メガネと俺の、帰りを待ってくれる人
城から屋敷に戻って3日目の午後。
リオン様と俺とグラ兄とフラウレイドさんといういつもの面子は、ウィルトゥーズ公爵家の中庭に集まっていた。
ちなみにフラウレイドさんはしっかり、いぶし銀のスクエアの眼鏡をかけている。
『視力測定』で調べたところ、フラウレイドさんには軽度の近視と乱視があったので、ここぞとばかりにメガネを勧めた。
フラウレイドさんも自覚こそなかったものの、かけると目が楽になったと喜んでくれた。
メガネの押し売りにならずに済んで良かった。
ほんの少し紫がかった黒髪黒眼のフラウレイドさんには、落ち着いた鈍い銀のメタルフレームがめちゃくちゃ似合っている。
オールバックからハラリと落ちた黒髪がメタルフレームにかかる様は、まさに芸術だと思った。
俺は、この場の全員を見渡して言う。
「じゃあ呼んでみるよ」
皆の頷きを得て、俺はどんぐりみたいな形をした木の鈴を鳴らす。
コロコロと温かい音を心地良く感じながら、俺はコルト君を呼んだ。
「コルト君、聞こえるかな? 俺は家に帰ったよ」
……こんなんで伝わったのか?
特に何の手応えも得られないので、何とも言えない気持ちのまま、俺は木の鈴を布で包み直す。
ん? リオン様が両手で顔の下半分を覆ってるんだが……?
「リオン様……?」
「いや……。この屋敷を、ショウが『家』だと言ってくれた事が、その……、嬉しくて……」
くっっっっ。
この人良い人過ぎないか!?
「トーチカは元の世界でどんな家に住んでたんだ?」
「俺はワンルームのアパートにひとり暮らしだったからなぁ。今俺が借りてる部屋の4分の1もないくらいの狭い家だったよ」
「は!? 部屋……じゃなく、家が……!?」
「そう、家がそのサイズ。と言っても何人か共同でひと棟を区分けして住むって感じなんだけどな」
「あー、宿舎みたいなもんか。トーチカは騎士の宿舎棟って見に来たことあったか?」
「外から見たことはあるけど、中には入ってないな」
「興味あるなら見にいくか?」
「んー、どっちでもいーや」
「ショウは、ひとりで暮らしていたのか……」
リオン様の呟きは、こないだうっかり漏らしてしまった俺の言葉を思い返しているように聞こえた。
この人は、まだあの事を気にしててくれたのか。
……そうだよな。
リオン様は忘れないって言ってたもんな。
「そういや前に両親はいないっつってたよな。親戚とかもいなかったのか?」
「親戚はいたけど、親の葬式の後はあんま顔合わすこともなかったしな」
「ショウ……」
リオン様の言葉にそちらを見ると、リオン様は小さく微笑んでいた。
なのに、何だか泣きそうな顔に見えてしまうのは何でだろう。
「私が……、我が家が、ショウを待つ家になるよ」
うん? 今も十分、俺はこのでかい屋敷に住んでる気でいるけどな。
「だから、ショウはいつでも私のところに帰っておいで。私は必ず君におかえりと伝えるから」
あ……。
リオン様はあの時俺が何を羨ましがっていたのか、何を欲しがっていたのかを、正確に理解してしまったんだな。
くぅっ……。
無性に恥ずかしいんだが……!?
けど、こんな優しい事を、こんなにも心を込めて言われて、嬉しくないはずがない。
リオン様は、俺に……、俺の帰りを待つ人になると言ってくれていた。
「……リオン様……」
そっか……。
俺が外から帰ってきて、リオン様の執務室に行くと、リオン様とフラウレイドさんがおかえりって言ってくれるんだな。
その光景は、あまりにも簡単に想像できた。
いいな、そういうの。
やっぱ……すげー嬉しいかも……。
俺は、どうしようもなく緩む口元を引き締めるのを早々に諦めて、リオン様に心から微笑んだ。
「へへ……、ありがとうございますっ、嬉しいですっ」
途端に、リオン様が真っ赤になってしまう。
これは予想できてはいたんだが……、ごめんな、嬉し過ぎて笑顔が堪えきれなかったんだよ。
「オレはトーチカと一緒にただいまって言う側だなー」
そう言うグラ兄に「だなー」なんて同意していると、門の方からウィルトゥーズ公爵家の騎士服を着た人が駆け込んできた。
「申し上げます!」
そう鋭く告げた人が言うには、門のところに鹿の角を生やした森の民が訪ねてきているらしい。
コルト君だ。
えっ、もう来たのか!?
