メガネには、目の保護用途の物もある
そうだよな。
一番の問題だという眩しさが軽減できたら、随分違うんじゃないか?
あれだ、溶接用ゴーグルみたいなのを作ればいいのか。
遮光性をなるべく上げるように加工すれば……。
俺が考えを話すと、皆が目を丸くした。
そりゃそうか。
メガネの概念がないこの世界で、サングラスなんて物、誰も考え付かないよな。
いや、ガラスはあるんだし考えた奴はいたのかもしれないが、それを実現できる技術がここにはまだなさそうだしな……。
「火のような優しい明るさではないんだ、魔法の光でとにかく眩しい」
そう説明してくれるリオン様は今25歳だから、当時は15歳だったのか。
当時18歳だったグラ兄は、騎士の下っ端として光雨迎撃に参加していたらしい。
「オレ達は目を黒い布で覆って、その上から貫通してくる光を目掛けて攻撃すんだよな」
「は!? そんな目隠し状態で戦うのか!?」
「同士討ちしないように声かけあってな。そんでも周りもドカンドカンいっててうるさいからさ、どうしてもいくらかは仲間同士でぶつかるんだよな……」
ふっと視線を落としたグラ兄の表情に、当時の誰かの姿を描いたんだと気づく。
いやいや、どんな地獄だよ……。
ずっと一緒に戦ってきた仲間同士で傷つけ合うとか、本気で勘弁してほしい。
そんなの大怪我なんかした日にはお互い気まずいだろうし、もし怪我で済まなかったら一生のしこりになるよ……。
俺は、そんな悲惨な光景を回避したい一心で、一つ試作品を作ってみる事にした。
皆の見つめる中で、色グラス部分を上げ下げできるタイプのゴーグルが出来上がる。
レンズカラーは深いグリーンだ。
もちろん、メガネの皆の為に、メガネの上から着用できる深型のオーバーグラス仕様だ。
「出来ました。これがゴーグルです」
俺は、出来立てのゴーグルの機能をざっくり解説する。
「はー……、すげーなトーチカ」
「これで実際に眩しさが軽減できればいいんだけどね」
「しかし、あの光量を魔法で再現できるような者となると……」
ドリュエリオン様の呟きに、リオン様が答える。
「ヴァルミリオ様ですね、お呼びして参ります」
リオン様の言葉に、フラウレイドさんが「私が」と応じてすぐに部屋から出た。
「確かに彼が適任だろうが、彼の場合は呼ぶよりも我々が向かう方が早いのではないか? あの極度の面倒臭がりが、ここまで来てくれるとはとても……」
宰相様が口の中で小さく呟いているが、ヴァルさんは宰相様にも面倒臭がりとして認識されているのか……。
俺の前ではそんな様子をあまり見せないからか、ピンとこないんだが。
「父上は、ヴァルミリオ様がメガネをかけた事はご存知ありませんでしたか」
「何? メガネを……? つまり、ヴァルミリオ殿の魔法の精度が上がったという報告は、そういう理由だったのか……?」
ドリュエリオン様は「全く、情報は正確に届けてもらわねば困る」とぼやきながらも、俺に改めて視線を送ってきた。
「トーチカ君……、君には驚かされてばかりだよ」
感嘆を込めた眼差しに微笑を添えられると、俺はメガネのイケオジあまりにもカッコ良すぎるな、と場違いな感想しか抱けないんだが。
「その、父上……、大変申し上げにくいのですが、トーチカに関する……極秘の、ご報告があります」
リオン様がやたらと言い辛そうに口を開いたのは、昨日の海での一件だ。
リオン様と親子で顔を寄せて、ヒソヒソと話を聞くドリュエリオン様の表情が、驚きから困惑に変わって、最後には頭を抱えたまま動かなくなってしまった。
「……どういう……ことだ……?」
説明が終わったにもかかわらず、そう呟くドリュエリオン様。
この国最高の頭脳を持ってしても、理解し難い……いや、受け入れ難い様子に、俺は何となく申し訳ない事をしているような気分になる。
しんと静まり返ってしまった執務室に、遠くから足音が近づく。
駆け込んできたのはヴァルさんだった。
「トーチカさんっ、お呼びですか?」
肩で息をするヴァルさんの様子に、ドリュエリオン様がまたも衝撃を受けている。
「ヴァルミリオ殿が……走って…………!?」
ヴァルさんってそんなに走らないイメージが浸透してるのか……?
