メガネはアスリートにも似合う
その日の夜、夕食の席に現れたリーフェリオン様は、俺を見るなり謝罪した。
「トーチカ、すまない。サーティラ様からトーチカに登城の要請があった。急で申し訳ないのだが、明日の朝から馬車で城に向かってもらえるだろうか……」
とても申し訳なさそうな様子のリーフェリオン様に、俺はなるべく優しく返す。
「分かりました。でもこんなのはリーフェリオン様が謝る事じゃないですよ」
急に要求してきたのは向こうなんだろ?
リーフェリオン様はそれに合わせて馬車を出したりと負担を強いられる側じゃないか。
だから、そんなに苦しそうにしないでくれよ。
「出発は何時ですか?」
俺の質問に、フラウレイドさんが簡単な行程表を見せて説明してくれる。
思ったより朝早いな……ああ、城まで馬車で五時間かかるんだったか。
「うーわ……、それってオレのせいなんじゃねーの?」
俺の向かいに座るグラ兄が、引き攣った顔で言った。
俺とリーフェリオン様の二人きりだった食卓には、俺の頼みで一昨日からグラ兄も同席していた。
なんというか、このやたら広い部屋のやたら広いテーブルで、食べるのが二人だけってのが寂しくてさ。
でもフラウレイドさん含め使用人の人達はリーフェリオン様と同じテーブルにはつけないらしくて……。
その点グラ兄は、俺の護衛としてリーフェリオン様に雇われている立場ではあるものの、元々家格はウィルトゥーズ公爵とそう変わらないところの三男らしい。
リーフェリオン様とも幼い頃からよく遊んでいた間柄ということで、リーフェリオン様の友人枠でテーブルを一緒に囲んでもらえる事になった。
「えっマジで!? それって、朝昼晩とリーフェに飯奢ってもらえるってことか!? ラッキー! オレここの味好きなんだよなー」
俺が食事に誘ったグラ兄はそう言って喜んでいたな。
リーフェリオン様はラベンダー色の瞳を半分にして「トーチカがそう望んでいるからな」って言ってたけど……。
俺が「余計な出費を増やしてすみません」と謝ると、リーフェリオン様は優しく微笑んで言った。
「トーチカから受けた恩に比べたら、このくらい安いものだ」
うーん……、メガネを喜んでくれるのは嬉しいんだけど、そこまで恩に着てくれなくていいんだけどな……。
ほんの僅かな回想から戻った俺の前では、少し眉を寄せたグラ兄が肘をついてフォークを振って言う。
「やっぱさあ、兄貴達のメガネがサーティラの目に止まったんじゃねーか?」
リーフェリオン様は、グラ兄の態度を「行儀が悪いぞ」と嗜めつつ「その可能性は高いな……」と同意した。
王城で働いているというグラ兄のお兄さん達がリーフェリオン様の屋敷に来たのは三日前だったな……、と俺は三日前の事を思い返す。
手紙には昼過ぎに来ると書かれていたのに、三男であるグラ兄の兄、長男と次男の二人が屋敷に着いたのはまだ午前中だった。
二階の自室にいた俺を、同じ部屋の窓から外を眺めていたグラ兄が振り返って言った。
「お、兄貴達が来たぞ。出迎えに行くか」
「え、もう? 予定より随分早くないか?」
「ハハッ、おおかた待ちきれなくて走ってきたんだろうよ」
紺色のメガネと一緒に爽やかに笑うグラ兄は、インテリなアスリートという雰囲気だ。
しかし、馬車じゃなく走ってきたと聞いて、ああ間違いなくグラ兄のお兄さん達だな、と俺は納得した。
グラ兄も随分でかいと思ってたのに、お兄さん達は更に身体がでかかった。
しかもムッキムキのバッキバキ。
そんな人達が二人揃ってぜーぜー肩で息をしながら、目をギラギラさせて大股で近づいてきたら、事前に話を聞いてたって流石に怖い。
俺は思わずグラ兄の後ろに隠れた。
「兄貴達、人の屋敷の前で騒ぐなよ、迷惑だろ」
「だってこいつが段々速度上げてくからよぉ、負けてらんねぇだろ!?」
「メガネってのを作ってもらえりゃ強くなれるんだろ? トロトロ走ってられっかよ!」
「それそれ! そしたら真っ先にお前を返り討ちにしてやっからな!?」
「んで、メガネってのを作れる奴はどこにいるんだ!?」
「だーから、一旦落ち着けって、トーチカが怖がるだろ。そんなんじゃメガネ作ってもらえねーぞ?」
「ぁあ!? そりゃマズイな」
「お前の声がでかいんだよ」
「それはお前だろ」
「はぁ!?」
「やんのかコラ」
「……もうオレ、トーチカと部屋に戻っていいか?」
「ん? いるのか? ここに?」
