メガネをかけるべき耳
驚く俺に、ソスさんがクスクスと笑いながら教えてくれる。
「頭のこれは超覚と言うての、耳とは別の感覚器官じゃ。儂らの耳はこの通り、お主らと同様に生えておる」
「ボクにも、トーチカさんと同じ耳がありますよーっ」
コルト君もそう言って元気に耳を見せてくれる。
「お主はまだ飛来したばかりの飛来人なのであろう、見知らぬ匂いを纏っておる。ならば、知らずとも無理はない」
「あ……、ありがとうございます」
無知を窘められるどころか、逆に励まされてしまった。
ソスさんが小さな手を伸ばして、ポンポンと俺の頭を撫でてくれる。
けど眼鏡屋店員として、これはマズイよな。
俺ももっとこっちの世界の事を勉強しないとな。
ちなみに、リオン様とグラ兄が検討に検討を重ねて選び抜いた俺の家庭教師の先生は来週から屋敷に住み込みで来てくれる予定だ。
「して、次はどうすれば良いのじゃ?」
ワクワクした表情のソスさんは、やっぱり少年にしか見えない。
「次は俺の能力でソスさんの視力を測定しますね」
「ほほう、視力をのう……? 許そう、致すがよい」
あ、そっか。
こういう『相手にかける』魔法とか能力は、事前に許可を取る必要があるんだな。
特に偉い人相手だと、急にやったら失礼になりそうだもんな。
ソスさんが一体どれ程偉いのかはわからないが、気をつけておくに越したことはない。
俺が最初にかけられたのはサーティラのNO同意鑑定だったが、あれを当たり前に思っちゃダメだな。
測定の結果はやはり老眼だ。
しかし年齢から想定したほどには進んでいない。
むしろ度数的には40代後半程度の数値だ。
これならレンズもそう厚くないし、遠近両用一本で手元の文字まで十分カバーできそうだな。
ソスさんはその特徴的なファッション……つまり全身白統一に加えて、顔が十分に派手でキラキラしいので、フレーム選びに迷うな……。
聞けば、ソスさんは普段着から式典服までほぼこのカラーとスタイルらしい。
ここは……、リムレスメガネに挑戦するべきか……。
リムレス……つまりフレーム無しのメガネっていうのは、作る側にとっては高難易度のメガネだ。
何せフレームが無い分、レンズそのものに直接穴を開けて、小さな金具で直接固定するからな。
穴の位置がちょっとでもズレれば、アイポイント……レンズの中心となるべき位置が狂う。
メガネってのはレンズの全部の位置で同じように見える訳じゃない。
アイポイントが、かける人の瞳孔の位置にピッタリこなきゃ台無しだからな。
それこそ1級眼鏡作製技能士の腕の見せ所ってやつではあるんだが……。
ただなぁ……、俺がうまいこと作ったところで、リムレスメガネはその構造上どうしても、レンズを固定しているネジを定期的に締め直す必要がある。
もちろん他のメガネも長く使えばネジは緩んでくるもんだが、リムレスではその頻度が段違いなんだよな……。
それでも、ソスさんのこの真っ白スタイルと喧嘩する事なく、その小さく美しい顔を最大限生かすにはリムレスメガネが合いそうなんだよな……。
「何を迷うておるのじゃ。構わぬ、申してみよ」
ソスさんの言葉に甘えて、俺はリムレスメガネの長所と短所を説明する。
見た目の美しさ、ソスさんに間違いなく似合うだろう事。
メンテの必要性、その頻回さ。
強度の低さは短所だが、その分軽量性や圧迫感の無さはリムレスメガネの長所だ。
「なるほどのう……、お主の迷いは相分かった。コルトよ、トーチカよりメガネの手入れを学び戻れ」
「あ、はいっ」
「トーチカよ、コルトは手先の器用な孫じゃ、お主の迷いはこれで晴れよう」
ソスさんは、にまりと悪戯っぽい微笑を浮かべて言った。
「ぁ……、ありがとうございますっ」
俺は、ソスさんに背中を押されるようにして、久々のリムレスメガネ作製に挑戦することになった。
それじゃあ部屋から工具一式を取ってこないとな、と思った時には、フラウレイドさんが「エプロンとお鞄ですね」と俺に確認して部屋を出る。
リオン様の補佐官さんが、俺に対しても優秀過ぎる……っ!!
