メガネに映した空
俺は、日も高くなりつつある空を見上げる。
空はいつもよりもずっと明るく、眩しかった。
こういうのっていきなり降ってくるもんじゃないんだな。
自作の望遠鏡を覗けば、こちらに向かい来る星の姿はそれぞれの数や大きさまではっきり分かるほどだ。
「なんか静かだな……」
俺の呟きに、グラ兄が「そーいや鳥の声とかしねーな」と答えると、コルトが「動物はもう避難してますからね、人間よりも危機には敏感なんです」と説明してくれた。
ウィルトゥーズ領を見渡せる背の高い物見の塔の天辺に、リオン様とフラウレイドさん、俺とグラ兄とヴァルさんにルミリオス王子、応援に来てくれたコルトまでが揃っていた。
その全員が、俺の自作のゴーグルを身につけている。
さらには、俺の肩にはオンブロンド王との連絡係であるカルール王子がタツノオトシゴ姿で小さな水球に入って乗っている。
オンブロンド王は連絡役は別の人に任せるからと、カルール王子の説得を再三試みていたんだけど、カルール王子はなぜか連絡係の座を断固として譲らなかったらしい。
俺、カルール王子にはメガネを作ったりしてないんだけどな。
何でこんなに懐かれてんだろうな?
俺のこと『様』付けで呼ぶしな……?
一方で、ソスさんへの連絡は木鈴を鳴らしながらの会話で直接通じるので連絡係は不要だったんだけど、コルトは今朝、皆でお屋敷を出ようとしたところへ「師匠の応援に来ました!」とやってきてくれた。
ありがたいなぁ。
ちなみにルミリオス王子は、ヴァルさんの巻き添えというか、付き添いみたいなものだ。
建前としては逆なんだけどな。
王都の防衛の要を務めるべきヴァルさんが、どうしても俺を手助けに行きたいと駄々をこねまくったらしく、それならせめてルミリオス王子の後学のため、その護衛として……と派遣されたらしい。
つまり、どれだけ止めても本人が行く気で、城には……というかこの国には力尽くでヴァルさんを止められる人などいるわけもなく……。
仕方なく王様と宰相様がそういう名分を与えてくれたようだ。
一昨日ウィルトゥーズ領にやってきた二人の姿に、あんまり王様達を困らせちゃダメだろ。と俺もがっつり注意はした。
しかし、二人を送り返そうとした俺に、ルミリオス王子が「今回は俺とリオン様の側で学ばせてください」なんて殊勝な事を言うので、結局はこのままだ。
ヴァルさんに「何でこんな無茶なことしたんだよ」と尋ねると「魔導士の勘です。僕は光雨の日、トーチカさんのそばにいるべきなんです」なんて言われたのでその思い詰めた様子にちょっとビビったというのも、まあ、ある……。
俺は静かな町を見下ろしてから、その向こうの森から地下壕へと伸びているソスさんが作り上げた蔦で編まれた巨大な防火帯と、たくさんの船が浮かぶ海を見渡した。
今の俺はかなり多機能なゴーグルを装着しているので、まるでオートズーム双眼鏡を見ているように、遠い海の上の、小さくしか見えないはずの船の甲板に立つ人の顔までがハッキリ見えていた。
「ローゼシリア様が見えるな」
「ああ、あそこであれば母上も安心だ。ショウのおかげだよ」
リオン様の落ち着いた声に、いつもならホッとするところなんだが……。
今朝あんなことを言われてしまったせいで、俺はその感謝の籠った声にすら何だかドキドキしてしまっていた。
オンブロンド王の加護があるため、地下壕より海の方が安全性が高いと国の重役やら技術者はほとんど海に出ているらしい。
今までは海は海でモンスターが出るので、避難場所には向いていなかったそうだ。
かといって地下は、下手に崩れると生き埋めになるし、火が回ると危ないらしいんだよな……。
