メガネはイケオジによく似合う
ドリュエリオン様の低い声が、優しい響きで尋ねてくる。
こういう柔らかい言葉のかけ方が、リオン様とよく似ていると思う。
「これは、メガネを一時的に外す際に首からかけておけるチェーンです。紛失防止にもなります。それに……」
俺はトレイに並べたチェーンの一本を手に取って、感触を確かめながら続ける。
「ドリュエリオン様に、とても似合うのではと思いまして……」
「そうか、ありがとう」
うっ、ドリュエリオン様のくっきりとしつつも太過ぎないキリッとした眉が下がって、優しく笑った目元に皺が寄ると、イケオジ度がさらに爆上がりするんだが……!?
ウィルトゥーズ公爵家の顔面が、強過ぎる……。
俺は三本のチェーンのうち一本をドリュエリオン様に選んでいただいて、メガネに取り付けた。
フェアでは、メガネ拭きとかメガネチェーンといった小物がよく出るからな。
わざわざフェアに来てくれたお得意さんが、メガネは足りてるが小物だけでもと手に取ってくれる事が多いので、フェア用の段ボールにもそこそこの数を入れていた。
でもって、仕事用メガネとは別にもう一本、仕事時以外で使う用の生活全般で見る力を助ける遠近両用メガネ。
一昔前の遠近両用メガネはレンズ内が二つに区切られたような見た目で『いかにも老眼鏡』って雰囲気に抵抗のある人も多かったんだが、昨今の遠近両用メガネには境目のない累進多焦点レンズ……一般的に累進レンズと呼ばれるレンズが使われていて、一見して普通のメガネに見える。
これは、遠く用の度と近く用の度の間にその中間の度が並んでいるレンズで、昔のような遠くと近くの2種のみが見えるのではなく、遠〜近までが見る位置によって段階的に見えるメガネなんだよな。
ドリュエリオン様の場合はそこそこ度が強いので、遠近とはいえ近くは緩めに、遠くをメインで設定する。
老眼の度が進む前なら遠近両用メガネに慣れればこれ一本で生活できるので、四十歳を過ぎて「手元が見づらくなってきたな……」と思った時には「まあまだ老眼鏡を作るほどではないか」と思わずに、すぐ眼鏡店に相談に来てくれると嬉しいとこなんだよな。
そのためにも早いところ、こっちで眼鏡店を構えたいところだ……。
遠近両用メガネは縦幅のしっかりあるスクエアフレームだ。
累進レンズを快適に使うには、ある程度縦幅がある方がいいからな。
たっぷりのツヤと色気のある、先セルにべっこうの柄が入ったメガネは、なんと言っても高貴で美しい。
たとえ王の隣に立とうと、社交の場で着飾った人々に混じろうと、このメガネが見劣りすることは決してないだろう。
むしろ、ドリュエリオン様のそこはかとない色気を纏った大人の魅力を、存分に引き出してくれる完璧なメガネだと言っても過言ではない。
俺は、二本目のメガネのフィッティングを完了したドリュエリオン様のあまりの仕上がりの良さに、うんうんと大きく頷いた。
ドリュエリオン様は新しいメガネで部屋中を見回して、はにかむように微笑んだ。
「なるほど……、こうも心を配ってもらえるとはね……。いや、思った以上に嬉しいものだな」
俺の隣と後ろでリオン様とグラ兄が同意するように肯首している。
俺からすれば、その人にピッタリ合うメガネを用意するのは、眼鏡屋の店員として当然の仕事なんだが。
「これが私の仕事ですから」
俺が答えると、ドリュエリオン様は茶色がかった金の瞳で瞬いてから微笑んだ。
「本当にありがとう。トーチカ君のおかげで、まだしばらくは書類仕事が続けられそうだよ」
俺は、メガネを着用する上での注意や手入れの方法等を詳しく説明する。
宰相様は一を伝えれば十を理解する勢いで、最後は俺の方が質問を受けまくることになってしまったが、メガネに対して理解を深めてくれるのはとても嬉しいので眼鏡作製技能士の知識をフル動員して精一杯ミスなく答えた。
「リーフェには、引き続き領地の管理を頼むよ」
ドリュエリオン様の言葉にリオン様が「はい父上」と答える。
「辛い時期を任せてしまうな……」
微笑ましい親子の会話に、ふっと暗い影が落ちた。
「……いいえ、それはどこにいても同じことです」
なんだ? 何かあるのか……?
俺がリオン様に視線で尋ねると、リオン様は少しだけ躊躇った後で口を開いた。
「この国には『流星光雨災害』と呼ばれる災害が十年に一度起こる。その日は昼夜を問わず国全体に星が降る、それこそ大量に、ね……」
星が降るって……流星群が降ってくるってことか……?
「それが……今年なんだ。ショウにもいずれ話さなくてはと思っていたんだが……」
そうか、リオン様はそうやって俺の様子をずっと見ていてくれたんだな。
慣れない世界に来てすぐにそんな事言われても、まあ受け止めきれないよな……。
立場上、俺に逃げ出されても困るだろうし。
グラ兄が俺の背をポンポンと励ますように叩いて言う。
「確かに大災害ではあるんだけどな、別に国が滅亡したりするわけじゃねーから、そんな心配すんなよ。その為にオレ達騎士もヴァル達魔導士も準備してんだし、トーチカの事はオレが絶対に守ってやるからな」
あー……。
ようやく今までの色々が繋がった。
サーティラがしばらく忙しいと言っていたのも、戦力を増やせと言ったのも。
グラ兄が、負けを承知でお兄さん達にメガネを作ろうとしたのも。
このためだったのか。
ああ、城で迷った時に出会った少年が読んでいた本も、これに関する物だったんだな。
確か、流星の呪いとか光雨とかって書かれてたよな。
もしかしたら、リオン様が俺に護衛としてグラ兄をつけてくれたのも、この為だったのかもしれない。
……そうか。
そうやって、この国の人達が皆、十年に一度の災害に負けないよう準備を重ねていたのか……。
「……災害の時は、皆避難するんですか?」
俺の質問に、リオン様が答える。
「光雨はとにかくその眩い光が特徴でね。光雨が降り始めると眩し過ぎて外では目を開けていられなくなるんだ。だから、私の領地では地下に領民を集めて防護膜を張って保護し、防護膜の外では騎士と魔導士が防護膜に降る星をなるべく叩き落とすといった具合だ」
ひえええええ……。
なんつー自然災害だよ……。
いや、自然じゃないのか?
