メガネに関わる呼び出し
「悪ぃなトーチカ。一度ならず二度までも、オレのせいでサーティラに目ぇつけられたな……」
苦々しいグラ兄の言葉に、俺は回想から夕食の席に意識を戻す。
「城でもオレはトーチカの護衛としてずっとそばにいるからな。サーティラがなんか言ってきたらオレが突っぱねてやるから」
グラ兄は俺を心配そうに覗き込んで言った。
そこにリーフェリオン様が困ったような顔で注意をする。
「あまり露骨に反抗的な態度を取っては、後々トーチカが不利になるだろう」
リーフェリオン様はグラ兄から俺に視線を移すと、ラベンダー色の瞳で気遣うように微笑む。
「トーチカ、私も共に城に向かうので安心してほしい。貴方の保護官は私だからね。……ああ、トーチカが成人していて保護を必要としないのは分かっているんだが、一時的な立場上……」
相変わらず細かい事を気にしては胸を痛めている様子のリーフェリオン様に、俺は苦笑を返して答える。
「分かってますよ、そこは気にしてませんから。リーフェリオン様が来てくださるなら心強いです。でも領地のお仕事は大丈夫ですか?」
「私の判断が必要な書類は順次届けてもらうことにするよ。旅先でもいくらか仕事をしてしまう事になるが、すまないな」
謝らなくてもいいのに。
というか無理してついてきてくれなくても、グラ兄がいてくれれば安全面的には大丈夫な気もするけどな。
サーティラに対しては……、リーフェリオン様が隣にいてくれる方が心強くはあるが……。
「それに、私も久々に城にいる父に会いたいと思っていたんだ。だから良い機会だよ、トーチカが気に病むことはない」
ああ、そういやリーフェリオン様の父親は城勤めでなかなか領地に戻ってこないって言ってたな。
というか、俺はそんなに申し訳なさそうな顔をしていただろうか。
リーフェリオン様はよく見えるようになった目で俺の様子を細かく見てくれているんだな……。
くすぐったいような嬉しいような、でも顔に出ていたなんて大人気なくて恥ずかしいような、そんな複雑な気持ちで俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
***
三度の休憩を挟みつつも、五時間ほどガタゴトと馬車に揺られて城が見えてきた。
……が、その頃には、俺の腰と尻は限界を迎えていた……。
「ぅぅ……」
馬車には、俺とリーフェリオン様とフラウレイドさんとグラ兄が乗っていたが、グラ兄は爆睡してたし、リーフェリオン様なんてこの揺れの中で書類を読んでいたんだからすごいよな。
「トーチカ、大丈夫か……?」
心配そうに俺を見つめるリーフェリオン様のメガネが下がっている。
この揺れの中で俯いて書類を読んでたんだから当然か。
輝くようなプラチナブロンドが彩る中で、少し下がった繊細なシルバーフレームのメガネ越しに俺を見つめるラベンダーの瞳は最高に美しい。
とはいえメガネは正しい位置にかけていてほしい。
「リーフェリオン様、メガネがズレてます……」
「ああ、すまない」
謝らなくてもいいんだけどな。
そう思う間に、リーフェリオン様は慣れた仕草でメガネを元の位置に上げる。
リーフェリオン様にとって俺の作ったメガネは、もう顔の一部になったんだな……。
綺麗な顔によく馴染んだシルバーフレームに、俺は思わず微笑む。
「……?」
不思議そうにリーフェリオン様が小首を傾げる。
そんな仕草にも、キラリと銀色のフレームが輝きを返す。
「いえ、メガネがよくお似合いだなと思って……」
俺が笑みを深めると、リーフェリオン様が小さく息を呑んだ。
書類をパッと顔の前に上げてしまったので、それきり顔は見えなくなってしまう。
何だろう、恥ずかしかったんだろうか……?
「ほら、オレんとこ来いよ。いくらかマシになんだろ」
言ったグラ兄が俺を横からヒョイと抱え上げる。
「うわ」
いや、俺は身長170センチの男子で、そんなヒョイと持ち上がるモンじゃねーはずなんだが……。
「グラディレオ様、許可のない接触はおやめください」
毎度お馴染みの注意をしたのはフラウレイドさんだ。
「こんくらいいーだろ」
と、勝手に決めているのはグラ兄だ。
どうやらグラ兄は、俺なら嫌な事はちゃんと拒否できると判断しているようだ。
まあ実際そうだな。
「グラ兄の脚とかムキムキで座席より硬いんじゃねーの?」
「オレが振動を殺してやっから。城までもうちょいかかるだろ。このまま抱かれとけって」
確かにグラ兄は俺を膝におろす事なく、両腕で宙に抱き上げたままだ。
腰と尻に刺さっていた揺れも、グラ兄の腕越しに伝わるのはずいぶんと軽い。
へぇ、グラ兄がサスペンションがわりになってくれるのか?
