メガネの似合いそうなダンディ
リーフェリオン様よりも茶色がかった金髪の男性は、同じような色の瞳で俺達を順に眺めた。
ん? じゃあリーフェリオン様のラベンダー色の瞳は母親譲りって事か……?
そういえばリーフェリオン様の母親の話って、俺まだ一度も聞いたことないな……。
「おや、誰かと思ったよ」
え、なんだ、不仲なのか……?
「手紙で話は聞いていたが、リーフェはまるで幼い頃に戻ったようだね」
そう言って、やたらと整ったイケオジはフッと柔らかく微笑んだ。
良かった。不仲ではなさそうだ。
「はい、全てはトーチカのおかげです」
柔らかいリーフェリオン様の微笑みに、イケオジは目を丸くする。
いや『全て』は範囲が広すぎるだろ。
俺はメガネを作っただけで、あとはリーフェリオン様の屋敷で衣食住をご厄介になりまくってるだけの存在だぞ!?
「君がトーチカ君だね。私はドリュエリオン・ウィルトゥーズ。この国で宰相を務めている」
重職!!!!!
「息子を救ってくれてありがとう。心から感謝する」
俺の前まで進み出たドリュエリオン様が、そっと握手を求めてくる。
俺は、リーフェリオン様によく似た細く長い指のその手を両手で握り返した。
「こちらこそ、お屋敷でもこちらでもリーフェリオン様にはお世話になりっぱなしで、本当にありがとうございます」
ドリュエリオン様は「ふふっ」と笑って、嬉しそうに目を細めた。
うわあ……妖艶……。
何というか、大人の色香が溢れるほどダンディだと、目を細めるだけでこんなに色っぽい空気が醸し出せるのか……?
なんだか、俺には何年経っても辿り着けそうにない場所にいる人だなぁ……。
「トーチカ君のメガネは向こうの世界からかけてきた物なのかい?」
「は、はい……」
「リーフェとグラディのかけているのは、君が作り出したものなんだね?」
「はい」
「聞くところによると、騎士団長と近衛騎士団長も君のメガネに救われたと聞いたが、間違いないかな?」
「はい」
なんか段々尋問でも受けてるような気分になってきたぞ?
「それは素晴らしいね。君さえ良ければ、私にもぜひメガネを作って欲しいのだが、お願いできるだろうか?」
「ぁ、は、はい」
何だろう、歳的には老眼鏡か?
「もう近頃は近くが全然見えなくてね。書類は補佐官に読み上げてもらっていたが、そろそろリーフェにこの座を譲ろうかと思っていたところだ」
えーと……。
それって、リーフェリオン様が宰相になるチャンスということでは……?
俺は思わずリーフェリオン様を振り返る。
リーフェリオン様は、小さく微笑んで首を振った。
気にしなくていいって事か。
「ああ、もちろん私としてもリーフェがこの座に着きたいと言うならいつでも譲るつもりでいるよ。だが息子はまだ独り身でね。私はリーフェ以外に子もいないので、リーフェに妻や子ができて、夫人に領地が任せられるようになるまではと思うところなんだ」
「……申し訳ありません……」
リーフェリオン様が苦しげに謝る。
「いいや、リーフェの顔を見たら安心したよ。その様子なら婚約もすぐだろう。何せ私の息子は顔以外に非の打ちどころのない子だったからね。それが今や美しい顔までもが揃ったのだから、何も案ずる事はない。焦らずとも、すぐに素敵なご令嬢と結ばれるだろう」
にこにこと嬉しそうなドリュエリオン様に対して、リーフェリオン様はどこか痛そうな顔で「はい、尽力致します」と微笑んだ。
俺でもその不自然さに気づくんだから、そりゃ親は当然気づくよな。
ドリュエリオン様は小さく俯いてしまったリーフェリオン様の後ろに立つフラウレイドさんに視線を投げる。
しかしフラウレイドさんは沈鬱な表情で苦々しく首を振り、俺の後ろではグラ兄もドリュエリオン様の視線に小さく肩をすくめて返したようだった。
うん……?