呪い……とか書いてあったのは、あの本か……?
「それって、何かの呪いなんですか? それを解いたりはできないんですか?」
いやまあ、できるならもうやってるんだろうなとは、思ったりもするが……。
「……トーチカ君は、どこでそれを……?」
やたらと低い声で俺に尋ねたのはドリュエリオン様だ。
「え……、先日、本に書かれていたのをちょっと目にしたんですが……」
もしかして、一般には知らされてない情報だったのか……?
失言に、背中にひやりと冷たい汗が流れる。
俺がどこで見たどんな本なのかを説明すると、皆は互いに顔を見合わせた。
「確かに殿下がメガネをかけ始めたという件は把握していた。が、まさかトーチカ君自身が偶然本人と遭遇して、相手の名も知らぬままに作っていたとは……」
デンカ……?
今、殿下って言ったのか……?
それってあれだろ、王子様って事だよな……?
え……そんな偉い子だったのか……?
「だが、その日のその時間ならば報告とも辻褄は合う。事実なのだろう」
ふむ、と顎を撫でる仕草ですらドリュエリオン様は渋くてかっこいい。
俺は後ろのグラ兄にそっと尋ねる。
「でもあの子、俺にも敬語使ってきたぞ?」
「ルミリオス殿下はいい子だからな。自分の事全然分かってなさそうな年上のトーチカに気ぃ遣ってくれたんだろ」
え、俺、あんな小さい子に気を遣われてたのか……!?
「あれで顔がああじゃなければ、次期国王間違いなしだったんだけどな」
「なんか問題あんのか? 可愛い感じの整った顔してたけど……」
「目がさ、片方寄ってたろ?」
「ああ、内斜視な」
メガネかけたら治ってたよ、と言おうとした矢先、グラ兄が言った。
「あれがどうもマズイらしい」
「………………は?」
俺を見下ろしていたグラ兄の肩がびくりと揺れた。
……何だそれは。
そんな偏見を、そんな差別を許してたまるかよ。
あんなに頑張って難しそうな本を読んで、国の事考えてたって事だろ?
まだ遊びたい盛りのあんな歳でさ。
人より見えづらい目で、人よりずっと頑張ったから、内に寄ってしまったんだろうに。
それを……。
内斜視だから王様にはなれないだって……?
……そんなことよく言えるよな……?
「ト……、トーチカ……?」
おずおずとかけられたグラ兄の声に、俺は我に返る。
「あ……いや……」
落ち着け落ち着け……。
俺がここで腹を立ててもしょうがないだろ……。
「陛下から聞く限りでは、殿下の目の調子はとても良いようだ。この調子なら、時期に城内の風向きも変わってくるだろう」
僅かに笑みを含んだ声で、ドリュエリオン様が教えてくれる。
俺は、その言葉にホッとしてしまった。
「そう、ですか……。それなら、良かったです……」
知らず肩に籠っていた怒りを、ふぅと息を吐いて抜き切る。
「ふむ……。トーチカ君は不思議な人だね。君にとって殿下はほんの数分を共にした程度の、名も知らない子だろう?」
「……それはそうですが……。私には、彼の視力を通して、彼の目がどれほど無理をしていたのか、彼自身がどれほど努力をしていたのかが分かります」
俺の言葉に、ドリュエリオン様はしばらくの沈黙の後「なるほど」と答えた。
俺は、この機を逃すまいとドリュエリオン様にうったえる。
あの育ち盛りの少年には、顔が大きくなるのに合わせてメガネのサイズを変更する必要があること……、つまり定期的な視力測定とメガネの調整が必要である事を。
ドリュエリオン様は「分かった、定期的に殿下がトーチカ君と会えるよう手配しよう」と答えてくれた。
あーーー、良かった……。
これで一安心だな。
ずっと気になってたんだよな。
慌てて作ったはいいけど、あの子のメガネのメンテをどうすりゃいいかって。
「話を戻そう」
ドリュエリオン様に言われて、俺は頭の中で会話を巻き戻す。
何だっけ? 俺、どこから脱線したんだ……?
「光雨災害は、一般には知らされていないが、君の言うように呪いが発端だった」
ああそっか。呪いの話か。
「だが実は百年も前に、呪い自体は当時の者達の努力で解かれたのだ。それでも、なぜかこの現象だけが残ってしまった」
「……へ……?」
「悔しい事に、現状我々には受け身の対応しか残されていないのだ」
は〜……。
なんつーか、そういうこともあるんだなー。という感想しか出ないな。
そんでも、ただの飛来人である俺の質問に、誠心誠意答えてくれるドリュエリオン様は、やっぱりリオン様の父親なんだなぁという気がする。
「そうなんですね。教えてくださって、ありがとうございます」
頭を下げてから、ふと思う。
光雨災害は、眩しくて目が開けていられないのが困るって、リオン様が言ってたよな?
……それって、サングラスとかゴーグルで対策できるんじゃないのか?