それでも領民のほとんどは地下壕に避難している。
王都でもそれは同じで、地下壕には防護膜が張られ、それぞれの場所で騎士さん達が周囲を守っている。
彼らをどれだけたくさん生かせるかが命の懸けどころなんだと、ウィルトゥーズの騎士の皆さんも気合を入れてたな……。
今年はゴーグルのおかげで同士討ちの心配がないのが助かるって、すごく喜んでくれてた。
「……そろそろ正午だ」
リオン様が緊張の滲む声でそう言って、金色の懐中時計をパチッと閉じてポケットに仕舞う。
「全員、予定通りに」
「はいっ」「おうっ」「頑張りますっ」と各々が答える。
途端、ポンとゴーグルに飛来物接近の表示が出た。
俺は落下予定地点を正確にはじき出すゴーグルの数値を確認しながら、肩のカルール王子に連絡を頼む。
「一つ目が来た! サイズは予定通り、位置が……ええと25メートルほど東に修正してもらって!」
『はい、父様に伝えます』
一拍後には、遠くの海で大きな渦がほんの少しだけ位置を変える。
心臓がうるさいくらいドクドク言ってる。
最初のひとつは大きいけれど、海への落下だ。
町への被害は無い。
……準備はできてる。
いつでも来い!
息苦しいくらいに、しん、と静まり返った空から、光が姿を現した。
ああ……流星って、光る球じゃないのか。
光そのもののような一本の鋭い線が、まるで空そのものを引き裂くように、真っ直ぐ海へと突き刺さる。
海で大きく飛沫が上がる。
数瞬遅れて、ドンと鋭い音が空気をビリビリと震わせた。
伝わる振動に、足元が小さく揺れる。
うっわ……この距離でこれとか……大迫力ぅ…………。
よくこんなん生身で立ち向かおうとするな騎士さん達!?
ポン、ポン、ポン、と続けて3つ、ゴーグルに飛来物接近の表示が出る。
次は王都と森と、西の領地にだな。
俺は次々に修正指示を出す。
王都への連絡はリオン様が宰相様と通信魔法でやりとりしてくれる。
西の領地への即時連絡は無理だが、この誤差なら対応できるって信じてるぞ現地の皆さんっ!
誤差が予測と大きくズレる際には、ヴァルさんが魔法で信号弾を打ち上げてくれる予定だ。
俺の頭には、城にいる飛来人達の予知と予見、それに俺の望遠鏡による観測で予定されている流星512個分のデータが入ってる。
いや、全暗記する気はなかったんだが、何度も観測しつつ修正して……って繰り返してるうちに覚えた。
つーかゴーグルの表示読みつつ現場を確認しつつで、書類まで読んでらんねーんだよ。俺はあんま器用な方じゃねーからさ。
俺の横ではルミリオス王子もリストを見てくれてるから、俺が間違ったことを言えば訂正してくれるだろう。
ポン、ポン、と表示が出る度に、データと照らし合わせて修正する。
絶対にミスできない修正指示を緊張状態で2時間も続けると、俺はクラクラになってきた。
「そろそろ代わろう。ショウ、休んでいてくれ。カルール王子、よろしいでしょうか?」
『はい……』
カルール王子は答えて、ぴょんとリオン様の肩に移った。
「あ、ありがとう、ございます……」
俺は礼を伝えてフラウレイドさんが準備してくれた椅子に座った。
本当はリオン様との交代まで、まだあと15個分はあったんだけどな。
俺とリオン様は指示役を2時間くらいごとに交代する予定だった。
流星光雨災害は約12時間ほどで収まる予定だ。
だから俺とリオン様は2時間ずつで、それぞれ3回指示役を受け持つことになっていた。
最初はオンブロンド王が『恩があるのは俺個人にであって、人間の指示など聞かん』と突っぱねていたんだが、カルール王子が説得してくれて、俺と一緒に海の城を訪れていたリオン様の言葉までなら聞いてくれる事になった。