「んー、じゃあお言葉に甘えて」
俺の答えに、グラ兄は鮮やかな緑色の髪を揺らしてニカッと笑う。
「おう、任せとけ」
「俺重くねーの?」
「軽いもんだ」
「ほんとすげーな、グラ兄は」
「ハハハ、もっと言ってくれ」
「いやそこは謙遜した方がスマートだろ」
「オレは素直なとこが良いとこなんだよ」
「自分で言う!?」
ミシッと紙の潰れるような小さな音がして視線を向けると、リーフェリオン様の手にしていた書類の束の端が握り潰されていた。
確かに馬車はガタガタ揺れてるからしっかり握っとかないと落としそうではあるが、しっかり者のリーフェリオン様でも力加減をミスることってあるんだな。
***
城は俺が思っていた以上に城だった。
というかそもそも、俺の思っていた城ってのが間違いだったんだよな。
城と言われて、うっかり某テーマパークの城みたいなものをぼんやり想像してしまっていたが、あれはあくまでテーマパーク内のシンボルマーク的な建物に過ぎなかったんだよ。
実際に想像するべきだったのは、日本の城の跡地というか、遺跡というかそういう……。
つまり、敷地がだだっ広い。
建物もだだっ広いし、数も1棟2棟じゃ済まない数が建ち並んでいる。
リーフェリオン様達は、これらを全部ひっくるめて城って呼んでたんだな。
馬車は城門をくぐって、城の中までガタゴトと入って行った。
城の内部だけで厩舎も三つあるらしい。
それぞれ用途が違うらしいけど、とにかく城ではすごい数の人が働いているんだなって事は分かった。
俺達は、城壁の中にいくつも建つ建物の中の一つの前で馬車を降りた。
俺を抱えたまま器用に体を捻って馬車を降りたグラ兄が「ほいよ」と俺を地面に降ろしてくれる。
ポンと放り投げそうな声音に反して、俺はそうっと慎重に地面におろされた。
「歩けそうか?」
「おかげさまで」
「そりゃ良かった」
「ありがとうグラ兄、ほんと助かったよ」
「お安いご用だ」
俺が感謝を込めて微笑むと、グラ兄もいつもの人懐こい笑顔でニカッと笑う。
うん。
緑の髪と瞳に、紺色の太めフレームがクッキリ映えて最高にかっこいい。
俺が自分の作ったメガネの出来に満足気に頷いた時、ズズズズンっと連続して地面が揺れた。
「な、なんだ!?」
慌てて辺りを見回す俺に、リーフェリオン様が落ち着いた声で応える。
「心配いらないよ。この飛来人研究棟の向かいは魔法の修練場なんだ」
リーフェリオン様が美しい所作で示した方を見れば、コロッセオのような円形の建物の中央からは、よく見ればゆらゆらと熱気のようなものが上がっている。
それに土煙のようなものもうっすらと見えるな……。
「大方あそこで大魔法が使われたんだろう。結界が幾重にも張ってあるので音や魔法は漏れないんだが、このように振動は伝わってしまうね。驚かせてしまったようですまない」
いや、リーフェリオン様が謝る点はカケラもなかったと思うが……。
真面目なリーフェリオン様は、自分の事前説明不足だとでも思ったんだろうか。
「そうなんですね、教えてくれてありがとうございます」
ニコッと笑って返すと、リーフェリオン様のラベンダーの瞳がホッと緩む。
しかし、こんな振動がここまで伝わってくる魔法……、リーフェリオン様は大魔法って言ったよな。
やっぱりあるんだなぁ。この世界には魔法が……。
俺は皆が飛来人研究棟に向かう中で、ついついコロッセオ状の魔法修練場とやらを名残惜しく眺めてしまう。
「どーした、トーチカ? 行かねーのか?」
グラ兄の声に、俺は苦笑して答えた。
「ああごめん。魔法ってさ……ちょっと見せてもらったりできないかなって思って……」
「なんだ、トーチカ魔法が見たいのか? んじゃ後で向こう見に行ってみるか?」
「いいのか!?」
思わず破顔した俺を、グラ兄が驚いたような顔で見つめる。
それから、ハッと我に返ったようにして、口元を手で覆い隠した。
「お、おう。トーチカが見たいんなら、魔法くらいいくらでも見せてやるよ」
「やった!」
あ、でも俺達だけで勝手に決めちゃダメだよな。
一応リーフェリオン様に許可をもらっとこう。
「リーフェリオン様、魔法を見せてもらっても構いませんか?」
リーフェリオン様の方を見れば、なぜかリーフェリオン様は真っ赤な顔をしていた。
……なんでだ?
暑い……って程の気温じゃないし、……熱でもあるとか……?
首を傾げた俺に、リーフェリオン様はこちらもハッと我に返ったようにしてから「構わない。私も同行しよう」と答えてくれた。
そんなリーフェリオン様の肩に、グラ兄がノシっと腕を回す。
「いやぁ、分かるぞリーフェ。今の笑顔は無邪気過ぎたな」
「な、な、な、何を……っ!?」
「すーげぇ可愛かったもんな。そりゃ赤くもなるって。お前、その顔のせいであんま他人から笑顔向けられる事なかったしなぁ」
「よ、余計な同情は不要だっ」
「アハハ、リーフェも可愛いなっ」
つまり、人から笑顔を向けられ慣れていないリーフェリオン様は、魔法が見られると知って大喜びしてしまった単純な俺のせいで顔を赤くしてしまったのか。
……それは申し訳ないな。
これからはリーフェリオン様の前では、あんまりアホみたいにホイホイ笑わないようにしないとな。
俺が気を引き締めている間に、ひとり冷静なフラウレイドさんが研究棟の扉を開けてこちらを振り返っている。
俺達は約束の時間が迫っていることに気づいて、足を早めた。




