メガネが結び直す縁
「失礼しまーす。お呼び頂き、参上しま――……」
ドリュエリオン様付きの侍従さんの後ろから入ってきた男が、挨拶の途中でピタリと動きを止める。
その視線はまっすぐに俺を見つめていた。
「お前……」
そのままズンズンと俺に向かって歩いてくるその男に、グラ兄が素早く俺の前に出る。
俺はそんなグラ兄の横からひょいと顔を出すと、懐かしい友の名を呼んだ。
「高谷じゃないか!」
「遠近!?」
俺達のやり取りに、室内の全員が目を丸くする。
「遠近いつぶりだよ!? こんなとこで何してんだよ!」
懐かしい笑顔が目の前でパッと弾ける。
太めの眉に、くりっとした目に、癖の強い跳ねた黒髪。
あの頃よりちょっと髪と背は伸びているが、間違いなくこいつは俺の知っている高谷 理人だ。
俺が働き始めた頃に行方不明になっていた地元の友達が、まさか、こんなとこに居たなんてな。
「それはこっちのセリフだろ! おじさんがお前の事探してたぞ!?」
思わず肩を叩いて言うと、高谷は困ったように眉を垂らした。
「んなこと言われてもなー……、帰りようがねーじゃん?」
「あー……、そりゃそうだよな……。悪い」
「いやお前こそ、ひとりっ子だったろ? おじさんもおばさんも探してんじゃねーのか?」
「ああ、それなら俺んとこはもう両親とも他界してるから、平気だよ」
「え……」
「高校の頃の事だし気にしなくていいから。しっかし、まさかこんなとこで知り合いが出てくるなんて、思わなかったなぁ」
「俺もだって……、つか俺は何で呼ばれたんだっけ?」
俺は、当初の目的を思い出して、高谷に説明する。
「あー、そっか、ゴーグルかぁ。全っ然思いつかなかったな」
そう言って笑う高谷も、五年前にこっちに来たんだから、俺と一緒で流星光雨災害は初めてなんだよな。
「えっ、俺が!? お前の手柄を全部横取りしていいって!?」
「そうそう。むしろ俺が作った他のメガネも高谷が作ったことにしてくれていいし」
「メガネなぁ……金属製のは無理だぞ、俺プラスチックしか作れねーから」
「へぇ……?」
話によると、高谷は映えある金色飛来人で、プラスチック製品なら何でも作る事ができるんだそうだ。
「すげーな、プラスチックが扱えるなんて何でも作れんじゃん」
そういやこいつは昔からプラモ作りが大好きで、こいつの部屋にはいつでもそんなのがびっしり並べてあったよな……と、懐かしい風景を思い浮かべる。
「まあ、それには俺がちゃんと構造を理解してないと無理なんだけどな。今回は遠近の作った見本が目の前にあるんだし、間違いなく作れるよ。あ、これ、もらっていいんだろ?」
「おー、持ってってくれ。三つとも高谷が作ったことにしてくれたらいーから」
「あー、でも、んー…………。この加工が出来っかなぁ」
「レンズ加工だけで良けりゃ俺やるよ?」
「でもお前が手ぇ入れっと、多分鑑定された時点でサーティラさんにバレるぜ」
「……そりゃマズイな」
「だろ? まあ色々やってみるから、どうしても無理だったら助言頼むわ」
言いながら、高谷はパカパカとゴーグルの色付きレンズを開閉させている。
「けどさ、なんでこんな面倒なことするんだ? 城暮らし、贅沢できるし悠々自適で楽しいぜ? 檻に入れられるような生活じゃねーけどなぁ」
「ああ、俺さ、自分の店を持ちたいんだよ。眼鏡店、異世界一号店」
俺の言葉に、高谷はきょとんと俺の顔を見て「はっ、お前もブレねーな……」と苦笑する。
こいつは、俺が小学生の頃から夏休み毎にひたすらメガネの研究をしていた過去を知ってるからな。
「プラモ大好きからのプラスチック作製なら、お前も十分ブレねー奴だろ」
俺の返しに高谷は「確かに」と笑った。
「店を出すとかそういうのは、確かに城にいるんじゃ無理だな。能力使うのも許可制って感じだしな」
え、じゃあこれは……? とゴーグルを見ると、高谷は俺の疑問に気付いたのか「これは宰相様の依頼でこの部屋で作ったことにしとくから」と笑って答える。