ソスさんの方は最初から柔軟に対応してくれたんだけどな。
まあ、森の民は元々人間ともそれなりに友好的に暮らしてるらしいし、文化の違いかな。
そんなわけで、俺は時間で言えば予定よりも10分近く早く交代してもらったことになる。
まあ流星と流星の間隔が空いてるトコじゃなきゃ交代できねーし、リオン様は俺が担当してる範囲のデータも頭に入ってるみたいだから、ありがたく甘えてしまった。
っはー……。
空がチカチカしてんなぁ……。
光の筋が降るごとに視界が一気に明るくなるので、何だか部屋の電気をつけたり消したりされてるようで落ち着かない。
ゴーグルの隙間から滲んだ汗を拭う俺に、フラウレイドさんがお茶とおしぼりを出してくれた。
緊張しすぎてか、脂汗やら冷や汗やらで、手も脇も背中もびっしょりだな……。
町を見下ろせば、数箇所から煙が上がっていた。
ヴァルさんが撃ち落としてくれたから直撃ではないんだが、やっぱ破片は結構飛び散るんだな……。
それに流星は超高温なので、接触すると溶けるし燃えるんだよな……。
破片や火花が散って、火災や粉塵被害が出る。
ヴァルさんが水魔法で水をかけたりまいたりしてくれてるので、これでもマシなんだろうけどな。
ズン、ズズン、と衝撃に地面が揺れる。
これは、近くに落ちて来られれば、衝突の衝撃波だけでも吹っ飛ぶよな……。
俺たちの今いるこの場所は、半径1キロ以内に星は降ってこない予定の場所ではある。
海の方を眺めると、海に落ちた隕石は冷却が完了したものから順に海辺……あの時コルトとカルール王子に出会った人気のない砂浜へと集められ始めている。
今回の流星光雨災害では、森と海で受け止められた隕石は鉱物資源として利用するつもりなんだよな。
協力に対するお礼として、既にオンブロンド王とソスさんの取り分も決まっているそうだ。
ん? んんん?
多い多い。なんか落ちてきた数に対して、砂浜に上げられてる数が多すぎるだろ。
もしかしてオンブロンド王は前に海に落ちた分の隕石までさりげに出してきてねーか?
よく見れば森の方でも同様の現象が起きてるな……。
森側に落ちた隕石を集める場所として指定された空き地には、今日森に降った数以上の隕石が集まりつつある……。
……まあいいか。多い分には。
くぁ。と後ろであくびを噛み殺すような音が聞こえて振り返れば、グラ兄が暇そうな顔をしていた。
指示を出し続けるリオン様やその肩のカルール王子、魔法を放つヴァルさん、フラウレイドさんは実際の落下地点やサイズの記録を取り続けてるし、ルミリオス王子もしっかりリストに何やら書き込みつつ真剣に数字を追っていて、コルトもその様子を興味深げにのぞいているので、暇そうなのはグラ兄だけだな。
……あと俺か?
いや俺は今休憩中で、もうちょいしたら交代するからな?
「グラ兄暇そうだな」
「まー、正直暇だな」
「ここには降らないからなぁ」
「リーフェとトーチカが安全なとこにいんのは正しい事だよ」
とはいえ、グラ兄は星を叩き割りたかったんだろうな……。
あんなにヤル気満々だったのに、悪いことしちゃったな。
次の機会は10年後だろ?
グラ兄はその時38歳か……、まあ、グラ兄なら十分現役だろうけどな。
グラ兄を励まそうと口を開きかけた時、パッと視界の端に危険を示す赤い表示が出る。
「星が弾ける!」
リオン様の声に表示を追うように頭を動かせば、見覚えのある広場が目に入った。
俺が飛来した広場で、町の中心部に近い――。
そこへと降る光の筋の先端は、やけに膨らんで見えた。




