メガネをサンプルだなんて呼ぶんじゃない
フラウレイドさんが受付の人と言葉を交わすと、俺達はすぐに奥の部屋へと案内された。
必要最低限のソファとテーブルだけの応接室は、凝ったつくりの調度品であるにもかかわらず、何だか殺風景に思えた。
そういえばリーフェリオン様の屋敷ではどの部屋も掃除が行き届いているだけでなく、飾られた花や花瓶に至るまでの全てに、人をもてなそうという気配があったなぁ。なんて思い返す。
それはきっと、屋敷を任されていたリーフェリオン様自身が、屋敷の隅まで細かく気を配って、使用人達の事も大切にしているからなんだろうな……。
まあ、若干気を配り過ぎている気もするが。
特に俺には恩を返したいっていう思いが強いようだしなぁ。
そんなに頑張り過ぎなくていいのにな。
リーフェリオン様はその目と同じで、どうも限界まで頑張り続けてしまう性分のようだ。
そんな事をぼんやり考えているうちに、サーティラがやってきた。
先日も見た執務官の制服っぽい服の上から、今日は白衣を羽織っている。
冷たい印象の鋭い顔つきに、白衣がやたら似合ってるな……。
「来たか、堅苦しい挨拶は抜きでいい。まあ座れ」
サーティラの姿にリーフェリオン様が立ち上がって挨拶を始めたのを手で制して、サーティラは向かいのソファにドカッと腰をおろした。
銀色の長い髪が一瞬遅れてソファに散る。
相変わらず態度が悪いなこの人は。
せっかくリーフェリオン様が挨拶してるってのに、もっとありがたく聞けよ。
俺の怒りに気づいたのか、リーフェリオン様が小声で「大丈夫だ」と俺に囁く。
なんでこの人に気を遣わせてんだよ。
すぐ来れるくせに人を呼び出しておいて、俺の腰と尻は大迷惑だったんだぞ? もうちょいお前が気を遣えよ、サーティラ。
「早速本題に入るが、お前の作ったメガネをかけてから王立騎士団長と近衛騎士団長のどちらもが戦力をぐんと伸ばしている。お前のメガネにはそういった効果があるのか?」
……ん?
王立騎士団長と、近衛騎士団長……?
ってそれぞれのトップって事か?
そんな偉い人に俺メガネなんて作ってな………………。
あ。
それって、もしかして、もしかしなくても、グラ兄のお兄さん達の事か!!!
俺が半眼で斜め後ろを見上げると、グラ兄は俺のソファの後ろで直立不動のままヒクリと頬を引き攣らせた。
「いえ、それは単にお二人がよく見えるようになった為で、メガネ自体にそんな効果があるわけでは……」
俺の言葉が終わるよりも早く、サーティラは俺に鑑定をかけて俺のかけているメガネの効果を確認したようだ。
サーティラの金色の瞳が冷たく俺を見下ろす。
「ふん。ますます不可解だな。何か隠しているのではないか? 能力を隠すのはお前の為にならんぞ……?」
ピリッとした気配は、俺の後ろから漂った。
グラ兄落ち着いて落ち着いて。
こんくらいの事で腹を立てないでくれよ。
その点リーフェリオン様は流石に落ち着いていて、薄い微笑みを絶やしていない。
……まあ、こちらも目は笑っていないけどな……。
「研究のためサンプルとしてメガネを貸し出すよう二人にも要請したのだが、なぜかどちらもが頑なに拒否してくるのだ。……もし、お前がそう仕向けたのなら、これは大きな問題だぞ……?」
なんかいちいち脅してくるなこの人。
「私は何も言っておりませんが、あのお二人にはそれぞれにあのメガネが必要なのです。少しの間でも、外したくないと思う気持ちはわかります」
俺の言葉に、サーティラは納得できない様子で鼻を鳴らす。
「フン、まあいい。仕方がないのでお前を呼び出した。サンプルとしてメガネを五個。可能なら十個作り私に納品しろ。報酬はそこの補佐官と相談するように。期間の定めはないが、早いほど望ましい。以上だ」
……は?
俺の生み出すメガネを、誰の為でもなく、サンプルに……だって……?
俺の返事も待たずにサーティラは立ち上がって背を向ける。
俺は思わず立ち上がりその背に叫んでいた。
「それは出来ません!」
「……何だと……?」
振り返ったサーティラは俺を金色の瞳で鋭く睨みつけてきたが、このくらいリーフェリオン様の眼光に比べたら何でもない。
俺は怯まずその目を見つめ返す。
「お前は既に四個のメガネを作っているのだろう。今更五個が作れないというのか? 私は期限もないと言っているのだぞ……?」
正確には、俺は既にリーフェリオン様のお屋敷の人にもメガネを三本作ってるので全部で七本だけどな。
「数の話ではありません。私の作るメガネはどれも、メガネを必要とする人の為に、その人にピッタリと合うその人専用の物です。私の能力では、誰の為でもないメガネを作る事は出来ません」
そりゃまあ、受付用の汎用老眼鏡セットみたいな既製品も作ろうと思えば作れるんだろうけどさ。
それは、そういう目的があって作られるもんだろ?
そうでもないのに、こんな風に何でも良いからメガネを作れなんて言われて。
サンプルにされるだけでパートナーのいない、そんな不幸なメガネを俺が生み出すわけないだろ!?
