メガネも揺れる、馬車の中
俺は城で宰相さんにメガネを作った後、魔導士さん5人と騎士さん3人にそれぞれメガネを作った。
だから今、城には俺のメガネをかけてる人が、グラ兄のお兄さん2人に、ヴァルさん、ルミリオス王子、ドリュエリオン宰相様に、魔導士さん5人と騎士さん3人の合計13人いる。
サーティラの要求は『城にいる5人以上にメガネを作る事、戦力増強できる人が望ましい』って事で、依頼を受けて以降にメガネを作った相手は11人だ。
宰相様と王子様は戦力増強にはならないとしても、9人は戦力アップしたので、このくらいで十分だろうとリオン様が判断して、俺達はウィルトゥーズ公爵領へ戻っていた。
サーティラはあちこちの飛来人の所へ飛び回っていて、留守にしている事が多いらしい。
俺達が城での成果を報告に行った時もサーティラは留守で、前に会ったサーティラの補佐官が代わりに報告を受けてくれた。
補佐官の彼は、俺達が約束通りの成果を報告したら俺達を帰していいとサーティラに言われていたらしく、笑顔で見送ってくれた。
正直、サーティラと顔を合わせなくて済んでホッとしたよ。
サーティラが俺を悪く言うと、リオン様とグラ兄が不穏な気配を発するからな……。
近視っぽいサーティラにもメガネを作ってやりたくはあったんだが、リオン様がまだ今はやめておいた方がいいと言うので、今度の機会にする。
俺より頭のいい人が、俺の事を考えた上でそう言うのなら、俺には理由がわからなくても従おう。
素直にそんな風に思える程、俺はリオン様を強く信頼していた。
「しっかし、トーチカが帰るって聞いてヴァル残念がってたなー。あいつのあんな顔初めて見たぜ」
グラ兄の楽しそうな笑いに合わせて、俺の体も小さく揺れる。
ガラガラと車輪の音が響く馬車の中で、俺は尋ねた。
「グラ兄、腕痺れてこねーの?」
「んー? もーちょいだし楽勝楽勝。ちょうどいいくらいの鍛錬になったな」
ちょうどいいって……。
身長170センチある俺を空中に抱き上げたまま、約5時間馬車に揺られ続けるのが、ちょうどいいくらいの負荷……?
一体グラ兄は普段どんな鍛え方してるんだ??
リオン様も俺と同じことを思ったのか、胡乱な視線をグラ兄のムキっとぶっとい腕へと注いでいる。
「お、見ろよ、屋敷が見えてきたぞ」
グラ兄に言われて、僅かに開かれた窓の隙間から外を覗くと、遠くに小さくお屋敷が見えている。
お屋敷を見ると、ちょっとホッとした。
別に城の居心地が悪かったってことはなかったんだけどな。
やっぱりちょっと、緊張してたんだろうか……。
しかし、グラ兄にこの距離が見えてるってのは、近視のグラ兄としては十分な矯正視力が出てるな。
「グラ兄、屋敷の輪郭ってはっきり見える? ぼんやり見える?」
「そうだなー、結構よく見えてるぞ?」
「そーかそーか、それは良かった」
「ハハっ、トーチカのおかげだな」
「うわっ、やめろって」
抱き上げてもらっている分際で文句を言うのも申し訳なくはあるが、俺はぬいぐるみではないので、グリグリ顔を寄せてくるのはやめろ。
グラ兄の髪がツンツン当たってくすぐったいだろ。
「そういやグラ兄の前髪って、立ち上がってんのに固めてるわけじゃないんだな」
触れた感じがサラサラしてるよな。
ワックスとかで、もっとベタベタしてんのかと思ったのに。
「ああ、これか? これは風魔法でブワーッと乾かすとこうなるんだよな」
……。
確かに。言われてみれば、顔面側から強風に煽られました。みたいな髪型ではあるが……。
まさか、オシャレじゃなくて、手抜きでこうなってたとは……。
グラ兄に似合っててかっこいい髪型だなと思ってたのに。
ちゃんと身だしなみに気ぃ使ってんだなと思ってた俺の気持ちを返せ。
「すぐ乾くし髪も邪魔になんねーし、楽だぞ? トーチカにもやってやろうか?」
「いや、いい……。俺はこれでも前髪は心を込めてセットしてんだよ」
「へぇ〜、そんでいつもそんな可愛い感じにフニャッとしてんだな」
「フニャッてなんだよ、これはちゃんと金払ってウェーブにしてんだぞ」
しかしなぁ……、今かかってる毛先のパーマが取れたらこの先どうするかなぁ……。
悩みつつ前髪を指先で弄ると、リオン様が口を開いた。
「ショウ、領地の町に銅色の飛来人が働く理髪店がある。彼は髪の形を変える能力を持っているので、良ければ今度一緒に訪ねてみようか?」
そうか、リオン様は自分の領地で暮らしている飛来人の事を能力含め把握してるんだな。
さっすが、頼りになるなぁ。
「はい、ぜひお願いしますっ」
しかも、一緒に行ってくれるところが優しいよな。
あ、でもリオン様は屋敷に戻ったら仕事が山積みになってるって、さっきフラウレイドさんが言ってたよな……。
「えっと、いつでもいいんで、リオン様のお仕事が落ち着いたらで……」
俺の言葉に、リオン様のラベンダー色の瞳がぱちりと瞬く。
ほんのそれだけの仕草でも、銀色のフレームにかかるプラチナブロンドと合わさると、最高に絵になるんだよな。
「ふふ、ショウに気を使わせてしまったようだね、ありがとう」
リオン様は、仕事をなるべく早急に終わらせようと言ってくれた。
うーん。無理しないでくれると良いんだけどなぁ……。
真面目な頑張り屋さんなので、ちょい心配だな……。
「あ、じゃあリオン様が仕事をしてる間に、コルト君を呼んどくか?」
そういや俺にもあったよな、戻ったらやるべき事が。
俺がグラ兄に声をかけると、グラ兄の返事より先にリオン様が言った。
「それは私も同席させてほしい」
見るとリオン様は何だか切実な顔をしていて、いや俺達だけでいいですよー、なんて気軽には断り辛い雰囲気だ。
「わ、わかりました」
「……無理を言ってすまない」
「いえいえっ、俺はいつでもいいんで、リオン様の都合の良い時に声かけてくださいね」
「ああ、助かるよ」
リオン様はホッとした様子で微笑む。
すると、グラ兄が苦笑した。
「リーフェ、そういう時は心配だって言えばいーんじゃねーか?」
「それではショウまで心配にさせてしまうだろう」
「いーだろそんくらい。むしろトーチカ自身に危機感を持たせねーとマズイって」
ん? 俺?
