メガネをかけた弟分達〈グラディレオ視点〉
***〈グラディレオ視点〉
「おーいトーチカーっ、朝練付き合わねーか?」
声をかけると同時に開けたトーチカの寝室には、誰もいなかった。
「……あれ? あいつにしちゃ早ぇな。ぜってーまだ寝てると思ったのにな」
寝起きのトーチカは可愛い。
むにゃむにゃといつまでも布団から出てこないトーチカの頬をつついたり、ふわふわの髪を撫で回して愛でようと思ってたのにな。
そのためにいつもより早く起きたというのに、とんだ肩透かしを喰らっちまったな。
「トーチカ様はまだお休みですよ……」
廊下側からオレの背にかけられた声には、なぜか哀愁が漂っていた。
「フラウ兄さん、おはよーございまっす」
「おはようございます、グラディレオ様……」
「えっと、何でそんなどんよりしてるんスか。つかトーチカはまだ寝てるって、どこで寝てんスか?」
フラウ兄さんはオレの言葉にぐっと息を詰めてから、ため息でも吐くようにして言った。
「……リーフェリオン様の、寝室です……」
「………………は?」
次の瞬間駆け出したオレをフラウ兄さんが慌てて追うが、魔法でブーストしたオレの動きについて来れるはずがない。
「お待ちくださいグラディレオ様っ!」
これが待ってられっかよ!
一体どーいう事だよ!?
いつの間にその二人はそんなことになってんだよっ!?
どっちもオレの可愛い可愛い弟分だぞ!?
オレがここまでずーっと我慢して、手ぇ出さねーで見守ってきたのは、お前らの為を思っての事だってのに、なんで二人だけでそんな美味しい事してんだよ!?
オレも混ぜろっての!!!
バンッと勢いよく開けた扉の音に、驚いて跳ね起きたのはリーフェだった。
「……グ、グラディレオ……?」
上半身を起こしたリーフェが慌ててメガネをかけて、オレを見る。
睨まれずに済んだことに内心ホッとしながら、オレはベッド脇までずんずんと進んだ。
ベッドの中ではまだトーチカが微睡んでいたが、騒ぎに目覚めたのか、むにゅむにゅと口だけ動かした。
「んー……? どう……したんだ……?」
「どうしたもこうしたもねーよっ。トーチカの部屋行ったら居ねーからさっ」
憤慨するオレの言葉に、リーフェが謝罪の言葉を口にする。
「ああ、心配をかけてしまったのか、すまない」
ん……?
なんか……、おかしくねーか?
いや、この二人の性格を考えたら、ぜってーおかしいだろ。
この二人なら、情事の痕が残る部屋に乱入された日には、絶対真っ赤になって慌てるはずだって。
てことは……。
これは、あれだな……。
全然なんにもないやつだな?
つか健康な22歳と25歳の男が一晩同じベッドで寝て何にもないとかなんなんだよ。
仲良く一緒に寝てただけって……いや……オレの弟分達ピュアすぎかよ……。
はー……。焦って損したって……。
「んん……、グラ兄……、まだ……早くねぇ……?」
トーチカが目を閉じたまま言う。
「確かに随分と早いな、どうしたんだ?」
リーフェは部屋の時計を確認してオレを見上げた。
「あー……、トーチカに、たまには朝練一緒にどうかと思ってさ」
「ふむ、それはいいな。私もたまには参加しよう」
そう言って明るく微笑むリーフェの寝巻きは上までボタンがかかっていて、首元のリボンも綺麗に結ばれたままだ。
スイと立ち上がる様子からも、そういう気配はまるでない。
それじゃあトーチカの方はどうだ?
「ぅぅー……、俺、体動かしたくねぇぇ……」
これはまあ、いつものトーチカだな。
リーフェが「着替えてくる」と告げて部屋を出る。と言っても廊下の方ではなく、執務室との間にある衣装部屋に入ったわけだが。
オレはリーフェのいなくなったベッドに腰掛けると、当初の目的だったトーチカの寝顔をふにふにと指で愛でながら、ぼやく。
「なー、お前ら最近距離近いよなー?」
「んー……つつくなよ……、俺はまだ寝てんだよ……」
「一人だけ呑気に寝てんなよ。オレはお前らがついに一線越えたのかと思って焦ったんだぞ?」
「なんだよそれ……。俺とリオン様じゃ、超えるような線がそもそもねーだろ……」
「はぁ!? お前……っ、リーフェの姿ちゃんと見たか!?」
「んー? 見たけど……?」
「あんなヒラヒラした寝巻きの、細っこくて綺麗なリーフェ見て、全くムラムラしねーとか……まさか、トーチカは不能か……!?」
「おい待て、なんでそーなる……」
「オレなんて、この屋敷で働きだして初めて寝巻きのリーフェを見た時、なんだこれ天使か!? って思ったからな? めっちゃ勃ったからな?」
「……男友達が男友達見て勃った話とか、朝から聞きたくねーんだが……」
「んでもって、次の瞬間めちゃくちゃ睨まれて、タマヒュンするとこまでがセットな」
「おい、忙しいなグラ兄の股間」
トーチカは相変わらずオレの言葉に軽快な突っ込みを入れてくる。
こいつとこーやってバカな話すんの、オレ、すげー好きなんだよな。
