メガネのための鉱物資源
発端は俺の一言だった。
俺はその日、執務室で仕事をするリオン様の横で、この国の鉱物資源について調べていた。
メガネのフレームは、主に金属とプラスチックでできている。
話によるとこの国に石油はあるらしいが、そっからプラスチックを自在に作れるかというと……現在のこの国の技術じゃちょい難しそうだからな。
そこで、現在この国に住む職人さんでも加工ができそうなのが、金属製のメタルフレームだ。
昨今の眼鏡店だと、メタルフレームのほとんどがチタンなんだよなぁ。
何せ軽くて丈夫で錆びにくく、さらには金属アレルギーを起こしにくい、メガネにピッタリの金属だからな。
しかしチタンは加工がめちゃくちゃ難しいんだよ……。
なので、まずはチタンに比べれば金属アレルギーのリスクはあるものの、チタンよりも加工しやすいニッケルだな。ニッケル合金のことを考えると、鉄とクロムと銅と亜鉛も欲しいよな……。
つーか、そもそもこの国で取れる鉱物って何があるんだ……?
というわけで、俺はリオン様の執務室にお邪魔して、この国の鉱物資源について調べていたわけだ……が。
「もしかして……鉱山はこの辺には無いのか……」
俺の言葉をグラ兄が肯定する。
「そーだなぁ、鉱物はどれも遠くから運んでくるよな」
サラサラとペンを走らせていたリオン様が、手を止めて俺を見る。
「ショウ……? 欲しい鉱物があるなら、取り寄せようか?」
いやいやいや、俺は既に衣食住に家庭教師までつけてもらって、至れり尽くせり過ぎるんだからな!?
この上俺の商売用の資材までをリオン様の財力に頼るわけにはいかねーって。
俺がリオン様のありがたい申し出を全力で固辞していると、フラウレイドさんがそっと解説してくれる。
「我が国では鉱物は基本的に他国から買い入れております。我が国は、農業と酪農、それと豊かな海の恵みである海産物を主力として生産し、輸出してございますね」
あー、確かに、最初に飛来した時に見たのは、きらめく海と、広い大地にたくさんの畑と牧場が広がる景色だったな。
そっかー……。
この国にはないのか、鉱物資源……。
……ん?
「でもさ、隕石が降ってくるんだろ? 十年に一度」
「ああ」
頷くグラ兄を見上げて、俺は言う。
「その隕石には金属は含まれてないのか?」
リオン様が、ペンを走らせていた手を再度止める。
「んー? オレにはその辺はわかんねーけど、落下すっと被害が出っからさ、オレ達騎士と魔導士でなるべく空中で迎撃してっからなぁ……」
「つまり、せっかく無償で与えられている鉱物資源を、根こそぎ木っ端微塵にしていると……?」
俺の言葉に、リオン様が小さく息を呑んだ。
その一瞬後に、グラ兄が「…………へ?」と間抜けな声をこぼす。
「……言われてみれば、確かにその通りだ……」
呟いて、リオン様は引き出しから新しい紙を机の上に出す。
それは手紙用の便箋か。
「ショウは、私達とは世界の見え方が違うのだな」
クスッと小さく笑うリオン様が、どこかキラキラした瞳で「父に相談してみよう」と言って、新しい紙へとペンを走らせ始める。
「ですが、光雨を迎撃せずに受け止めるとなると……」
フラウレイドさんがリオン様のそばへ、慌てた様子で駆け寄る。
「ああ、だが領民の安全が最優先だ。領民達の完全を確保をしつつ……」
そのまま二人が難しい顔をして話を詰め始めたので、俺とグラ兄は邪魔をしないようにそっと執務室を出た。
別に話が全然わからないからとかじゃないぞ。
……まあ、分かるか分からないかなら、圧倒的に後者だが。
俺にはこの後、家庭教師の先生との授業が待っているからな。
そこで鉱石や金属の入手に関しても聞いてみようと思ってるからだ。
グラ兄が「何ぶつぶつ言ってんだよ?」と突っ込んでくる。
俺は「なんでもねーよ」と答えて、廊下を進む足を早めた。
***
家庭教師の先生との授業を終えて、俺は中庭へと続く道を急いでいた。
俺には、中庭の東屋でローゼシリア様のメガネを作るという約束があった。
「ヤバいな、ちょっと話に夢中になり過ぎた……」