動物でいうところのナマケモノみたいに思われているのだろうか。
「ヴァルさん、お仕事中に呼び出しちゃってごめんな、来てくれてありがとう」
「いいえ。トーチカさんの頼みなら、いつでも応じます」
「!?」
ドリュエリオン様、そんなにずっと目を見開いてたらドライアイになりますから。
瞬きをしてください、瞬きを。
「これは……いったい……どういう、ことだ……?」
動揺を隠せないドリュエリオン様の呟きに、グラ兄がケラケラ笑って答える。
「ヴァルはトーチカにめちゃくちゃ懐いてるんスよ」
お、グラ兄の敬語ってレアだな。
どこの部活の後輩だよって感じの崩れっぷりだが……。
……いや、それで良いのか?
グラ兄も一応、貴族の出なんじゃないのか……?
俺はヴァルさんにゴーグルをかけてもらって、光球を作ってもらう。
ヴァルさんの魔法で、部屋中の全てが真っ白に染まる。
ぅ、確かにこれは眩し過ぎて、とても目を開けてられないな……。
まるで太陽の隣にいるみたいだ。
熱くはないんだけどな。
光が収まると、俺はヴァルさんに尋ねる。
「どうかな、眩しさは抑えられてた? 目がチカチカになってないと良いんだけど……」
「はい、流石はトーチカさんのメガネです。全然眩しくありませんでした」
小さく笑って答えるヴァルさんの言葉に、皆がそれぞれに喜びの声をあげる。
ドリュエリオン様だけは「ヴァルミリオ殿が……笑って……!?」と別の方向に衝撃を受けていたけれど、さすがは宰相様、すぐに気を取り直してくれたようだ。
そんなわけで俺はあと二本ゴーグルを作った。
視力測定をしない分かレンズに度が入っていないからか、三本目まではスムーズに作れたんだが、もう一本作ってみようとしたら即リオン様に止められてしまった。
まだ元気ですよ、と言おうとした途端に膝が笑って、俺は言葉を呑み込んだ。
俺自身よりも俺の体調を分かってるって、どういう事なんだ……?
三本のゴーグルを使って、次はヴァルさん以外にドリュエリオン様とリオン様がゴーグルをかけて実験し、最後にグラ兄と俺がかけて実験する。
ヴァルさんには三度も超絶輝く光球を作ってもらったのだが、ヴァルさんは「このくらいお安いご用です」と何ともなさそうに言っていた。
俺と違ってやせ我慢じゃなさそうなところがすごい……。
しかし、光雨対策に有効なゴーグルを作ることはできたが、一つ問題があるんだよな……。
俺が疲労感を抱えた重たい身体をソファに預けると、いつの間に準備をしていたのか、フラウレイドさんがスッと俺の好きなお茶を出してくれた。
お。クッキーまで添えてある。
能力を使うと脳をフル回転させるのか、どうにも甘い物が欲しくなるんだよな。
俺が「ありがとうございます」と頭を下げると、フラウレイドさんは小さく微笑んで「お疲れ様です」とねぎらってくれた。
このいかにも有能という顔をした、紫がかった黒髪黒目のオールバック敏腕執事……いや、見た目は執事だけど役職は補佐官か。
この人にも、そのうちメガネをかけてほしいなと俺はひそかに思っている。
だって絶っっっっっっっっ対、似合うから。
ちなみに、光球を作り終えたヴァルさんは仕事の途中とのことで既に部屋を出ている。
帰りはやたらのんびりと歩いて帰っていったが、普段はあの速さだという事だろうか……。
ドリュエリオン様は、俺の作ったゴーグルを手にしげしげと眺めながら言った。
「これは素晴らしい。実に画期的な道具だ。今年の流星光雨災害はこれまでよりずっと人的被害を抑えられるだろうな」
