メガネいっぱいの光雨
ハッと顔を上げた瞬間、ゴーグルを飛来物接近の表示が埋め尽くす。
次は確か、3つの流星がまとまってくるはずだった。
それがまさか、降る前に衝突したのか!?
星のカケラ達は空中でぶつかり合いながら降っているのか、目の前で、軌道予測が次々と修正され続けている。
が、これは……。
あまりに多い……。
ああ、雨だ。
まさに光の雨が、俺達の上に降り注ぐ。
地上に届くまでに燃え尽きる物も多いが、それでも相当な数の星の欠片が……。
「ここを中心に東西方向へ楕円形に、少なくとも半径40キロには降り注ぐぞ!」
俺は叫んでリオン様を見る。
「リオン様! どうしますか!?」
「……っ、そんな……」
震えるリオン様の気持ちはわかる。
星のかけらが降り注ぐのは、リオン様の大事なウィルトゥーズ領全土だ。
けど、呆けてる場合じゃねーだろっ!?
「しっかりしてくれ!」
俺はリオン様の肩を揺らすと、その手から木鈴を取る。
「カルール王子、最大限の高波で星のかけらを海側に引き寄せてくれるよう頼んでくれ!」
『はい』
「ヴァルさんは信号弾を、光雨、最大範囲で」
「ああ」
木鈴を鳴らしながらソスさんにも現状報告とできる限りの助力を頼む。
範囲内で一番でかい星が落ちそうな地下壕は、あそこと、ここと……あと……。
「グラ兄はコルトと一緒にあそこを頼むな。でかいのが行く」
「おう!」「はいっ」
答えると同時に二人が駆け出す。
「ヴァルさんはあそことあっちの地下壕を守ってください」
「わかった」
俺は……、と考えたところで、いきなりサーティラが現れた。
相変わらず不機嫌そうな顔で俺を見下ろして「宰相殿にお前の指示に従えと言われた」と言うサーティラのゴーグルの下には、綺麗に磨かれたメガネがかかっている。
「ショウ、私は……」
リオン様もやっと正気を取り戻してくれたな、よしよし。
「リオン様は全体指示を頼みます! 俺行きますから!」
「ぇ」「え?」『……え?』「えっ」「え!?」
いくつも続く困惑の声を聞き流して、俺はサーティラに頼んだ。
「俺をあそこに運んでくれ!」
返事を返す事もなく、サーティラは俺と一緒に転移した。
そこは、さっきの広場だった。
俺が飛来した広場。
全ての始まりはここからだったよな。
光る雨は既に空一面を煌々と照らし尽くしている。
あまりの光量に、ゴーグルが赤外線モードに切り替わる。
「どうするつもりだ」
「俺がでっかいレンズを作ったら、それを空中に転移できますか?」
「できる」
俺は全力ででっかいレンズを作る。
「お前の魔力では足らんだろう」
そう言って俺の肩を掴むサーティラの手から、何か温かいものが流れ込む。
もしかしてこれって魔力か。
俺が広げた両腕よりも、ずっとずっと大きな光が集まる。
うわ、魔力が多い人ってすごいんだな……。
俺はサーティラの魔力を遠慮なく使って、ドでかいレンズを作り上げると、表面に超強化と冷却加工をつける。
ごっそり魔力を失った気配に、負けない量の魔力が肩から注がれる。
笑いそうな膝を押さえて、俺は完成したレンズを睨む。
あとは、一番有効なタイミングで空に……。
空に上げたレンズが落ちるまでの間しか有効じゃねーからな……。
ゴーグルに表示される飛来物との距離をジリジリした気持ちで眺めていると、横から声がした。
「師匠! 手伝います!」
グラ兄を送ったコルトがこっちにきてくれたのか!
