メガネな俺の味方達
「お店ができたら、わたしも遊びに行きますねっ」
俺の隣からルミリオス王子が嬉しそうな顔で言ってくれる。
「無理しなくても、定期メンテなら俺が城に出張するよ?」
「わたしもトーチカさんのお店が見てみたいです」
「そっか。じゃあ気をつけておいでな」
ルミリオス王子の頭を撫でていると、グラ兄がそっと顔を近づけて小声で言う。
「おーい、トーチカはもう店もらう気満々みてぇだけど、これかなり面倒そうな作戦だぞ? 店は成功報酬なんだろ?」
「おうっ、絶対成功させなきゃなっ!」
「おーおー気合い入ってんな。よしよし、オレも手伝ってやっからな」
王様の前だからか肩に腕を回すことはなかったけど、グラ兄のでかい手がポンと俺の肩を叩いた。
「ありがとう、グラ兄」
「私も、全力を尽くすよ」
そう言って微笑んでくれるリオン様の後ろでは、フラウレイドさんも小さく笑ってくれる。
いや、リオン様はこのお膳立てをしてくれたのが既にすごいんだが……?
「僕も、トーチカさんのためなら、なんでも協力します」
そう言ってくれたのはヴァルさんだ。
「ヴァ……ヴァルミリオが、そんな事を……!?」
王様の動揺がすごいんだけど、ヴァルさんは王様にまで怠け者認定されているんだろうか。
「俺もトーチカのためならひと肌と言わずいくらでも脱ぐぜ!」
元気に宣言してくれたのは騎士団長のハウンディさんだ。
「私もトーチカ君にはメガネの恩をまだ返せていないからね、遠慮なく頼ってくれ」
王様の後ろでは近衛騎士団長のカーマイドさんもそう言って頼もしく微笑んでくれた。
そこでようやく王様は、この部屋にいるメガネをかけたメンバーは、ほぼ全員俺の味方であることに気づいたようだ。
いやうん、俺も今気づいたけどな。
「つまり、トーチカは……、海の王と森の主という後ろ盾がある上に、我が国の宰相と王立騎士団長と近衛騎士団長と国一番の大魔導士をも味方につけているという事か……?」
「わたしもトーチカさんの味方ですよ、父様!」
「お、お前までもが……」
ニコニコで宣言したルミリオス王子の言葉に、フィンブランド王は衝撃を受けて一歩後ずさる。
そこはせめて、王子だけでもお父さんの味方をしてあげたほうが良かったのでは……?
「これでは……トーチカに王座を望まれたら、私は譲るしかないのではないか……?」
ちょっ、王様っ、しっかりしてくださいよっ。
「そっ、そんなのは望んでないんで、大丈夫ですよっ!?」
俺の慌てた叫びに、ドリュエリオン様が楽しそうにくすくすと笑って言う。
「よろしかったですね、陛下『そのようなもの』は彼には必要ないようですよ」
うあーーーーーっ。そんなつもりじゃないって!!
フォローを入れたつもりがっっ!!
「そうか……、そんなものは要らなかったか……」
王様っっしょんぼりするのやめてくださいよっっ!?
そんな王様の足元に駆け寄って、ルミリオス王子がにっこり笑顔で言う。
「父様、父様の玉座は私が一人前になるまで父様が守っていてくださいませ」
王様は途端に嬉しそうに目を細めて、ルミリオス王子を抱き上げた。
「おお、よくぞ言ったルミリオス。その日を楽しみにしているぞ」
見つめ合う親子の姿からは、互いに一度は諦めたそれを、もう二度と手放すまいとする強い意志を感じた。
そうか。
ルミリオス王子に内斜視があったから。
王様もルミリオス王子自身も、俺がメガネを作るまで、こんな会話は諦めていたんだな……。
「トーチカ、私は、本当は……この子が王になる姿を見たかったのだ。ルミリオスは努力家で優しく利発な子だった。……しかし、この目は治癒術では治らなかった……。本当に、心より礼を言う。ルミリオスの父として、私個人からも何か礼をさせてほしい」
いやもう店舗関係でお礼は十分お腹いっぱいですが……。
あ。
「それでは、店舗が無事開店した暁には、ぜひお子様とご一緒にご来店ください」
そう言って、俺は最高のスマイルを二人に向ける。
王様は、王子と同じオレンジがかった金髪を明るく揺らして「必ず足を運ぼう」と笑って答えてくれた。
***
俺とグラ兄は、今度こそよくわからない数字の話になってきた執務室を抜け出して……。じゃない。ええと、俺のやるべき仕事を行うべく、城の長い廊下を進んでいた。
一緒に抜けるかと誘ったルミリオス王子には、このまま話を聞いていたいからとやんわれ断られてしまったので、ルミリオス王子は現時点で既に俺よりも頭がいいんじゃないかと思う。
曲がり角を曲がった途端、見覚えのある銀髪がさらりと揺れた。
サーティラだ。
「おや、お前は公爵領に戻ったではなかったのか……?」
……会いたくない奴に会っちまったな。
「あー……あはは」
俺は、何と言ったらいいのか迷った挙句、乾いた笑いで誤魔化した。
「まあいい。お前と話している暇はない。新たな作業が山積みだからな」
……それって、半分くらいは俺のせいでは……?