「……しかし父上、一つ問題があります」
そう言ったリオン様は、俺と同じ懸念を抱いてくれていたようだ。
「ふむ?」
片眉を上げて息子を見る顔すら知的なドリュエリオン様に、リオン様が答える。
「これをトーチカの手柄とするわけにはいかないのです」
俺に対して以外はちゃんと上の名で呼んでくれるあたり、さすがリオン様だな。
「それは何故だい?」
リオン様は、俺が国に囲われたくないと思っている事、いずれ自分の店を町に構えたいと思っている事をドリュエリオン様に話してくれる。
「トーチカは、私達のようなメガネを必要とするすべての者が、貴賤の別なくメガネを手にする事ができる未来を目指しているのです」
リオン様の言葉は、正しく俺の願いを伝えていた。
ああ……、リオン様はこんなにも俺の事を理解して、俺の気持ちを尊重してくれるんだな……。
そう実感すると、胸がジンと内側から痺れるように熱くなる。
嬉しいもんだな。
そばで支えて、応援してくれる人がいるのって。
……本当に、リオン様って良い人だよな。
「ふむ……。そうは言っても、既に現段階でトーチカ君が城内に与えた影響は計り知れない。その上で、海や森の者達とまで関わっているとなれば……」
難しい顔をするドリュエリオン様に、リオン様はゴーグルを手に、ふわりと微笑んで言った。
「そこで、このゴーグルです。これは今年の流星光雨災害で大きく活躍する事でしょう」
うん……?
首を傾げた俺と違って、ドリュエリオン様はハッと何かに気づいた顔をした。
「トーチカ君、このゴーグルの素材はプラスチックと呼ばれるもので合っているだろうか?」
「プラスチック……の、一種ではあります」
俺が頷くと、すぐさまドリュエリオン様は部屋にいた侍従に声をかけ、侍従が部屋を出る。
なんだ……?
プラスチックか、なんて。
そもそもこの世界にはプラスチックなんて存在しないんじゃないのか……?
ちなみにそのゴーグルに使われているのはプラスチックの仲間ではあるが、正しくはポリカーボネートだ。
ポリカーボネートは、ガラスの二百倍近い耐衝撃性と高い耐熱性に透明性を兼ね備えた、特に強度が求められる製品に使われる高性能プラスチックだな。
一般ではカーポートだとか……特殊用途だと防弾盾にも使われている。
「つまり、こういう事だね」
そう言って、ドリュエリオン様は指を一本立てると、とても楽しそうに目を細めた。
うっ、メガネ越しのイケオジ微笑が美しすぎる……っ!!
「流星光雨災害で間違いなく大きな功績を残すはずのこのゴーグルを、トーチカ君ではなく他の飛来人が製作したものとして、功績と栄誉を丸ごとそちらに譲ろうという事か」
……はー……、なるほどなぁ。
「既に城で暮らしている飛来人にとっては、栄誉が増えて困る事などないわけだからね」
ドリュエリオン様の答えに、リオン様は微笑んで「はい」と答える。
うーん、さすがというか何というか……二人揃って凄いな。
「おー、なるほどなぁー」
俺の後ろから俺とそう変わらない感想が聞こえて、グラ兄への親近感がぐっと増す。
「いやー、グラ兄の頭が悪くて良かったよ」
「ん? なんだ? オレって今、トーチカにバカにされたのか?」
「ううん、俺と同じレベルで安心したって話」
俺が安堵を浮かべてへらっと笑うと、グラ兄は何とも言えない顔をする。
「これは……喜んでいいとこなのか……?」
グラ兄が俺への反応に悩む様を眺めていると、執務室の扉が開く。
そこに現れた飛来人は、俺の知らない誰かではなかった。




