。
迫り来る光の塊に、私は死を覚悟して、目を閉じた。
父上、母上、申し訳ありません。
私は、お二人の望んだ後継を残す事もなく、お二人から頂いた全てを、……台無しにしてしまう……。
きっと、フラウは後を追ってしまうだろう。
グラディレオも泣かせてしまうかもしれない。
ああ、こんな事ならば、ショウに想いを伝えておけば良かった。
彼にどんな顔をされてしまうのかはわからないけれど、それでも、彼ならきっと、彼を想っていた私のことを、心の片隅くらいには留めておいてくれただろうに……。
痛烈な後悔が胸を灼く。
しかし、私に残されるショウの姿を描いた瞬間、私は気付いた。
ダメだ!!!
私は、彼の帰る場所になると約束したのだ!!
彼より先に死ぬわけにはいかない!!
諦めに閉じていた瞳を、もう一度開く。
腕や脚を犠牲にしても、なんとしてでも、生き延びねば!
そう決意した私の視界では、私の銀色のメガネが、ゴーグルの内側で、なぜか温かな光を放っていた。
「……ぇ……」
眼前まで迫った星のカケラは空中で動きを止めていて、私に触れることなく、私のメガネから広がった光の前にサラサラと消え去った。
「こ……、これは、一体……?」
あまりに予想外の事態に、私はその場にへたり込む。
途端、バクバクと音を立てる心臓に、私はゴーグルの表示をくまなく確認する。
もうここへ降る星のカケラはなさそうだ。
助かったという実感に包まれると、私の手足は情けなく震え出した。
『リーフェ! リーフェ!! 無事なのか!? 返事をしてくれ!』
一体いつから呼びかけられていたのか、父からの魔法通信に『大丈夫です』と答える。
『ああ……良かった……』
僅かに滲む父の声に謝罪しつつ、次の流星の落下予測位置を確認する。
「カルール王子、先ほどはありがとうございました。お怪我はありませんか?」
私の言葉に、カルール王子はピョンと私の肩に乗り直す。
『はい……。リーフェリオンさんが、ご無事で、良かったです……』
優しい少年は、私のことを心配してくれていた。
「カルール王子のおかげです」
感謝を伝えると、夜の闇に溶けるような黒いヒレが嬉しそうにふるふると揺れた。
しばらく座り込んだまま指示を出し続けて、ようやく身体の震えが治まった頃、眩く激しい光雨も終わりを迎えた。
また流星が降るだけの状態に戻った暗い空に、国中がホッとしたような気がした。
そこでようやく、ヴァルミリオ様が防護膜に穴があることに気づいてかけ直してくれる。
「リーフェリオン、気づかなかった、すまない。怪我はないか?」
差し出されたヴァルミリオ様の手に、そっと首を振って辞退する。
さっきの今で、まだ震えの止まったばかりの足で立てるかわからない。
「大丈夫です」
私は答えて、微笑みを見せる。
そう、大丈夫だったのだ。
なぜか、私は無事だった。
それがどうしてかはわからなかったけれど、『何が』私を守ってくれたのかだけはわかっていた。
私を助けてくれたのは、メガネだ。
ショウが私に作ってくれたこのメガネ。
このメガネが、確かに輝いて、不思議な力で私を守ってくれた。
光雨のような魔法の光とは少し違う、あの温かい光は、ショウが私のメガネを初めて作る時に見せてくれたものと同じ色をしていた。
けれど、考察を深めようにも、流星光雨災害はまだその手を緩めてはいない。
座り込んだまま、次々にゴーグルに現れる表示にせっせと指示を出しているうち、苦しげな声が遠くから私を呼んだ。
「リオン様っ!」
ショウの声だ。
どうしてそんなに……。
そう思ってから、彼は私を心配しているのだと気づいた。
「ショウ、私は大丈夫だよ!」
反射的に声を返す。
早く立ち上がって、無事な姿を見せなくては……。
「フラウ、手を貸してくれ」
「はい」
「さっきはすまなかったな」
「心臓が止まるかと思いました。もう二度となさらないでください」
