メガネは君のパートナーだよ
「……え……?」
少年の驚きの声が漏れる。
俺を見上げた少年が、ぎゅっと眉を顰めた。
あ。急に肩を掴まれて嫌だったか。
「急にごめんな。君の目が気になってさ」
俺の言葉に、少年は慌てて俯く。
ああ、これってあれか、自分の内斜視を恥じてるタイプか……。
よくねーな……。
この程度なら、小さい頃からメガネをかけてればすぐ治せるのにな……。
「俺は遠近、飛来人だ。俺の力で君の目を治せるかもしれない。話を聞かせてもらえないかな?」
俺はなるべく優しく、子ども向けの微笑みを浮かべて尋ねる。
「……トーチカ……?」
俺の名前を小さく呟いた少年は、それでも視線をあげそうにない。
俺はしゃがみ込むと、少年の顔を覗き込んで尋ねた。
「君は何歳?」
オレンジがかった明るい金色の髪と、同じような明るい金の瞳。
どちらもこんなに元気いっぱいな色をしているのに、その表情は晴れない。
「わ、わたしは、今年で七つになります……」
七歳か……、間に合うか……?
調節性内斜視の場合、小さい子ならまずメガネだけで治るんだけどな……。
調節性内斜視というのは強い遠視がある子が物を見るときに、過剰なピント調節と眼の内寄せを行う事が原因で起こる内斜視だ。
だが、そうじゃないタイプの内斜視で手術が必要なレベルだと、俺の手には負えないよな……。
「……トーチカさん?」
「ああごめん、この辺で座って話せるとこってあるかな?」
少年の案内で、俺は綺麗な庭に辿り着く。
ん? ここって当初の目的地なんじゃないか?
庭に入って少し行った場所に小さな屋根付きの建物があって、そこに机と椅子が用意されていた。
「案内してくれてありがとう、そこに座ってくれるかな?」
「は、はい……」
俺は少年に椅子に座ってもらうと、視力を測定する。
少年は落ち着かない様子でもじもじと俯いている。
当然だが、遠視が強く出ているな……。
もしかしたら、さっきの少年のしかめ面も、悪気はなかったのかもしれないな。
遠視の矯正だけで斜視が治るといいが……、無理ならプリズム加工がいるか。
プリズム加工は寄っている方の目で見える像を、プリズムレンズで屈折させて正しく見ている方の目と同じ位置が見えるように調整する加工だ。
内斜視の場合は外方向に屈折させるため、耳側のレンズが厚くなる。
これが外斜視だと鼻側が分厚くなるって寸法だ。
「よし、測定できたから、今から君専用のメガネを作るね」
「メガネ……?」
「うん、俺がかけてるこんなやつだよ。君の目を助けてくれる、君だけのパートナーになるんだ」
「わたしだけの、パートナー……?」
「ああ、そうだよ」
俺は答えると、フレーム作製を開始する。
目の前に現れたぽわぽわと輝く光の塊を、俺のイメージで固めてゆく。
この子には、せっかくの可愛い顔の邪魔にならないような透明なプラフレームがいいか。軽くて……衝撃吸収するタイプの……曲げにも強いやつ。
形はオーバルで……遠視が強いからレンズは大きめが良いよな。
視界が広く取れるような、大きめのレンズで……。
耳の先セル部分はシリコンで、優しくフィッテングを助けてくれるように……。
俺のイメージが完全にまとまると、構えた俺の手の中に出来立てほやほやのメガネフレームが生まれた。
「それが……わたしだけのメガネ……」
「ああそうだよ、今レンズを作って入れるから、もう少し待っててね」
俺が子ども向けの口調で優しく告げると、少年は不安よりも期待が大きくなった表情で、キラキラと瞳を輝かせて「はいっ」と答えた。
よしよし、良い顔になってきたな。
思わずその頭をワシワシと撫でると、少年は驚いたように目をまんまるにした。
じわりと嬉しそうに頬を緩め始めた少年の顔を横目に、俺はレンズ作製を開始する。
この少年はまだ小さいから、これから顔が大きくなるにつれてPD(瞳孔間距離)も広がっていくだろうし、定期的な視力測定とメンテナンスが必要だよな……。
測定結果からレンズを作って、レンズ加工で傷防止加工や曇り防止加工をかけつつ、PDの位置がずれないように慎重にフレームの形に切り抜く。
最後に、フレームの内側からレンズに傷が入らないよう気をつけつつ、パチンパチンと嵌め込んで、完成だ。
「出来たよ、かけていいかな?」
「は、はいっ、お願いしますっ」
緊張に身を固くした少年が、ビシッと背筋を伸ばして答える。
俺はあまりの可愛らしさにうっかり笑ってしまわないよう顔を引き締めつつ。
少年にそっとメガネをかけた。
「かけたよ」
目を閉じて待っていた少年がそっと目を開ける。
……まあ、目を閉じる必要はなかったんだけどな。
その瞳がキラキラと輝いて……ヨシッ!!