何なんだ……?
ドリュエリオン様はもう一度リーフェリオン様に視線を向けてから、俺を見た。
ああそうか、メガネを作るんだったな。
「ではメガネを作るために、まずは視力を測定させていただきますね」
俺はドリュエリオン様に着席を促す。
ドリュエリオン様は執務机ではなく応接セットへと俺達を案内して、そこへ皆で腰をかけた。
『視力測定』の能力で、ドリュエリオン様の視力を測定する。
うん。老眼……の度が強いな。
これは元々遠視があったところに老眼が加わってきたと見るべきか。
よく見れば、この人の眉間にも深々と皺が刻まれているな。
それを意図的に緩める事ができる器用な人だったというだけで、おそらくこの人も見えにくい目を抱えてここまで書類仕事を続けてきた人なんだろう。
うーん、この人の生活を考えると……。
メガネは2本作る必要がありそうだな。
俺はドリュエリオン様から聞き取りをする。
書類仕事の際に必要な、手元で書類を書いたり読んだりする距離。
これは執務机に戻ってもらって測定した。
そして次に、執務室に来訪者が来た場合、その人を見る距離。
この二つをメガネの上下に入れた中近両用メガネを作る。
このメガネ一本で執務室のこの椅子に座っている間は事足りるだろう。
この人はメガネをかけずに生きてきた時間が長いからな……。
老眼鏡という側面を考えると下げて遠くを見やすいように、アンダーリムにするか。
それとは別に、生活の全般で見る力を助ける遠近両用メガネだな。
これはノーマルなスクエアフレームにするか。
「メガネフレームのお色はブラウンで良いでしょうか?」
「ああ、君に任せるよ、リーフェとグラディもとてもよく似合っているようだからね、君の見立てが良いのだろう」
おおお、嬉しいことを言ってくれるな。
流石はリーフェリオン様のお父さんって感じだ。
俺はあえてマット仕上げにしたシックなブラウンのスクエアなアンダーリムフレーム……上の部分にフレームがないタイプのフレームを生み出す。
続けて、たっぷりのツヤと色気のある、先セルにべっこうの柄が入ったメガネを。
う。二本目のフレームが完成した途端、マラソンでも走った後かのように、体がずしんと重くなったな。
じわりと汗が滲んで、知らず息が上がりだす。
……一気に二本は、欲張り過ぎたか……?
俺は怠さを振り払うように頭を振って、気合を入れ直す。
「トーチカ? 無理はしないでくれ。メガネは今すぐじゃなくていい。そうですよね、父上」
「ああ、もちろんだ。今日は一度戻って休んでくれたらいい」
焦りを浮かべたリーフェリオン様とドリュエリオン様の声から察するに、俺はどうやらはたから見てもまずい顔をしているようだ。
これは……ここらでやめておく方がいいか……。
こんなとこで倒れて迷惑をかけるわけにもいかないしな。
俺は何とか息を整えてから、メガネの完成品を届けに来る日の約束を取り付けて、広い宰相さんの執務室を出た。
あーあ……イケオジのダンディなメガネ姿を拝みたかったのにな……。
明後日までお預けかぁ……。
がっかりした途端に、膝が笑った。
ガクンと膝から崩れかけた俺の腕を、大きな手が引き上げる。
「ぅおい大丈夫かトーチカ、危なっかしいな。もうオレが抱えるぞ、いいな?」
「……ん。ごめん……」
「トーチカなら軽いもんだ」
身長170センチの俺の体はそう軽いもんでもないとは思うんだが、グラ兄は俺をまるで子どものように片腕で軽々と抱き上げてハハハと笑う。
そんな明るいグラ兄の声に、俺は正直ホッとする。