フラウのそれはきっと、誇張でも何でもないんだろう。
苦笑を滲ませた口元で「ああ、すまない」と答える。
だが、それは難しいんだ。
どうしても、大切な人に危機が迫ってしまうと、私は動かずにいられないようだ。
フラウももうそれを理解しているのか、それとも非常時だからか、それ以上言うことはなかった。
「リオン様っ!」
立ち上がった私の視界にショウの姿が入る。
コルトの首にしがみついたショウは、一気に物見の塔の上空へと飛翔する。
ふわりと宙に舞うショウ。
ああ、彼が無事で良かった……。
「ショウ、私は大丈――……」
ゴーグルの向こう、金色のメガネが包む優しいショウの瞳には、涙が溜まっていた。
そんなにも心配をかけてしまったのだろうか。
「ショウ、心配をかけてすまな……っ、!?」
ショウはコルトの首から手を離すと、私の前に着地する事なく、まっすぐ私めがけて飛び込んできた。
「ショウ!?」
「師匠っ!?」
「っ!」
ヴァルミリオ様が素早く風の魔法でショウを減速させてくれる。
そのおかげで、ショウはふわりと私の腕の中に飛び込んできた。
「トーチカさん!? 危ないですよ!?」
「リーフェリオン様はあの筋肉馬鹿とは違うのですから、お二人ともお怪我をしてしまいますよ!」
注意をするヴァルミリオ様とフラウの声が聞こえていないのか、ショウは私だけを懸命に見つめて尋ねた。
「リオン様っ、無事なんですね!?」
「あ、ああ……。大丈夫だ。心配をかけてすまなかっ……」
ガバッとショウに抱きしめられて、私は彼が酷く震えていることに気づいた。
「……すまない、心配をかけたね」
私はショウの背に腕を回した。
震える背中を謝罪と感謝を込めて撫でる。
彼は私に撫でられながら、少し震えを残した声で、次の流星の落下予測位置のズレを指摘して、カルール王子に指示を出した。
つられて、私もその次の流星の位置を確認して指示を出す。
「リオン様が、怪我をしたのかと思って……、俺、心臓が止まりそうでした」
その言葉はさっきフラウからも言われたな、なんて思いながら、私は謝罪をする。
「すまない。……恥ずかしい話だが、しばらく足が震えていて、立てなかったんだ」
私の言葉を聞きながら、ショウが次の流星の指示を出し、それから私に答える。
「じゃあ、やっぱり、危ない目に遭ったんですか……?」
私は次の星の指示を出してから彼に答える。
「ああ。だが、カルール王子と、……ショウが作ってくれたメガネのおかげで助かったよ」
なるほど、このように交互に指示を出し続ければ、交互に話す事ができるな。
「俺の作った……メガネで……? ゴーグルじゃなく……?」
そこでようやく私の身体を離したショウが、不思議そうに首を傾げた。
ああ、あのままずっと私を抱いていてくれたらよかったのに……。
そんな風に思ってしまってから、こんな時に不謹慎だと自省する。
「ああ、ショウのおかげで、私もカルール王子も助かった。本当にありがとう……」
私の言葉に、私の肩でカルール王子も小さな頭をぺこりと下げる。
『ありがとう、ございました……。トーチカ様……』
感謝を口にすると、ショウへの想いで胸がいっぱいになってしまった。
ショウは、出逢ってからこれまでずっと、いつでも私の心を支えてくれた。
仕事で会えない時間も、彼のメガネは私を助けてくれたし、彼を想えばどんな事でも頑張れた。
それだけで、私にはもう十分だったのに。
彼のメガネは、視力以外でも私を守ってくれて……。
私の目の前で、ショウは「よく分かんないですが」と呟くと、少し煤けてしまった頬で、ニッと頼もしく笑った。
「俺、サーティラさんとコルトに助けてもらって、病院守ってきましたよ!」
ああ……。
さらには、私の守りたい物まで一緒に守ってくれて。
その喜びを、私と分かち合ってくれるのか……。
ショウの弾けるような笑顔とその心に、私はどうしようもなく見惚れてしまった。




