メガネ越しの真実 <ヴァルミリオ視点>
<ヴァルミリオ視点>
――その人は、ある日突然、何の前触れもなく、僕の前に現れた。
細い金色のメガネをかけたその人は、優しい栗色の髪を揺らして僕に微笑んだ。
「ヴァルミリオ様、良ければお話を聞かせてもらえませんか?」
僕よりずいぶん若そうなその人はふんわりとした雰囲気で、なんだか優しそうに見えた。
僕を担いで強引にこの人の前に連れてきたのは、グラディだ。
グラディウズ家の三兄弟とは、幼い頃からよく城で顔を合わせては遊びに付き合わされている幼馴染のようなものだ。
その点ではリーフェリオンも、その父親が城で働いている事から昔馴染みではあるが、こちらはいつでも礼儀正しいのに比べて、グラディウズ家の三兄弟は無駄に距離が近過ぎて面倒だ。
グラディの紹介によると、この人は飛来人らしい。
城には城下に比べれば飛来人がたくさんいる。
飛来人の元いた世界には魔法がないとかで、僕に魔法について色々と尋ねてくることがあった。
この飛来人にはどんな質問をされるんだろうか。
どうでもいいから早く帰って寝たい。
ただでさえ休憩時間だった僕を、グラディが強引に引っ張り出してきたというのに。
けれど、トーチカという飛来人が口にした問いは魔法についてではなく、僕の見え方についてだった。
彼は、彼の能力で僕の視力というのを測って、僕にピッタリの、僕専用のメガネを作ってくれるのだという。
「やはり乱視ですね……」
そう呟いて、彼は僕の顔をじっと見つめた。
ほんのり茶色がかった黒っぽい瞳が、僕の輪郭や眉を丁寧に観察する。
「そうですね……、ヴァルミリオ様にはそのまっすぐな眉に合わせたスクエアのフレームにしますね。それならレンズが回る心配もありませんし。お色は髪や瞳と喧嘩しないようブラックにしましょうか」
そう言ってトーチカがメガネの向こうから優しく微笑む。
この人は、まだ今日初めて僕と会ったばかりだというのに、そんなに色々と僕の事を考えた上で、今から僕のためのメガネを作ってくれるというのか……?
……この人の狙いは何だ?
何のために、僕にメガネを作ろうとしている?
彼は僕に恩を売り、僕の力を利用したいのだろうか。
それとも、僕の地位を利用して……、いや、そんな邪な考えを持った者を、リーフェリオンやグラディがわざわざ僕に引き合わせるとは考えにくい。
顔を上げて周りを見れば、確かにリーフェリオンの顔だけでなくグラディの顔にもメガネと呼ばれるものがくっついている。
そのメガネとやらで彼らを操れるというならまた違う話にもなるが、見る限りは二人の言動に不審な点はないし、リーフェリオンといつも共にいる補佐官はメガネをかけていない。
では、彼は一体何のために、僕にその能力を使おうというのか……。
二人は僕の視線に気づくと、それぞれが誇らしげな顔でメガネとやらに触れた。
リーフェリオンは、まるでなくてはならないパートナーのように、メガネを大切そうに両手でそっと上げ直し、グラディは頼れる相棒のように、片手でぐいとメガネを持ち上げる。
なるほど、二人ともずいぶんとそのメガネが気に入っているようだ。
視線を戻せば、トーチカはとても真剣な表情で、精神を一点に集中させて僕のためのメガネを生み出していた。
作製の能力持ちか……。
その上でここに呼ばれたということは、彼も今後は城で過ごすのだろうか。
作製の能力はレアな力だが、扱いも難しく使用者への負担も大きいはずだ。
そんな能力を僕に使って、彼は一体何を要求するつもりなのか。
彼はフレームという物を作った後で、レンズという物を生み出し、さらには別の能力でそれを加工し、最後には彼自身の手作業でそれらをひとつのメガネにした。
……ということは、彼は4つもの能力を扱うことができるのか。
2つでも珍しいというのに、4つもの能力を持つ飛来人だなんて、聞いたことがない。
まさか彼は虹色の飛来人なのだろうか?
しかしここ最近は虹色どころか金色の飛来人の話も耳にしていないが……。
そういえば、先月の終わりに銀色がリーフェリオンの領地に飛来したという話なら聞いたな。
普段領地を離れないリーフェリオンが共にいるという事は、このトーチカは……銀色なのか……?
「お待たせしましたっ」
弾むような明るい声に顔をあげれば、僕の目の前にはメガネが差し出されていた。
「早くかけてみろよ」
グラディに急かされて、僕は警戒しつつも、それをそっと耳にかけてみる。
メガネは『かける』ものなのだな。
無色透明のレンズとやらを通した世界は、今までぐちゃぐちゃに散らかっていた全てが、くっきりと整頓されていた。
「……!?」
思わず外して、今までの景色と見比べる。
途端に、片手で外してはいけないとか、両手でこう持ってこうかけた方がいいとか、なぜかリーフェリオンが僕に注意してくる。
僕はもう一度、慎重にメガネをかける。
いくつもの物がゴチャゴチャと溢れ返っていた僕の世界は、くっきりと、ひとつだけの真実の姿を僕に見せた。
「……なんだ、これ……」
「熱にも水にも強いフレームとレンズ加工にしましたので、大魔法にも耐えると良いんですが……、もし変形してしまって見え方が変わったりした時には、すぐお知らせくださいね。すぐに調整しますから」
そう言って微笑むトーチカも、くっきりと見える。
それがじわりと滲んで、ぼやけた。
熱いものが目の前に溜まって、留まりきれずに頬を伝う。
「涙はレンズに悪いらしいぜ」
そう言って僕のメガネを勝手に外したのはグラディだ。
「……返せ」
「ヴァルが泣き止んだらな」
僕が……?
僕は、泣いているのか……?
「ヴァルミリオ様、こちらをお使いください」
リーフェリオンがそっと差し出したのは綺麗なハンカチだった。
「……借りる」
畳まれたハンカチを少し広げて、いまだに熱い物がどんどん溢れてくる両目をギュッと押さえる。
眼裏には、さっき見た風景がまだ焼き付いていた。
いつだって、僕の世界は曖昧だった。
ブレてボヤけて、文字も景色もいくつも見えたし、月だってたくさんあった。
なのに、さっき見た世界は何ひとつブレたりズレたりしていなかった。
メガネの向こうには、くっきりした世界が、どこまでも広がっていた。
僕が知らなかっただけで、今まで他の奴らには、世界はこんな風に見えていたのか。
そう気づいた途端、僕の足元がガラガラと崩れてゆく気がした。
ああ、そうだったのか。
世界は本当はこんな姿をしていて、それが見えていなかったのは僕だけで……。
たどり着いた真実が、僕のこれまでを嘲笑う。
胸が張り裂けそうなほど痛い。
僕だって、最初からこんな風に見えていたなら、的だって外さないさ。
……でも、そうじゃなかったから。
だから、これまで……僕がどれほどの努力をして……。
メガネ越しに見えた世界の本当の姿は、あまりにも残酷で…………。
僕は、悔しくてたまらなかった。