「オレは声かけてやったけどなー」
「うう、わかってるって、俺のせいだよっ」
「オレが抱えて走ってやろーか?」
「そんなとこローゼシリア様に見られた日には、俺が恥ずか死ぬからやめてくれ……」
「遅刻もマズいと思うぜー?」
「だからこれでも急いでんだろっっ!?」
俺がぜぇぜぇと肩で息をしながら中庭に駆け込むと、ローゼシリア様は驚いた顔で出迎えてくれた。
ローゼシリア様は輝くような銀の髪をふんわりと腰まで伸ばした小柄な女性で、大きな瞳はリオン様と同じラベンダー色をしていた。
「まぁ……、そんなに急いで……いかがなさったのですか?」
「いえ、その……ちょっと、前の予定が、押しまして……」
「ゆっくり向かってくださって構いませんでしたのに……。どうぞおかけになってください。水の用意を」
ローゼシリア様の指示で、すぐに侍女さんが俺に水を差し出す。
俺は「ありがとうございます」と受け取って、一気に飲み干した。
グラ兄は、ローゼシリア様に最初に会った時だけはグラディウズ家の三男としてローゼシリア様に挨拶していたけれど、それ以降はずっとローゼシリア様の前では俺の護衛として俺の後ろに黙って控えている。
今日は、刺繍が趣味だというローゼシリア様のために、近々両用メガネを作る予定だ。
俺はローゼシリア様に許可をもらって、ローゼシリア様に『視力測定』をかけた。
この年齢でこの度なら……。
「……いかがですか?」
おっと、不安にさせたか?
測定結果は俺にしか見えねーもんな。
俺は彼女を安心させるように、にっこり微笑んで答える。
「老眼ですね、想定通りの度数ですので、予定通り刺繍の際にお使いになる近々両用メガネをお作りしますね」
ローゼシリア様のお顔に合わせるなら、フレームはオーバルだろうか。
彼女の柔らかで美しい曲線の眉は、リオン様によく似ていた。
「ローゼシリア様はリーフェリオン様と同じ綺麗な形の眉をなさっているので、リーフェリオン様がかけているのと似た形のメガネをご用意しますね。きっとリーフェリオン様のようによくお似合いになりますよ」
その美しい姿を想像すると、思わず口元が緩んでしまうな。
俺はにやける口元をにっこりと営業スマイルに変えて伝える。
「私の眉が……あの子と同じ、ですか……」
「ええ、あの美しい眉はローゼシリア様からの贈り物ですね」
「私、からの……」
「リーフェリオン様は遠視で、ドリュエリオン様も遠視だったので、視力に関してはドリュエリオン様からの遺伝でしょうね。ローゼシリア様は遠視が入っていないようですから」
「夫の……遺伝、ですか……」
ローゼシリア様には既に、リオン様の目つきが悪かったのは遠視のせいだったという説明はしてある。
とても驚いた様子で、そんなこと考えたこともなかったと愕然としていたが、リオン様が優しく微笑む様子に、感動の涙をこぼしていた。
「……あの、笑わないで聞いてくださいね? 私は……あの子が私を睨むのは、私を疎んでいるからだと、ずっと、思っていたんです……」
そんなわけあるかよ!!!
と叫びたいのを呑み込んで、俺は何とか平静を装った。
「それは誤解ですよ」
「ええ……ええ……、私もようやくわかりました。あの子は私を疎んでなどいなかったのだと……」
いや、分かるのが遅すぎんだろ!!
どうしてもうちょっと早く会ってやらなかったんだよっ!?
「あの子は……リーフェリオンは、私と、ドリュエリオン様の子ですものね……」
笑顔が引き攣ってしまいそうで、俺は作業のふりをして一旦ローゼシリア様に背を向ける。
……俺、青筋浮いてねーかな?
大丈夫だよな……?
ちなみにフレームはラベンダー色の瞳に合わせて、それよりもう少しグレーがかったパール入りの細いメタルフレームを生み出した。
色で言うなら、ラベンダーグレーパールカラーってところか。
しばらくはフレーム作製やレンズ作製に集中するので言葉が返せないという断りを入れて、俺は作業に集中する。
作業を続ける俺の隣で、しかしローゼシリア様はポツポツと喋り続けた。