俺の言葉に、サーティラは眉を顰めてため息を吐いた。
「……なるほど、汎用性のない限定的な能力であると。はぁ……。銀では所詮その程度か」
ギリッと聞こえた音は、グラ兄が奥歯を噛み締めた音だろうか。
俺は思わず内心で苦笑する。
そんな悔しがってくれなくて良いのにな。
俺は全然気にしてねーのに。
半分背を向けていたサーティラが、俺へと向き直る。勢いよく振られた頭に、長い銀糸のような髪がサラサラと靡く様は悔しいがとても綺麗だ。
「では指示を訂正しよう。城に勤める者のうちメガネを必要とする者五名以上にメガネを作れ。対象者の選別はお前に任せるが、騎士団か魔導士団といった戦力増強が見込める者が望ましい。それならできるな?」
……へえ。意外と柔軟なんだな?
その条件なら、俺に断る理由はない。
「はい、承りました」
俺の返事に「よし」と頷いたサーティラが、リーフェリオン様に向き直る。
「ウィルトゥーズ公爵子息には面倒をかけるが、引き続き保護監督を頼めるだろうか?」
「かしこまりました。お任せください」
「頼んだ。移動費等は補佐官より補填金を受け取ってくれ。では失礼」
サーティラは今度こそ振り返る事なく部屋を出た。
バタンと扉が閉まると、ホッとした拍子に膝の力が抜けて、俺はソファーに座り直す。
「トーチカ、大丈夫か?」
俺をいつでも労わってくれる優しい声は、リーフェリオン様だ。
「まあ、何とかなった……と、思っていいんでしょうか」
正直俺も、この対応で良かったのかどうか分からない。
何もかも出来ないと答えてしまう方が早く見限ってもらえたのかもしれないけど、俺は城の五人以上にメガネを作ると約束してしまった。
俺が首を傾げると、リーフェリオン様はラベンダー色の瞳を優しく細めて、美しいシルバーフレームのメガネの向こう側で微笑んだ。
「ああ、とてもトーチカらしい答えだったよ」
「しっかし、あのサーティラに一歩も引かねーってすげーよな。あの人怒らせたら世界の果てまで飛ばされるって、騎士の中でもビビってる奴多いのにな」
「いや待って、俺そんなの初めて聞いたけど?」
世界の果てって何それ怖い。
「だってサーティラって転移魔法が得意だろ? 既に今まであの人の逆鱗に触れてこの国から消えたって言われてる奴が何人もいるんだぜ……?」
あの転移魔法って自分以外にも使えるんだ?
っていうか物理的に消されるの怖いな……。
いや比喩でも十分怖いけどさ。
そんな俺達に、クスクス笑いながら「まことしやかに囁かれているようですが、ただの噂ですよ」と声をかけてきたのは応接セットのサーティラ側に控えていた補佐官さんだ。
俺達の、領地からここへの往復の移動費と、ここでの滞在費やそれに伴う諸費用は飛来人研究棟が補填してくれるらしい。
「確かにあの方は態度がよろしくないので誤解されがちですが、この国の事を誰よりも大切に思ってらっしゃるんです」
態度を改めるよう何度進言してもダメなのだと言う補佐官さんは、どうにも困ったという顔で苦笑していた。
うーん……。
「もし補佐官さんの言う事が全部事実なんだとしても、俺はやっぱり、人に敬意を払えない人って、どうも好きにはなれないな」
帰りの廊下で俺がポツリとこぼした呟きに、リーフェリオン様とグラ兄にフラウレイドさんまでもが「そうだな」「だよなー」「そうですね」と同意した。
***
サーティラの補佐官さんの手配で遅めの昼食を終えて、俺は、楽しみにしていた魔法を見学しに魔法修練場に来ている。
そこはすり鉢状の建物の周囲に観客席が設けられていて、現代風に言うなら正にアリーナだ。
アリーナ席にあたる部分にはいくつもの小さなステージが並んでいて、そのひとつひとつで小さな試合が繰り広げられている。
「うわぁ、すげーな、魔法使いってこんなにいるのか……」
「魔法使いか、トーチカの世界ではそう呼ぶんだな。ここでは彼らは魔導士と呼ばれている」
リーフェリオン様の解説に、俺は「魔導士……」とその言葉を繰り返す。
「つかオレも簡単な魔法なら使えっけど?」
「え!?」
グラ兄も魔法が使えたのか!?
「私も人並みには扱えるが、トーチカの望む程ではないだろうな」
「ぇえ!?」
リーフェリオン様まで!?
「オレが兄貴達と戦ってたの見てただろ? 瞬間的に速度上げるやつとか、ダメージ喰らうときに衝撃抑えるやつとか、ああいうの全部魔法な」
「……あ。……あー……そういう事だったのか……」
それで、あんな非現実的な速度が出てたって事か……。
「だが、トーチカが見たいのは大魔法なんだろう?」
リーフェリオン様が優しく微笑んで尋ねる。
「え? えーと……」
大魔法……確かに一度は見てみたいと思うけど……。
「遠慮すんなって、オレがヴァルに頼んでやっからさ」
「私も行こうか」
「オレだけで無理だったら頼むな」
「分かった」
いやいや、そんな、大魔法見せてなんて気軽に言っていいものなのか……?
まずそこからが分からないんだが……?
グラ兄が観客席から柵に手をかけたかと思った途端、ヒラリと飛び降りる。
ヒョイヒョイと飛び降りていくその速さは風のようで、あれも魔法なのかーと思いながら背中に靡く鮮やかな緑の髪を見送る。
しばらくして、グラ兄と共にアリーナの中央に姿を見せたのは濃い青紫色の髪を高い位置でひとつに括ったポニーテールの青年だった。
凛とした佇まいに羽織のような服が何だか和服のようにも見えるな。
髪型も相まってか、まるで侍のような和の落ち着いた雰囲気を感じさせる人だ。
「トーチカー、見てろよーっ!」
遥か遠くからグラ兄が俺に向かって大声で叫んで手を振る。
俺が手を振り返すと、青紫髪の青年は俺に向けて手を翳した。
えっ、こっちに向かって!?