呼んでから……えーと……10分も経ったか……?
驚いたのは俺だけだったのか、リオン様は伝令に来てくれた人に「ここへ通してくれ」と落ち着いた声で答えた。
「トーチカさんっ!」
駆け寄ってきたコルト君が、俺を見て笑顔になる。
「コルト君久しぶりだね。元気にしてた?」
「はいっ、もうすっかり元気いっぱいですっ。これもトーチカさんのおかげですっ」
「俺はなんにもしてないけどなぁ」
「そんなことありませんっ、ボクを助けるように言ってくれたのはトーチカさんだって、ちゃんと聞いてたのでわかりますっ」
なるほど、そういやコルト君は耳がいいって言ってたな。
俺が苦笑すると、コルト君はニコッと笑って言った。
「今日はボクの祖父をお連れしました。祖父にメガネを作っていただけますか?」
え? お祖父さん、わざわざここまで来てくれちゃったんだ?
コルト君がパッと俺の前から避けると、その後ろにはコルト君より細くて小柄な人が引きずるほどのローブを着て、目深にフードをかぶった状態で立っていた。
リオン様が、場所を変えるよう丁寧に提案する。
それに頷いたコルト君とそのお祖父さんを連れて、俺達は明るい日差しの降り注ぐ中庭から、落ち着いた応接室へと移動した。
リオン様が部屋の警備を含めた侍従を速やかに退室させる。
部屋にいる人が、コルト君とそのお祖父さん以外には、俺とグラ兄とリオン様とフラウレイドさんだけになると、コルト君のお祖父さんが初めて口を開いた。
「ほほう。思うたより、対応が早いのう」
口調の割に、その声は高い。
白く細い指が、ぱさりとフードを後ろへ落とすと、そこには真っ白い髪に真っ白い猫のような耳を生やした小柄な……少年……? が立っていた。
えっと……よくて15歳くらいにしか見えないんだけど……?
「ボクのお祖父さんでソスさんです。若そうに見えますが、こう見えて今年で87歳になりました」
は……、はちじゅうななさい……!?
「余計なことは言わんでいい、ほれ、持っておれ」
ソスさんはローブを脱ぐと、ポイとコルト君に投げ渡す。
ローブの上も白かったけど、下も見事に全身真っ白だった。
襟の詰まった真っ白な服はボタンも紐で編まれていて、まるでチャイナ服のようだ。
けれど下は袴のような様子のズボンだし、それも太ももの上までしかない。
反して肩から手首まではたっぷりとした薄手の透ける布で包まれていて、それでも手首だけはキュッと絞られた後、フリフリのフリルのようなものが手の甲までを覆っていた。
……何服って言い表したらいいんだ、これは……。
「お主がトーチカか」
ソスさんが、ずいと一歩俺に近づく。
こっちに来てからほとんどの相手を見上げなきゃいけなかったので、俺より5センチほど小さなソスさんの背丈は見やすくていいな。
「はい、私が遠近翔です。ソスさん、今日はよろしくお願いします」
営業スマイルで挨拶をすると、ソスさんは「うむ」と鷹揚に頷いた。
「ソスさんはメガネをご所望なんですね。コルト君から小さな字が見づらいと聞いたのですが、一番見えづらいのは近い場所でしょうか?」
ソスさんは俺の質問になぜか少し驚いたような顔をした。
瞬いた大きな瞳も、そのまつ毛も、真っ白ですごく綺麗だ。
ソスさんは「うむ」ともう一度答えてから、今度は二マリと口元に笑みを浮かべて、俺の質問にスラスラと答えてくれた。
しかし……メガネの先セルはこの頭上に生えてる猫耳にかければいいのか?
それって……どんな形のメガネを作ればいいんだ……?
ぴょこぴょこ動く柔らかそうな耳をじっと見つめていると、ソスさんはふわふわの真っ白な髪を中指でかき分けて、俺に耳を見せてくれた。
耳……、え、あれ?
耳が4つある……!?