その間に俺は『フレーム作製』でリムレスメガネ用のテンプルや鼻あてのパーツを作る。
軽く丈夫なチタンで、色は服に合わせたパールホワイトだ。
光沢のある白色が、俺の手の中で優しく艶めく。
うん。綺麗だな。
今最高のメガネに仕立ててやるからな。
『レンズ作製』で作ったレンズを『レンズ加工』でソスさんのスンとした下がり眉にピッタリ沿わせて削る。
リムレスメガネの場合はレンズの形がそのまま仕上がりラインになるからな。
ハート型とか花の形とか、そんな可愛い形のサングラスもあるしな。
レンズ端の厚みが目立たないよう、角を丸く面取りして、レンズの側面は鏡面仕上げで磨き上げる。
こうすることで、普段は主張をしないクリアなレンズが、光を受けた時にだけ、そっとクリスタルガラスのように輝いてソスさんの白い肌に煌めきを加えてくれるはずだ。
ああ、穴開けまでは『レンズ加工』の能力内でできるんだな。
これで位置ズレの心配も……ああいや、位置を決めるのは俺か……。
俺は、慎重に、めちゃくちゃ集中してレンズを加工した。
よしできた!
ふぅ。と俺が息を吐くと、グラ兄とリオン様、それにコルト君までが息を吐いた。
皆も俺につられて息を止めてたんだろうか。
嬉しいようなくすぐったいような、何ともむず痒い気分だな。
ちょうどそこへフラウレイドさんが工具を持ってきてくれる。
俺は手早くも丁寧に、リムレスメガネを組み立てた。
完成品を手に、歪みやズレがないかを細かくチェックする。
はー……、綺麗だなぁ……。
2枚のレンズを鼻あてが繋ぎ、両端にテンプルと先セルが繋がるだけの、最高にシンプルで最高に洗練されたその姿は、まさに芸術だよ。
「ほほう……。メガネというのは、かくも美しき物なのじゃな……」
ソスさんの感嘆の声に、俺も心で頷く。
このメガネは俺が手がけたメガネの中でも、美しさという点では間違いなくトップクラスだ。
「気に入っていただけたなら、嬉しいです」
俺は、心の底から湧く充実感を抑えきれずに、満面の笑顔で答えた。
「このメガネをソスさんのお顔にかけてもよろしいですか?」
「うむ。許そう、致すがよい」
満足気なソスさんに許可をもらって、俺はそっとソスさんの耳へと先セルをかける。
ドリュエリオン公にも作った遠近両用メガネだが、この累進レンズっていうのは普通のメガネとは違って使い方にコツがある。
メガネの上部分で遠くを見るように、中間部でその間を、メガネの下部分で近くを見るようにできているから、使用者がそれを理解して、それぞれの位置で見るべき距離を見る事に慣れる必要があるんだよな。
遥か遠くを見ようとしても顔を持ち上げてしまうとダメだし、遠くでも地面を見たい時は少し俯いて視線だけでメガネの上部から見る必要があるとか、そういうちょっとしたコツがある。
このコツを掴めないままに、せっかく作った遠近両用メガネから離脱してしまう人が一定数いるのは、とても惜しい事だと俺は思う。
知識のある店員がいる店舗なら指導もできるし、テストレンズも用意しているので購入前に試す事もできるのにな。
もう一つ残念なのは、こんなに素晴らしい技術の結晶である遠近両用メガネに触れる機会なく人生を過ごしてしまう人だな。
老眼が始まってもギリギリまでメガネなしで我慢して生活してしまう人は、眼鏡店に来た時にはすっかり度が進んでいたりするんだよな……。
度が進んでいると、遠近両用にしようにも上と下の度の差が広がって、視点移動の際に歪みや揺れを感じやすくなってしまうので、こちらとしてもお勧めできなくなる。
だからとにかく、老眼かなと思ったらすぐに、遠慮なく、眼鏡店を覗きに来てほしい。
……と、口にするためには、まず俺がこの地に眼鏡店を開いておかないとなんだけどな……。
俺はそんな思いを呑み込みつつ、ソスさんにメガネの使い方や見方を説明する。
ソスさんはドリュエリオン様と同じく理解の早い人で、あっという間にメガネの使い方を会得してしまった。