それに、時々すげー嬉しいこと言ってくれるし、笑った顔がまためちゃくちゃ可愛いしさ。
リーフェも元から綺麗な奴ではあったが、睨んでこなくなってからはもうすげー綺麗だし、時々めちゃくちゃ可愛く見えるしな。
だから、トーチカとリーフェにはまだしばらくこのままでいてほしいと思ってる。
けど、それと同じくらい、この二人のもっと可愛く乱れた顔も見てみてぇなと思っちまうんだよなぁ……。
「なー、二人とも本当に何もなかったのかよ」
「何もねーって、つーかリオン様だぞ?」
「リーフェだからだろ?」
「何でだよ、相手は男で、俺の保護監督官なんだぞ?」
「だってスーゲェ綺麗な顔してんだろ?」
「……グラ兄は綺麗な顔なら何でもいいのかよ」
「おうよ」
「おいっ、節操ねーな」
「オレは綺麗系も可愛い系もどっちもいけるぜ」
リーフェも、トーチカも、どっちも十分抱ける。
むしろ二人一緒に相手してやりたいくらいだ。
「さらに範囲広くなってんじゃねーかよ」
オレに文句を言いつつ渋々起き上がったトーチカがメガネをかける。
トーチカの服のボタンが一番上までしっかり閉まっているのを眺めながら、オレは「トーチカもさっさと着替えろよ、演習場行くぞー」と声をかける。
「わーったよ、もう……、あー……行きたくねぇぇ……」
ぼやきながら部屋を出て行くトーチカを見送ったところで、フラウ兄さんが部屋に着いたようだ。
「おはようございます、トーチカ様」
「フラウレイドさん、おはようございます」
すれ違いざまに会話を交わす二人を目で追って、オレはしょんぼりと肩を落としたまま部屋に戻ってくるフラウ兄さんの姿に思わず笑いを零した。
「フラウ兄さん、勘違いっスよ。あの二人なんもねーっスから」
「………………ぇ……?」
そもそも、事後の匂いが全然しねーしな、この部屋。
この人優秀なのに、こーゆーの分かんねーのかな。
つーかフラウ兄さんってそーゆー経験ねーのかな?
……そもそもこの人いつまで独身でいる気なんだ? もう今年でえーと、33だろ?
「あの二人、揃いも揃ってまだどっちも自覚すらねーっぽいっスよ。はたから見りゃバレバレだってのにな」
フラウ兄さんはオレの隣で深く頷く。
「可愛い弟分の初恋ともなれば、応援してやりたいんスけどねー」
「……ぜひそうしてくだされば良いかと」
「トーチカもリーフェも可愛過ぎなんスよね、なんつーか、結局俺に一番懐いてんじゃないスか?」
「いいえ」
……いや、まーこれは、フラウ兄さんに聞いたのが間違いだったな……。
「……そんなわけでオレ的には手放しで応援すんのはどうかなーってとこなんスよねー」
「それは……私も、立場上、お二人の応援は出来かねますので……」
そーだよな。
この家の跡取りは、リーフェしかいねーもんな……。
「んならトーチカはオレとくっつくほうがいーんじゃないスか? オレなら家の事は兄貴達がやっからオレは自由にできるし、リーフェにもちょいちょい会わせられるし……」
「……ですが、リーフェリオン様が悲しむような真似は致しかねます」
ったく、生真面目補佐官さんも面倒なこったな。
オレはフラウ兄さんの整った横顔をチラと見る。
町に出れば女性達にキャーキャー言われる敏腕補佐官は、今日も一分の隙もなく黒髪をオールバックにして、きりっとしたまっすぐな眉を少し寄せて主人を案じている。
……この人って、未経験なんかな……。
なんか、そう思うと、ちょーーーっとちょっかいを出したくなるよな……?
「待たせたな、行こうか」
リーフェが久々に見る格闘衣姿で衣裳部屋から顔を出す。
相変わらずほっそいなー……。
ちゃんと食ってんのかこいつ。
髪も上の方できゅっとひとつにまとめられていて、歩くたびに左右に揺れる金色が可愛い。
リーフェの髪の先をちょいちょいつつきながら、時折睨まれつつ、三人でトーチカを迎えに行くと、部屋の少し手前で合流した。
トーチカの服はまあいつも通りだなー。
シンプルなシャツにズボンだ。
リーフェの揃えたもんだから品はいいんだけどな、色気はねーんだよなぁ。
オレは両手を頭の後ろで組んだまま、トーチカに尋ねる。
「なー、トーチカはメガネの事どう思ってんだ?」
「ん? メガネはメガネだろ」
「つまり……?」
「いつでも俺のそばで、俺を支えてくれる、俺の人生のパートナーってやつだな」
その答えはオレが思うのの数倍重かった。
「はぁぁぁぁ」
「おい、なんで聞いといてため息吐くんだよ」
「いや、お前のメガネへの愛が重いなと思ってな……」
「そりゃそーだろ、俺はメガネをこの世で一番愛してるからな!!」
そう答えるトーチカの瞳はキラッキラしていた。
……ダメだな、こりゃ。
リーフェの恋敵が強すぎる。
これは勝ち目ねーんじゃねーの?
この二人はまだしばらくはこのままだろうな……と、オレは思った。