高谷は手の中でゴーグルをくるりと回して言った。
「俺はとにかく籠って自分の好きなプラモ作りつつ、衣食住の面倒見てもらえて快適に暮らしてっから、このまま城暮らしを続行するつもりだったしな。遠近がそう言うんなら、俺が遠慮なく手柄を全部もらっちまえばいいんだな?」
ニッと笑う懐かしい笑顔に、俺はホッとしながら答える。
「そうしてもらえると本当に助かる。できることがあるのに見て見ぬ振りもできないしさ、正直困ってたんだ」
「はぁ……、遠近は……相変わらずというかなんというか。異世界に来てもやっぱりお人好しなんだなぁ」
「俺は自分をそんなお人好しだと思った事ないけどな?」
俺が肩をすくめると、高谷は肘で俺を突いて言った。
「よく言うよ。ほら中学ん時、学校行く途中で泣いてる子がいて、学校遅刻してまで助けてやったことあるだろ」
「それは高谷も一緒だっただろ、俺だけじゃないじゃないか」
「俺は、ひとりだったらスルーしてた」
言い切られて、俺は高谷を見る。
高谷は口調と違って真剣な目で俺を見ていた。
「遠近なら、ひとりでも素通りしなかっただろ?」
「そんなの小さい子が泣いてたら放っとけないだろ」
「そうやって当たり前みたいに言うけどな、あの道を何人の人が通ったと思ってんだよ。声かけた人はいたかも知んねーけどさ、お前みたいにしっかり時間とって向き合った奴はいなかったってことだろ」
そうだろうか。
たまたま俺達が真っ先にあの子に出会っただけじゃないのか?
そう思ってから、ふっと胸にあの時の景色が蘇る。
泣いていた子の母親は、公園のトイレの中で倒れていた。
あの子はそれを誰かに伝えようと思って、助けを求めて公園の入り口に出てきていた。
だけど、慌ただしく通り過ぎる人達を前に、見知らぬ人に声をかけることもできず、立ち尽くして泣いていたんだ。
あの子の足元には、涙の粒が数えきれないほどに落ちていた……。
「……たまたま皆急いでたんだよ」
「俺らだってあの日は中間テストだっただろ?」
「ああ、理由話したら、別室受験させてもらえたよな」
「かなり疑われてたけどな。ま、あとから警察から学校に連絡きて感謝状ももらえたし、親にも褒められたし、俺にとっては武勇伝エピソードなんだけどな」
不意に、高谷が俺の首に腕を回して引き寄せた。
加えてもう片方の手で俺の髪をぐしゃぐしゃとかき回すと、俺にだけ聞こえるくらいの声で小さく呟いた。
「あん時も、俺はただ遠近の隣で突っ立ってただけなのにさ……。ここにきてまた遠近に同じ気分を味合わされる事になるとはなぁ……」
……そうか……。
そんなの確かに、あんまいい気分じゃいられねーよな……。
俺は自分の保身の為に、友達を嫌な気持ちにさせてしまうとこなのか……。
「あー…………、えーと………、悪い……。その、高谷が嫌だっ――」
バシンと力一杯背を叩かれて、息が詰まった。
「ま、今度は俺もゴーグルをもりもり生み出すからな。突っ立ってるだけとは違うしな!」
ぐいっと口端を上げたその顔が『お前が謝るとこじゃねーよ』と言っている。
……ああ。ここにいてくれたのが誰でもないこの男で、……高谷で、本当に良かった……。
「そうだな、頼りにしてるよ、高谷」
信頼を込めて微笑めば、高谷は照れたのかほんの少し頬を赤くした。
「……ったく、これだから、遠近には敵わねーんだよなぁ」
一体何が敵わないんだ?
俺よりずっと能力も高くて、俺より頼りがいのあるお前が。
こんな風に、苦い思いを呑み込んでまで俺の願いを叶えようとしてくれるお前の方が、ずっとずっと凄い男だよ。
「高谷がここにいてくれて、本当に助かったよ……。ありがとうな」
たっぷりの感謝を乗せた俺の言葉は、高谷には照れ臭かったんだろうか。
高谷は「……っ、これだから……っ、お前は……っ!」とさっきと同じようなことを呻きながら、ゴーグルで顔を隠してしまった。




