メガネの似合う海の王
オンブロンド王は一瞬怪訝な顔を俺に向けたものの、俺をほんの2秒ほど見つめると「よかろう、お前の好きにせよ」と答えた。
何だろうな、この人。俺の心でも読めるのかな。
そんな風に思いながらオンブロンド王の前へと進むと、オンブロンド王は冷たい瞳のままで口端だけを片方上げて「そうだ」と答えた。
「……我に隠し事はできぬぞ……? どうだ、恐ろしいか……?」
……と言われてもなぁ。
別に俺はこの人に隠し事もないし、メガネさえ作らせてもらえればそれでいいんだよな。
それよりこの人に似合うメガネはどんな形か……。
考え始めた俺の前で、オンブロンド王はクツクツと笑い出した。
うおっ、笑い方がめちゃくちゃ悪役なんだが……?
小さい丸サングラスとかかけたらチャイニーズマフィアのボスっぽくなりそうだよな、この人。
「お前は我の知らんおかしな事ばかり考えているな」
そりゃまあ、俺はまだこの世界に来たばかりだしな。
「ああ、お前は人間達が飛来人と呼ぶ者か」
俺はオンブロンド王の言葉に心で頷きながら、喋らなくて良いのって楽で良いな。なんて思いつつ、視力測定の同意をとる。
「構わん。好きにしろ」
オンブロンド王の声色は、最初よりもずいぶんと楽しそうに聞こえた。
オンブロンド王の同意を得て、俺は老眼の進んでいたオンブロンド王に書類仕事と謁見用の中近メガネと、生活補助用の遠近両用メガネを作る。
冷たい印象のつり上がった目元を和らげる方向でフレームの形を考えていたら、オンブロンド王は怖がらせるくらいで良いのだと言う。
なるほど、そういう方向なら……と、俺はクールな印象をさらに強める紺色の艶やかなスクエアのメタルフレームを生み出した。
早速レンズを入れて、オンブロンド王に試着していただく。
……うん。これはいいな……。
完璧だろ……。
知性の塊のような紺色のメタルフレームから覗く、薄青く透き通った氷のような鋭い瞳。
オンブロンド王の強そうな印象を、さらに強固で一部の隙もないものへと昇華している……っ!!
外見知的度が爆上がりして、洗練された高貴な大人の魅力が滲みまくってるじゃないか!!
俺が脳内でガッツポーズを決めつつオンブロンド王のフィッティングを調整していると、オンブロンド王がブフッとふき出した。
オンブロンド王は、そのまま肩を揺らしてクツクツと笑い続けている。
「……父様……?」
俺のそばでメガネが出来上がるのを見守っていたカルール王子も、不思議そうに尋ねている。
オンブロンド王はしばらく笑い続けていたが、ひとしきり笑い終えると、メガネを持ち上げて、目尻を長い爪のついた指先で拭った。
俺はすかさず、海水や涙はメガネに悪いと、手入れについても詳しく説明する。
オンブロンド王は「わかった」と短く答えて、俺を氷のような瞳で見上げた。
この人ずっと座ったままだからな。
立ったら絶対グラ兄よりでかいだろうな……。
このゆったり組んでる足の長さが半端ないもんな。
「トーチカと言ったか?」
言われて、俺は自分がまだ名乗っていないことに気づいて挨拶をする。
「ふむ、トオチカか。珍しい響きの名だ」
おおお、一回で俺の名前を正しく聞き取っている。すごい。
オンブロンド王は、ふっと小さく笑って言った。
「トオチカよ、我の元に来い。我の他にも書類が読み辛くなってきた部下がたくさんいる」
なんか最近聞いたなこのセリフ。
「それは是非ともメガネを作っていただきたいところですが、私は王都の近くに店舗を構えようと思ってるので、そこがうまくいって3号店を作る時には……」
「……何故2号店ではないのだ」
だって、2号店はソスさんのとこに出すって約束しちゃったからなぁ。
「あの若造に先を越された……だと?」
若造……。87歳のソスさんも4桁歳のオンブロンド王からすれば若造か。
