メガネが映す母子の姿
「お恥ずかしい話なのですが、私はドリュエリオン様の……あのお顔が幼い頃から大好きで……」
何をいきなりと思う気持ちもないではないが、……いやまあ、気持ちはわかるな。
何と言っても、ドリュエリオン様の顔面は強すぎる。
52歳であの美しさなら、若い頃はもうとんでもないイケメンだったんだろうな……。
「ドリュエリオン様が他のお方を見ていらしたのは存じていたのです。それこそ、婚約前から……」
んん?
待て待て、なんか話が斜めの方向に行ってないか!?
「けれど、ドリュエリオン様は真面目でお優しい方ですから、きっと家同士の交わした婚約を破談にすることはないだろうと思っていました。そうして、あの人は約束通りに私をこの家へ迎え入れてくださり、私をずっと大事にしてくれました……」
あー……、まあ、貴族社会ってのはそういうもんなのかもしれないな。
俺にはよくわからんが。
「……私は幸せだったんです。憧れの方と結ばれて、可愛い子ども達にも恵まれて……」
ふっと、ローゼシリア様の声が震えて途切れた。
「なのに……」
そこから先をローゼシリア様が口にする事はなかった。
俺がリオン様から聞いてた通りなら、その先はこうだ。
天塩にかけて育てていた長男は不意の事故で亡くなり、次男はローゼシリア様を見る度鋭く睨みつけるようになり、最後の望みだった可愛い盛りの三男も3歳を前に病で亡くなってしまった、と。
いたたまれなくなるのもわからんではない。が、全てが嫌になったからって、逃げ出したっきり戻ってこねーってのは流石に無責任が過ぎんじゃねーの?
この広い屋敷に一人きり置き去りにされたリオン様の気持ちも考えてくれよ……。
ドリュエリオン様が屋敷にいてくれればもうちょいマシだったんだろうが、ドリュエリオン様は宰相様の仕事でほとんど城にいて、年に1、2度しか領地に帰ってこなかったんだろ?
俺は両親が共働きで、誰もいない家に帰るのが日常だった。
けど、自分で自分の世話ができる歳になっても、それでも、親が帰ってくるとやっぱホッとするんだよな。
「ただいまー」って言われて「おかえりー」って返すだけで。
別に顔を見に行くわけじゃなくても。どっかで安心するんだよ。
なのにさ……。
リオン様はそんな安心すら我慢して、12歳からずっと、この屋敷と領地をひとりで守ってたってのかよ……。
もちろんフラウレイドさんっていう優秀な補佐官はついてたし、お屋敷の人達はリオン様の味方だっただろうけどさ。
それでも、親からしかもらえないものってのがあるだろ……?
ま、それを言うなら、ドリュエリオン様だって同罪なんだろうけどな……。
不意に、老眼で引退しようとしていた厩舎番のディクスさんの、笑い皺の寄った優しい笑顔が思い浮かぶ。
そうか、だからリオン様は、彼が屋敷に残った事をあんなに喜んでいたのか。
リオン様にとって、屋敷の皆は本当に……家族のようなものだったんだな……。
俺は、完成したレンズを無言のままフレームに嵌め込んだ。
パチッとレンズの嵌る音に、ホッと心を癒される。
「ローゼシリア様、大変お待たせいたしました」
俺が何とか笑顔を作って顔を上げようとした時。
耳に馴染む優しい声が、俺の名前を呼んだ。
「ショウっ」
声の方を振り返ると、リオン様が俺を見て嬉しそうに顔を綻ばせた。
うっっっっ。
くっそ、可愛いな……っっっ!!
飼い主を見つけて駆け寄ってくる飼い主大好きわんこかってくらい、嬉しそうな顔でやってくるリオン様。
もう、リオン様の後ろにちぎれそうなくらい振ってる尻尾が幻視できそうなんだが?
いや本当に、なんでこんなに俺に懐いてくれてんのかなぁ。
メガネか? メガネを作ったからか……?
初めて見た顔に懐くっていう、刷り込みみたいなもんなのか……?
リオン様がメガネをかけて、初めてくっきりした世界を見たんだとしたら、多分最初に見ちまったのって……うん、俺の顔だよな……。
「ああ……、あの頃のあの方と同じ、一途な瞳だわ……」
ん?