俺は、会議中に宰相様の補佐官さんが、何度も書類を手に各方面に指示を出しに走っていた様子を思い浮かべる。
「お前も暇なら城の者にメガネでも作ってやれ」
そう言って俺から視線を外したサーティラが、廊下の向こう側を行く人を見ようとしてか、ぐっと眉間に力を入れる。
ああ、近視だ。
わかっていたはずだ。この人はそこそこ強めの近視だと……。
わかっていたのに、俺は自分の身可愛さに、今日までそれを放置していた。
サーティラが速度を上げて俺の横を通り過ぎようとする。
俺は思わず、ひらりと白く靡いたサーティラの白衣の裾を掴んでいた。
***
奥城の小庭は、迫る災害の対策で慌ただしい城内の喧騒から切り離されたかのように、シンと静まり返っていた。
大きな木々の葉が傘を作るように日差しを遮るその下で、俺は寝転んでいた。
空は一面枝と葉っぱに覆われていて、時折風がふくと木漏れ日がキラキラと差し込む。
静かなここは、まるで水底のようだなとぼんやり思った。
「トーチカ、寒くねーか?」
「グラ兄とくっついてるから、ヘーキだよ」
俺は今、グラ兄のでっかい体を寝椅子がわりに休憩していた。
俺の耳にはグラ兄の心臓の音が聞こえている。
体が大きいからか、俺よりもゆっくりしたリズムで刻まれるグラ兄の鼓動は、何だかすごく安心できて、気を抜くと眠ってしまいそうだ。
まあ、俺がこのまま寝てしまっても、グラ兄ならこのまま抱えて帰るんだろうから、何も問題がないと言えばないんだが……。
「ったくトーチカは本当にお人よしだよなー。あのサーティラにまでメガネを作ってよ」
「いつかは作る気だったんだし、そんなら早い方がいーだろ?」
「そんで倒れてりゃ世話ねーだろ」
それはそうだ。
そうなんだが、そんなつもりじゃなかったんだから、しょうがないだろ?
今日はまだ王様に一本作ったきりだったので、もう一本なら十分作れるはずだったんだよ。
俺の想定ではな。
けど、サーティラは何やら『基礎魔法抵抗が高い人』らしくてサーティラに『視力測定』をかけた俺はごっそりと力を失った。
金眼ほどに魔力の高い奴は大体そうなんだよな、とグラ兄が説明してくれるが、……そういう事はもっと早く言ってくれよ……。
視力測定を済ませてヘロヘロになった俺を見下ろして、サーティラは「ほう? なかなか根性があるな」と口端を片方だけ上げていた。
こーゆーのって根性の問題なのか……?
その辺はよくわからんが、俺はせっかく視力を測ったのにメガネはまた今度なんて事にしたくなくて、気力を振り絞ってサーティラのメガネを作り切った。
だって、あの人いつも忙しそうだからな。
これ以上時間取らせんのも悪いし、それに……なんか疲れた顔してたしさ。
疲れてる時って、いつもよりもっと……見るのが大変になるだろ?
ちなみにフレームはアンダーリムだ。
やっぱ、悪い研究者と言えばアンダーリムだろ?
……俺の偏見かもしれないが。
アンダーリムは両脇と下までフレームが入ってて、上の部分にだけフレームがないメガネだ。
面長で目つきの鋭いサーティラに、銀髪と同じ色合いのシルバーのアンダーリムフレームは最高に美しく映えた。金色の瞳にもすげー似合う。
俺の生み出したメガネをかけて「なるほど、専用というのはこういう事か」と言ってニタリと笑ったサーティラは、いつもよりちょっと楽しそうな顔に見えた。
俺は、その顔が見れただけでまあ、頑張ったかいがあったなと思ってしまったんだよな。
だが、サーティラと別れて、俺とグラ兄と補佐官の3人になった時点で俺は立っていられなくなってしゃがみ込んだ。
そこからは完全に目が回ってしまって、グラ兄の腕に抱えられても揺れると吐きそうで移動もままならなくて、すぐ近くのこの庭の隅に何とか避難したというのが現状だ。
頭を動かすとまだ世界が回るが、動かなければ吐き気もこないので、今のところ会話はできている。