「トオチカは、こちらに来たばかりなのだろう。どうやってあの男と繋がったのだ」
えーと、ソスさんは、お孫さんが海に引き摺り込まれかけてて、それを助けて……。
「……なん、だと……?」
俺が頭に思い浮かべた光景は、そのままオンブロンド王に伝わるんだから説明が楽だよな。
「何ということだ……。カルールの行方を追うあまり、我が兵が先走ったか……。さらには無礼を働いた兵を、命も取らず逃したと……?」
オンブロンド王は眉を寄せてゆっくりと頭を振った。
そんな姿もメガネと合わさると実に美しい。
「トオチカが居合わせねば、森と我らの間に大きな溝が生まれただろう。ともすれば、今頃戦になっていたやも知れんな……」
うわぁ……。
それは大変な事態になるとこだったんだな。
回避できて何よりだ。
「どうやら我は、トオチカに返しきれんほどの恩があるようだ」
いやまあ、恩返しとかは別に気にしてくれなくていいんだけどな。
海にいるメガネが必要な人で、地上に来られる人がいるなら、俺の店が開店した日にはメガネを作りに来てくれると嬉しい。
「……それでは恩が増える一方ではないか」
そうだろうか。
俺はお客さんがメガネを作ってくれて嬉しい、お客さんはメガネで生活が楽になって嬉しい。
WIN-WINの関係じゃないか。
オンブロンド王はまたもクツクツとしばらく笑うと、俺に、困った時にはいつでも笛で呼べと言い含めて、俺達を家に帰してくれた。
来たときと同じ水球に包まれて、手を振るカルール王子とオンブロンド王に見送られながら、来た時と同じように視界が閉ざされてゆく。
「リオン様……、少しだけ、手を繋いでもらってもいいですか?」
水球の中で、小さくしか聞こえない俺の言葉を、リオン様はちゃんと聞き取ってくれた。
「ああ、もちろんだよ」
俺の情けない願いにも、リオン様はやっぱり優しく微笑んで応えてくれるんだな……。
リオン様の温かい手が、俺の手をしっかり握ってくれる。
きっとこの手は、俺が向こうに着くまで俺の手を離さず握っていてくれるんだろうな。
不思議とそんな風に思えて。
真っ暗闇に包まれても、俺は震えずにいられた。
***
俺達がウィルトゥーズ公爵家に戻ってきたのは、もうすっかり夜中だった。
そりゃそうか。
のんびりめの夕食後に連れ去られたんだもんな。
食堂に現れたリオン様に駆け寄ったフラウレイドさんは、その紫がかった黒い瞳に涙を滲ませていた。
三人は俺達が消えてからずっと食堂にいたらしい。
「ほれ、トーチカの袖についてるそれ。それでコルトが話を聞いててくれたんだよ」
グラ兄に指されて、俺が自分の服の袖を見れば、確かに小さな白い花が一輪くっついていた。
これはあれか、最初にコルトが俺に手を伸ばしてくれた時に俺が伸ばした方の腕だ。
あの時に、コルトがつけといてくれたのか。
「けどボクの力では、師匠の声しか拾えなくて……」
…………あー……。
俺、向こうでは心の声が伝わるのを良いことに、省エネであんま喋んなかったよな……。
「ごめん……、もっと何でも口に出せば良かったな」
「いいえっ、師匠がご無事でよかったですっ」
ニコッと嬉しそうに微笑まれて、やっぱりコルトは可愛いなと思う。
うん。俺の弟子可愛過ぎるだろ。
リオン様は、リオン様の隣にピタリと寄り添ったまま俯いているフラウレイドさんの肩を慰めるように撫でながら言った。
「フラウには心労をかけた。……すまなかった。私は次期当主として、あるまじき事をした……。反省している」
そっか。
海の時も、フラウレイドさんはリオン様が海辺に近付かないようにって身を挺して押さえてたもんな。
「今後二度とこのような……」
リオン様の言葉を遮ったのはグラ兄だった。
「本当に、二度としないって言えんのか?」
「……グラディレオ……」