思ったよりもずっと、ヘトヘトだ……。
あー……、ここに来る前にも一本作ってたからな……。
俺は一日二本が限界か。覚えておかないとな。
***
朝焼けの名残が残る空の下。
ふわぁぁぁぁぁぁ。と城門前で大あくびをかましているのはグラ兄だ。
「ったく……なんでこんな早朝だよ……」
「文句言うなよ、リーフェリオン様とヴァルさんの都合が合うのがこの時間だけだったんだから、仕方ねーだろ?」
俺の言葉に、リーフェリオン様が小さく謝罪する。
「……朝早くからで、すまない……」
「ほーーーーら、リーフェリオン様が気にしちゃうだろ!? 全くグラ兄はちょーっとデリカシーが足りねーんだよなぁ」
「ぁあ? 思ったことを溜め込むのは体と心に悪いんだぞ?」
「だからって全部垂れ流しゃいーってもんじゃねーだろ」
俺とグラ兄がやいやい言ってると、城の方からヴァルさんが駆けてきた。
「お、遅くなって、すまな……、す、まない……」
ぜえぜえと肩で息をするヴァルさんの姿を、リーフェリオン様とグラ兄にフラウレイドさんまでが驚きを隠せない顔で見ている。
「ヴァ……ヴァルって、走ること、あったんだな……」
「早足が最高速度なんだと思っていたが……」
そういえば最初のグラ兄の紹介では、極度の面倒臭がりだって言われてたっけ。
フラウレイドさんが持参していた水筒から「お水をどうぞ」とヴァルさんに渡している。
流石気遣いのできる優秀補佐官様だな。
「大丈夫だよ、ゆっくり息を整えて。落ち着いたら行こうか」
俺が言うと、ヴァルさんはホッとした気配を滲ませる。
そうこうしているうちに、フラウレイドさんが馬車の扉を開けた。
海までは、歩いて行くには遠い距離らしく、馬車で行くらしい。
四人乗りの馬車にはヴァルさんという乗客が増えたため、フラウレイドさんは今日は御者と共に御者席に座ると言う。
そんなこんなで15分ほどガタゴト馬車に揺られて着いたのが、この海岸だった。
「わー、広いな。気持ちいいなーっ」
ザザーン、ザザーンと耳慣れた波音が響く。
髪を荒らしていく海風が、何だか懐かしくて気持ちいい。
異世界でも、海は、俺の知った磯の香りに包まれていた。
「こらトーチカ、ひとりで動くなよ。モンスターが出るんだからな!?」
う。そうだった。
やっぱりここは異世界だ。
よく見回すと、海を正面に見て左端の方には海へと出っ張った一角があり、人の姿が大勢見受けられる。
「向こうは港か? にぎわってるなー」
俺の言葉に、落ち着いたリーフェリオン様の声が答える。
「ああ、まだ朝市の最中なのだろう。興味があるなら向かってみるか?」
「いえ俺は海が見たかったので、こっちで十分ですよ。それにこっちは貸し切りですし、嬉しいです!」
広い広い砂浜に浮かれた俺が笑って答えると、リーフェリオン様は小さく息を詰めて口元を覆った。
あ。また俺は浮かれてアホな顔を見せたか。失敗失敗……。
早朝だとむしろ釣り人なんかが沢山いるんじゃないかと思ってたのに、良い天気の広い砂浜には不自然なほどに俺達以外の誰の姿もない。
「でも本当に、何でこんなに人がいないんだ……?」
首を傾げると、今度は横からヴァルさんが答えた。
「この海岸は海の魔物が多く出没するため、腕に覚えのない者が近付く事はまずありません」
「へぇ〜」
「ま、海ん中に入んなきゃ、引きずり込まれるようなこ……――」
グラ兄の言葉が、不自然に途切れる。
一点を凝視しているグラ兄の視線を追った全員が、そちらを見て動きを止めた。