「コルト! 空中でレンズを固定できる!?」
「はい!」
「サーティラさん、この角度で、20メーター上空に上げてください!」
腕で角度を示した俺に、サーティラは「ふん」と答えてレンズに手を伸ばす。
「あっ、表は触らないでくださいね!?」
一応注意しておかないとな。
「コルトもレンズは内側だけ触ってくれな!」
「はい!」
サーティラが空中に転送したレンズを、コルトが広場中の木や草から伸ばした枝葉で支える。
「……それで何とかなるのか?」
言ったサーティラが、俺の作ったレンズに鑑定をかけた。
レンズの強度がどこまで星のカケラに耐えられるのかは分からないが、レンズさえ持つなら、大丈夫だろう。
さっきのコルトの伸ばした枝葉は、小さめとはいえ隕石の一つを包めるだけの力があったからな。
「ふむ、面白い物を作る男だ。……これならば杞憂か」
そう呟いたサーティラの表情は、迫る光雨の光の奔流に呑まれて見えない。
「私は先に城に戻るぞ」
いつも通り忙しいらしいサーティラはそう告げると姿を消した。
ふっと消えた右肩の温もりに、ギリギリまで魔力を分けてくれてたのか、と気づく。
次の瞬間、バチっと何かが弾かれる音がした。
レンズに星のかけらが降り始めたな。
よしよし、ちゃんとレンズに当たったカケラは瞬間冷却されてるな。
しばらくの間、バチバチという激しい音が広場中に響き渡る。
うーん……これは……。
病院に避難してる人達が「何事だ!?」って思いそうな音だなぁ……。
音の問題までは考えてなかった……。
俺とコルトは、爆竹が炸裂しまくっているような激しい音に包まれつつ、レンズの傘の下で、降り注ぐ光雨が止むのを待つ。
そろそろおさまってきたか……という辺りで、待ちきれなかったのかコルトが叫んだ。
「師匠! どうして石が燃えてないんですか!?」
「レンズの表面に、触れた物を冷やす加工をしたからだよ!」
俺も、光雨の音に負けないよう叫び返す。
「それで表は触っちゃダメなんですね!」
「凍るくらい冷えちゃうからね!」
「やっぱり師匠はすごいですねっ!」
「あはは、俺から見ればコルトとか他の皆の方がずっとすごいよ」
俺は、このレンズを一人で作ることもできなかったし、ここに来ることも、レンズを持ち上げるのも、支えるのだって、全部他の人にやってもらったのに。
そう言って苦笑した俺に、コルトはブンブンと首を振って言った。
「師匠はすごいです。本当です。ボクの尊敬する人です!」
立派に広がったツノが至近距離でぐわんぐわん振り回されると、なかなか危機感を感じる。
俺はコルトのまっすぐな言葉に「ありがとう」と礼を告げる。
何事かと出てきた騎士の人達に、レンズの表面に触れないようよく注意をしてから、レンズを病院の前に蔦でくくりつけて、盾のようにして帰った。
これで今夜はもう、病院が危なくなることはないだろう。
俺は最初、大きな破片こそ降らないが細かい破片が密集して降り注ぐこの病院は、俺達の今の戦力では守りきれないと思っていた。
だけどそこにサーティラが現れた。
奇跡のようなタイミングで俺の前に現れてくれた、転移魔法を得意とするサーティラに、俺は全力で頼った。
おかげでこの通り、病院に降り注ぐはずの光雨をやり過ごす事ができた。
リオン様が守りたかった病院を、火の海にしなくてすんだ。
……ああ、本当によかった。
見渡す限り、町のあちこちから火の手が上がっているし、埃や煙や嫌な匂いも漂ってはいたけれど、俺はここにいる人達を守れたことにホッと胸を撫で下ろして、物見の塔を見上げた。
そこに、淡いプラチナブロンドの美しい人の姿を探して。
きっとリオン様なら、病院も俺も、無事で良かったと微笑んでくれるだろう。
そう思って探したその人の姿は、なぜか物見の塔の上に無かった。
……何でだ?
リオン様は全体指示を続けてたはず……だろ……?
よく見れば塔の上部を包んでいたはずの防護膜にはいくつもの穴が空いていて、今ようやくヴァルさんがもう一度かけなおしたようだ。
どこか焦った様子のヴァルさんの視線は、塔の床に向けられている。
心臓がギュッと握り潰されるような感覚に、息が止まる。
そこに誰か……。
立っているのは、ヴァルさんと、フラウレイドさんと……ルミリオス王子の小さなオレンジの頭もちらりと見える。
じゃあ、床にいるのは……。
「…………リオン、様……?」
「師匠! 乗ってください!」
その言葉に、俺は大鹿へと姿を変えたコルトの背に飛び乗った。