「いいかトーチカ。お前が海で助けた奴らはどっちも人じゃないんだよ」
「うん」
まあそれは、見ればわかるよな……。
「人じゃない奴ってのはさ、俺達と言葉を交わすことはできても、やっぱこう……根本的な考え方ってのが違ったりすんだよな」
「うん」
「だから、そこんとこは用心しとけよ。こっちの善意と向こうの善意が同じとは限んねーからな」
うーん……何となく、分かったような分からないような……。
「ぶっちゃけ、お前が役に立つ珍しい奴だって気に入られたら、城じゃなく向こうに監禁される可能性もあるって事だよ」
「うげっ。……わ、分かった……、気をつける……」
「よーしよし、分かればよし。ちゃんと気ぃつけとけよー」
グラ兄が、腕に抱いたままの俺をあやすように揺らして言う。
「人じゃない奴と接触する時は、オレはもちろん、なるべくリーフェとかフラウレイドとか頼れる奴と一緒に行く事。一人で行ったら帰って来れなくなるかもって事を、頭に叩っ込んどけよ」
言われれば確かに……って話なんだが。
言われるまで、そんな事ちっとも考えてなかったな……。
しかも相手は人じゃないんだから、俺の人権というものを考慮してくれるとは限らないって事だろ……?
うわ……。
想像するだけで、ゾッとするな……。
「ショウ、大丈夫だ。私達が共に行くからね」
リオン様がそう言って、俺の肩を優しく撫でた。
ラベンダー色の暖かい眼差しに、ホッとする。
「だーから、リーフェはそうやってトーチカを安心させてばっかなの良くねーって。危ないことはちゃんと教えて、自分で避けられるようにするべきだろ?」
「だが、ショウはまだこの世界に飛来してひと月も経たない。そんな彼にあれも危ないこれも危ないと教えては、不安が募るばかりではないか。ただですら光雨も近いというのに、彼をこれ以上不安にさせたくないのだ」
「トーチカは小柄だけど子どもじゃねぇんだぞ? オレ達と同じ一人の大人だ。それをオレ達が代わりに気をつけりゃ良いって話にすんなよ。危ねー事は危ねーって、ちゃんと本人に教えてやんのが、オレ達のやるべき事だろ?」
「しかし、彼はまだこの世界にどんな種族がいるのかすら把握できていない、それを……」
「それこそ、そっから全部教えてやるべきなんだろ!? どこにどんな生き物がいて、どう気をつければいいかって……」
「それはまだこの世界に慣れてもいないショウには急すぎるだろう。この国の地理だって、彼はいちから覚えねばならないのに」
「だからこそ、少しずつでも色々教えてやんなきゃなんねーんだろ? それを何でもかんでも後回しに……」
「わーーーーーー!」
このままではどんどん二人がヒートアップしてしまいそうな気がして、俺は思わず声をあげた。
「ショウ……?」
「トーチカ、どうした?」
二人は驚いた顔で俺を見る。
そんな中で、二人の言い合いをハラハラ見守っていたフラウレイドさんだけが、ちょっとホッとした顔をした。
「いや、ちょっと待ってほしい」
なんなんだよお前達は、子どもの教育方針を巡って言い合う夫婦か。
と、そんな感想はひとまず呑み込んで、俺はゆっくり二人の顔を見てから言う。
「リオン様の気遣いはすごく嬉しいです。その優しさに俺は救われてます」
機嫌を損ねただろうか、みたいな不安そうな顔で俺を見ていたリオン様が、俺の言葉にホッとした気配を滲ませる。
「でも、グラ兄の言うように俺はもう大人なので、危ないことは俺にも全部教えてほしいです」
不貞腐れた顔になりつつあったグラ兄が、ニッと嬉しそうに口端を上げた。
「それなら、ショウには家庭教師をつけるのはどうだろうか」
「お、それいーかもな。オレらが都度教えてくより体系的にやったほうが抜けがねーだろーし」
二人はそのまま家庭教師を誰に頼むかという相談を始めた。
ふぅ。とりあえず何とかなったか。
俺が内心で冷や汗を拭ううち、馬車はウィルトゥーズ公爵家の門をくぐり、敷地内に入る。
家庭教師なんていうのはちょっと贅沢すぎるような気もするが、二人が俺のために良い人を選んでくれると言うなら、今回はその言葉に甘えることにしよう。
馬車の端ではフラウレイドさんが、視線だけでそっと俺に礼を告げている。
やっぱり、この洗練された仕草と落ち着いた物腰には絶対メガネが似合うと思うんだよなぁ……。
俺は、今日こそフラウレイドさんにメガネの提案をしてみようかな、なんて、心の中でこっそり思った。




