メガネ越しだろうと、睨まれれば怖い
初めて乗った馬車は、意外とガタゴト激しく揺れた。
俺の斜め向かいに座ったフラウレイドさんは『壊れ物が入っている』と俺が伝えたせいか、箱をずっと膝の上に抱えてくれている。
「あの、俺が持ちますよ」
「お気遣いなく。トーチカ様はゆっくりなさっていてください」
うーん。ものすごくありがたい。
ありがたいんだけど、それは流石に申し訳ないな。
俺が、実はさっきは両手を空けてメガネの位置を直したかったのだと説明するも、フラウレイドさんは「構いません。お屋敷はもうすぐですから」と譲ってくれそうにない。
いかにも真面目そうな、キリッとした眉と目をしているフラウレイドさんは、外見の印象通りの人みたいだ。
「トーチカ様には、これからしばらくウィルトゥーズ公爵家のゲストハウスにご滞在いただきます」
その説明に俺の選択肢はなさそうなので「はい」と頷き返す。
フラウレイドさんは、そんな俺に満足げに頷くと、色々と説明をしてくれた。
俺のような異世界からの飛来者はこの世界では『飛来人』と呼ばれ、各飛来地域の最高責任者が一時的に生活を保障し保護する事になっているらしい。
そのうち国から調査員が来て、俺のことを調べてから、各人の能力や希望に応じた対応を決めるのだそうだ。
「なんか……すごい手厚いんですね……」
俺の言葉に、フラウレイドさんは眉を少しだけ困ったように寄せた。
「飛来人の皆様は、この世界には存在しない特殊な能力をお持ちなのです」
「へぇーすごいですねー。……って俺もなんかできるんですか!?」
「もちろんです」
飛来人の能力は内容も強さも千差万別で、破壊力の高い能力の持ち主が飛来した際には、町や村に大損害が出ることもままあるそうだ。
ひええ、怖いな。
あの衛兵さん達の緊張ぶりからして、そんな予感も少しはあったけど……。
「そのような理由で、紳士的なトーチカ様には大変申し訳ないのですが……」
許可が出るまでは敷地の外には出ないでほしいこと。
能力を試してみる際には必ずフラウレイドさんに声をかけ、一人きりでは行わないこと。
敷地内の庭園や館内施設は案内するし、敷地内でならある程度の自由は保障すること。
俺はフラウレイドさんの提示するルールを、ふむふむとメモ帳に書き留める。
「ウィルトゥーズ公爵は城での御公務がお忙しく、屋敷と領地の管理は現在ウィルトゥーズ公爵のご息子であるリーフェリオン様が行っております」
ふむふむ、公爵の息子のリーフェリオン……様……が代理で最高責任者、と。
「最後に……これは私からの個人的なお願いなのですが……」
うん?
「リーフェリオン様は、その、お優しい方なのですが……、人を睨むように見てしまう癖がございまして……」
なるほど?
つまり、顔が怖いと?
ガン飛ばしてきても、悪気はないから気にしないでって話か?
そういや馬車を見た町の人達も、そんな風な事を言ってたな。
「分かりました。優しい方なんですね」
「はい。本当に……お優しい方なのです……」
どうにも辛そうなフラウレイドさんの様子に、リーフェリオン様とやらはよっぽど顔で怖がられているんだな、と思う。
それならせめて、俺は怖がらないようにしないとな。
これからしばらくタダでご厄介になろうって家の家主に、そんな失礼をするわけにいかない。
――……と、覚悟をして挑んだにもかかわらず、俺は屋敷で出迎えてくれたリーフェリオン様の視線に、思わず肩を揺らしてしまった。
リーフェリオン様は俺より8センチくらい背が高くて、肩幅もあって、でも顔は女性と見紛うほどに柔らかい曲線で構成されていて……。
明るい金髪……プラチナブロンドが顔の両端でまっすぐサラサラと揺れて、左耳の後ろでラベンダー色の細いリボンに束ねられた横髪が、肩から前へと流れている。
服装はいかにも貴族って感じの、紺色ベースに金色の縁取りと刺繍の入った上等な服で、首元のヒラヒラした布の束がまた繊細さをアップさせている。
うん、めちゃくちゃ美人さんだ。
……この、鋭すぎる視線と顰め面さえなければ。多分。
リーフェリオン様のラベンダー色の瞳は、俺を見つけた途端、ギッと音がしそうなほど俺を睨んだ。
俺だって人に睨まれた事くらいあるけどさ、なんつーか、ここまでキツく睨まれると、怖いもんなんだな。
多分、リーフェリオン様の顔がやたら整ってるのも、怖さに拍車をかけてるんだろう。
美人に睨まれるのって、怖い。
なんとも言い表せない、ヒヤリとした迫力がある。
さらには体格も権力もあるこんな人に睨まれたら、そりゃ誰だってビビるよ。
フラウレイドさんが俺とリーフェリオン様の間で紹介をしてくれる。
「リーフェリオン様、本日こちらへ飛来なさったトーチカ様です」
俺は、少しでもその視線から逃れたい気持ちで、慌てて頭を下げた。
「初めまして、遠近です。これからお世話になります」
……。
頭、下げっぱなしじゃダメだよな。
やっぱ上げなきゃだよな……?
俺が仕方なしに恐る恐る顔を上げると、リーフェリオン様はさらにキツく俺を睨んだ。
ヒェッ。
マジでこぇぇぇぇぇっ!!
「私は当主代理を務めるリーフェリオン・ウィルトゥーズだ。短い間ではあるが、貴方が快適に過ごせるよう手配したいと思っている。困ったことがあれば、何でも相談してほしい」
まずはその、なんとも言えない威圧を引っ込めてほしいんですが……。
こんな怖い顔してそんなこと言われても、絶対相談できねーって……。
それでも俺はフラウレイドさんに言われていた『優しい人』だという言葉を胸に、精一杯の営業スマイルで頭を下げた。
「リーフェリオン様、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
ホッとした気配は、隣のフラウレイドさんだけでなく、目の前のリーフェリオン様からも伝わった。
……そうか。この人は自分の顔が怖いことを分かっていて、俺が怖がってしまわないかと、俺のことを心配してくれていたのか。
馬車の中で聞いた『優しい人』だという言葉に、ようやく実感がともなう。
ん? リーフェリオン様は人以外も睨むのか?
フラウレイドさんの持つ俺の段ボールをギロリと睨んで「その荷物は?」と尋ねるその様子に、俺は違和感を感じる。
それから、当主代理のリーフェリオン様は部下に任せる事なく俺を俺の部屋まで案内してくれた。
その間にも、俺の質問に答えたり、フラウレイドさんと会話したりする度に、あちこちを睨みつけている。
……これって、もしかして……。
この人は、睨んでるんじゃなくて……。
ただ、よく見ようとしてるだけなんじゃないか……?