内斜視が解消されてるぞ!!
俺はガッツポーズを何とか内心だけに留めて、少年に笑いかけた。
「うん。よく似合ってるよ」
「すごい……世界がハッキリ見えます……っっ、素晴らしいですっ!!」
なっ……、俺よりもこんな小さな少年の方が、語彙力がある……だと……!?
俺みたいにすごいすごいと連呼してくれても良かったのに。
少年はすごいの二度目を、俺と違って素晴らしいと言い換えた。
何となく負けたような気持ちを抱えつつも、俺は手早く少年のフィッティングを整える。
なぜかというと、ここでようやく思い出したからだ。
自分が今迷子だったことを。
そして、約束の時間が迫りつつある事を。
「わぁ、文字がこんなに読みやすいなんて……。本が、とても鮮明に見えます」
そう言う少年が嬉しそうに眺めた本は、文字でびっしり埋め尽くされた難しそうなものだった。
文字は言葉と同じでなぜか自動翻訳されているのか、ちゃんと読めるんだけどな。
んーと、流星の呪い……? 光雨ってなんだ……?
なんか目が解読を拒否しそうな文字量だな……。
こんな難しいもんを日頃から読んでる少年と俺とじゃ、そりゃ当然語彙力も違うか。
俺はメガネの手入れ方法や、寝る時とお風呂と洗顔は外してくれといった基本的な事を巻きで説明する。
本当はこういうのは保護者にちゃんと伝えないとなんだけどな。
けど少年は幼いながらも俺の言葉を一字一句を聞き逃すまいといった真剣な表情で聞き取り、うんうんと頷いては「わかりました」と答えてくれたので、ひとまず伝わったことにしよう!
「じゃあ俺はこれでっ! メガネと仲良くしてやってくれなっ!」
「はいっ、あっ、あの、お礼を!!」
「いーっていーって、たいしたことじゃねーから!」
答えながら、俺はとにかく庭園から抜け出して廊下へと出る。
その時、俺の耳に微かに聞き覚えのある声が届いた。
「おーいっ、トーチカどこだーっ」
「グラ兄ーっ! ここだよーっ!」
大声で叫んで手を振ると、かなり遠くで俺を見つけた皆がそれぞれに声をあげた。
***
執務室の大きな扉を、その前を守る騎士が左右から開く。
「父上、お久しぶりです。リーフェリオン他三名、ただいま参りました」
部屋の中まで進んだリーフェリオン様が、丁寧に頭を下げている。
その先には大きく重厚な机と、そこに山積みになった書類の中で、立ち上がる執務服姿の男性…………って、めちゃくちゃイケオジなんだが……?
やっぱりそうか。
そんな気はしていた。
だってリーフェリオン様の実の親なんだもんな。
顔がいいに決まってるじゃないか!!