「母上にメガネを作ってくれていたんだね、ありがとう」
「はい、ちょうど今完成したところで、これからかけていただくところです」
なんかさっきローゼシリア様の声がしたような気がしたんだが、リオン様の明るい声にかき消されてしまったな。
「もしよければ、母上にメガネをかける役を私にやらせてもらえないだろうか?」
「もちろん構いませんよ。お願いします」
俺は笑顔で応えて、完成したばかりのメガネをトレイに乗せてリオン様に捧げる。
「ありがとう。母上も……私が母上にメガネをおかけしてもよろしいでしょうか?」
優しい微笑みのリオン様に見つめられて、ローゼシリア様がゆったりと目を細めて微笑む。
「ええ、お願いするわ」
繊細イケメンメガネなリオン様にメガネをかけてもらう、お姫様みたいなドレスのローゼシリア様は、もうなんていうか……絵になり過ぎてヤバイの一言に尽きるな。
優しいオーバルのラベンダーグレーなメガネが、可愛いだけのお姫様に知的な印象をプラスする。
パールがきらめく甘さを足しても、それだけ知的度が上がれば十分だろう。
なあ……、今度こそ間違えないでくれよ?
リオン様はあんたにとっても、たった一人の息子なんだろ?
もうこれ以上、リオン様に寂しい思いをさせんじゃねーよ。
……そばにいてやれよ。
あんたには、まだ……、それができるだろ?
俺は、幸せそうに微笑み合い言葉を交わす母と子を、何とも言えない気持ちで見つめた。
***
それから数日後、俺達はまた城に来ていた。
「領地の準備も忙しいだろうに、呼び出してしまってすまないね」
そう言って俺達を出迎えてくれたのはこの国の宰相様でリオン様の父、ドリュエリオン様だった。
そのまま俺達は執務室に通される。
とはいえ今度は宰相様の執務室ではなく、この国の王様の執務室らしいんだが……。
リオン様の話によると、これから行われるのは、流星光雨災害における新たな方針と対策を詰めるための緊急会議らしいんだが、これって……俺とグラ兄は居たってただの置き物になるだけってやつじゃないのか?
正直始まる前から帰りたい気分なんだが、王様が俺に息子のメガネの件でお礼を言いたいらしく、渋々ついて行っている。
俺は俺で、今回は城でゴーグルの仕上がりを見たり、宰相様が作った『城に勤める人のうち視力に問題があると推測される人のリスト』から困り度の高そうな人達に会ってメガネを作る仕事もあったりで、まだやることが山盛りなんだよな……。
お礼だけ受けたら、隙を見てグラ兄と抜け出すかな……。
なんて考えているうちに、王様の執務室へと通された。
「トーチカさんっ!」
入ってすぐに、弾けるような明るい声と共に、オレンジがかった明るい金髪の少年が俺めがけて飛びついてきた。
「わっ。元気がいいなー。あれから毎日メガネかけてたか?」
ぎゅっと俺の腰に抱きついてきた少年の頭をつい撫でてしまってから、うお、やべ、不敬か……!? と慌てて手を引っ込める。
「毎日かけていますっ。あっでも、寝る時とお風呂と顔を洗う時は外していますっ」
キラキラとした瞳で俺を見上げてくる少年は、あの時に俺が言った注意の言葉も全部覚えていてくれたようだ。
「そーかそーか、ちゃんと出来てて偉いな。内斜視も出てないようだし、レンズも綺麗にしてるな」
あああダメだっ、キラキラの少年が可愛過ぎて頭を撫でずにはいられないっっ!!
結局頭を撫でてしまった俺を見上げて、少年が自己紹介を始める。
「あの、すみません、トーチカさんはちゃんと名乗ってくださったのに、わたしはあの日、名乗りもしなくて……」
いや、少年が名乗っちゃうとさ、俺もう君の頭を気安く撫でるわけにはいかなくなるんだよな……。
んー……まあ、仕方ないか……。
これからメンテとアフターサポートを続けていくにあたって、いつまでも名前も知らない少年ってわけにはいかねーもんな。
俺は柔らかくて撫で心地の良いオレンジがかった明るい髪から手を離して、少年の言葉を姿勢を正して聞く。