「メガネってのを作るっつー飛来人が?」
「居ただろさっきここに。あー、遠くて見えてなかったか? 今はオレの後ろに隠れてるよ。兄貴達が粗暴だから怖がってんだよ」
「はぁ!?」
「どこだよ、おい、見せろって」
覗き込もうとするお兄さん達から、グラ兄はひょいひょいと身を挺して俺を隠す。
「嫌だよ。オレはトーチカの護衛なんだぞ? 自主的にオレの後ろに隠れた護衛対象をこんな態度の悪い奴らに渡せるもんか」
「ぐっ……」
「それは、確かにな……」
ようやくお兄さん達も頭が冷えたのか、二人そろって深呼吸をするような音が……。
いや、どんだけ肺活量あるんだよってくらい長いな。
……まあ何て言うか、グラ兄もこないだは大興奮してノックもせずに俺の部屋に乗り込んできたからな。
兄弟三人、よく似てると思うよ。
「トーチカは初対面のリーフェとも向き合って話しができる奴だ。兄貴達がちゃんと騎士らしく礼節を持って振舞えば、すぐ出てきてくれるって」
「ほう、あのリーフェリオンと……」
「それはなかなか豪胆な飛来人だな」
居住まいを正したお兄さん達は、さっきとは別人みたいに落ち着いた口調で自己紹介をしてくれた。
「驚かせてすまなかった。改めて挨拶をさせてくれ。私は王立騎士団のハウンディ・グラディウズだ。今日は君にメガネの作製をお願いしたく参じた次第だ」
「怖がらせてしまったようで大変申し訳ない。私は近衛騎士団のカーマイド・グラディウズだ。同じく貴殿にメガネを作ってほしいと願っている。どうか先程の無礼を許してほしい」
えーと、城の騎士団の人と、近衛って言うと……要人警護が仕事の人だっけ?
とにかく兄弟全員騎士なんだな。
落ち着いてくれた様子のお兄さん達の前に、俺はグラ兄の後ろからそーっと顔を出してみる。
「おお、出てきたぞっ!」
「グラディの後ろにすっぽり隠れるサイズだな」
「おいおい、そんな不躾に覗いたらまた引っ込んじまうだろ?」
「さすがにもう引っ込まないよ」
苦笑しながら答えはしたけれど、グラ兄よりもさらに巨漢な二人に間近に迫られて見下ろされると、確かにもう一度隠れたい気分になるな……。
なんかもうこれ、ムキムキの壁じゃん。
圧迫感が物凄いよ!?
お兄さん達はどちらもグラ兄と同じ緑色の髪ではあったけど、上のお兄さんほど濃く渋い色をしている。
30代後半くらいの長男さんはスポーティーなオールバック風の髪型で、30代中頃くらいの次男さんは襟足を短く刈り上げていた。
「ハウンディ様、カーマイド様、ようこそおいでくださいました」
後ろから凛とした声が響いて、俺は思わずホッとする。
リーフェリオン様の声だ。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
リーフェリオン様は侍従と護衛の騎士を後ろにひとりずつ連れてこちらへ早足でやって来る。
リーフェリオン様が俺とグラ兄の隣まで来ると、自然とお兄さん達がその分引いてくれたので、ムキムキ達と距離が取れてようやく一息つけた。
いやまあ俺が隠れていたのもムキムキの後ろではあったんだけど、グラ兄のムキムキ感はまだ、爽やかスポーツマンだなーって見ていられる範囲なんだよな。
リーフェリオン様の案内で俺達は揃って応接室に通されて、俺はグラ兄の兄達、ハウンディさんとカーマイドさんのメガネを作った。
『視力測定』を使ったところ二人ともやはり度数は違えど近眼で、次男さんにはちょっとだけ乱視も入っていた。
四角顔で面長気味なごつめの顔付きの長男ハウンディさんにはグラ兄と同じウェリントンの、フォルムが柔らかめのものを。
同じく四角顔だけど目元がスッキリして知的な印象のある近衛騎士の次男カーマイドさんにはオーバルタイプにした。
メガネをかけたお二人は、疑いようもない強さの中にもピリリと知性を感じさせる素晴らしい出来だ。
うん。やっぱりメガネは最高だな。
メガネをかけたお二人は大はしゃぎで、試しに手合わせだとか言って、お屋敷の外れにある騎士達の訓練場で俺の目には追えない速度で動き回っていた。
……なんだあれ……。
俺の世界の常識の範疇を軽く超えてんだろ……。
もちろん、動き回った後のズレやゴムバンドの調整を行った後は、グラ兄も強制参加させられていたけれど。
兄達にボコボコにやられて「くっそーっ、やっぱ兄貴は強ぇなぁ……」と呟くグラ兄は、悔しそうなのにどこか嬉しそうに見えた。




