メガネの評価
「私はサーティラ。飛来人の研究をしている。貴公が先日飛来したという銀色の飛来人だな?」
「は、はい……」
俺は今、リーフェリオン様の屋敷の応接室のソファーに座って、背の高い銀髪ロングの冷酷そうな顔をしたイケメンにめちゃくちゃ見られていた。
リーフェリオン様の事前説明によると、この人は城に勤める研究者で、飛来した飛来人の処遇を決めるための調査を担当している人らしい。
つまり、この人に『城で保護するべき』と判断されてしまうと、俺は城に軟禁されてしまう。
そんなわけで俺は今、緊張感を抱えつつ、不躾な視線に耐えていた。
「ふむ、パッとしない容姿だな。銀色では能力も期待薄か」
……いやいや、それは思ったとしても口にしないもんじゃねーか?
なんなんだその態度は。
嫌な感じの銀髪ロング男はドカッと俺の前のソファーに座ると、面倒そうな表情で俺に向けて片手を開いて「鑑定」と唱えた。
ああ、そういうのがあるのか。
俺がどんな能力を持っているのか言う必要はないんだな。
ここまでずっと半眼だった銀髪の男の金色の瞳が、ここで突然見開かれた。
「なっ…………、能力が、4つもある……だと……!?」
ん? 4つは多いほうなのか?
確かに俺の能力は『視力測定』『レンズ作製』『レンズ加工』『フレーム作製』の4つだが、これは全部揃ってようやくメガネが1本できるという物だ。
4つあっても、決して色々なことができるわけじゃないぞ?
「し、しかも……作製の能力が2つも……!?」
あー、まあ、レンズとフレームが分かれてるからなぁ。
「これで、どうして銀なのだ……」
俺に聞かれても……って、この人は俺には全然聞いてないか。
多分全部独り言だ。
だってこの人、俺に名前すら聞かないもんな。
まあ手元の資料には俺の名前くらい記入されてんのかもしれないが、それでも人として挨拶くらい交わすべきだろ。
「貴公はこれらの能力を既に使ってみたのか?」
「はい」
「ほう、何か形になったのか?」
なんだその試すような視線と言葉は。
どうせダメだったんだろうみたいな顔して聞くんじゃねーよ、ムカつくな。
いやいや、落ち着け俺。
彼は調査が仕事なんだぞ。
もしかしたら俺の怒りやすさとかそういうとこも見てるのかもしれないからな、ここは社会人として大人の対応を見せようじゃねーか。
「まあ、一応は……」
「ほう? 完成品はどこだ」
「……リーフェリオン様のお顔に……」
俺の視線を追うようにして、サーティラとかいう調査官がリーフェリオン様を見る。
リーフェリオン様は少しだけ躊躇ってから、メガネを指した。
「このメガネは、彼がその能力で作ってくれた物です」
外そうかどうしようか迷ったんだな。
そんで、結局外さないことを選んだのか。
まあ、外すと調査官のことも睨んじゃうし、わざわざ人前で外したくはないよな。
「メガネ……?」
ああそうか、俺の能力の名前にメガネって言葉は出てこないもんな。
「私の能力は、4つ全て使って、メガネを作ることができます」
メガネが作れるんだぜ!?
俺の思い通りのメガネが!!!
という熱く滾る思いを全力で呑み込んで、俺は、さもなんともなさそうに言った。
「……は? 4つ全てで、……それが1つできるだけだと……?」
よしよし、その反応は俺の狙い通りだ。
「はぁ……、所詮は銀か、わざわざ出向くまでもなかったな。この者についてはウィルトゥーズ公爵にお任せしよう」
そう言って、サーティラとかいう調査官がわざとらしい大ため息と共に立ち上がった時、グラディレオが余計な事を言った。
「でもサーティラ様、メガネって凄いんですよ?」
ちょっ、言わなくいい、そんな事は言わなくていいからグラ兄っっ!!
「……ほう?」
帰ろうと歩みだしていたサーティラの歩が止まる。
「お前もつけているのだな、そのメガネとやらを」
サーティラがグラディレオを見上げる。
ほんの3センチくらいの身長差ではあるが、少しグラ兄の方が背が高いんだな。
そこでようやく、グラ兄は俺が首を振って口の前で指でバツ印を作っていることに気づいてくれた。
『えっ、言わねえ方が良かったの?』みたいな顔してるが、その通りだよ!!
俺はそのままお帰りいただきたかったんだよっ!!
「貸してみなさい」
グラ兄がサーティラにメガネを要求される。
『うわやべー、どうしよう』みたいな顔をするグラ兄に、俺は『貸してやれ』と頷いた。
グラ兄はそこそこキツめの近視だ。
そんなメガネをかけて、これは良いと思えるのは同じくらい近視の人だけだ。
俺達の見守る前で、サーティラはグラ兄のメガネをかけた。
「……ほう、これは……。遠くが見える……?」
――って、サーティラも近視なのかよっっっ!!!!!!
あ、でもちょっと度は合ってなさそうだな。
サーティラはメガネを目から離したり近づけたりしている。
よしよし……って、いや、良くはないな、サーティラにもちゃんとピッタリ合ったメガネを作ってやりたい。
……が、それは今ではない。
今はもうちょいだけ我慢しててくれな、サーティラの目!!
この男の年齢を考えれば、そう急に度が進むこともないだろう。
「ふむ……。メガネか……。以前他の飛来人から借りた時とは見え方が違っていたな……。不思議な道具だ」
呟いたサーティラが、俺とリーフェリオン様に向き直る。
「先ほどの決定は一旦保留としよう。なにしろ今は時間が足りないのでな。詳細な調査は後日改めて行うという事で、ウィルトゥーズ公爵にはそれまでの間飛来人の保護を願いたい。良いだろうか?」
う、メガネが気に入られたのかと思うと、嬉しいような、複雑なような……。
リーフェリオン様は立ち上がると美しい所作で礼をして言った。
「かしこまりました。彼は私が責任を持ってお預かりいたします」
「ああ、頼んだ」
それだけ告げると、サーティラはなにやら呪文を唱え始めた。
サーティラの足元に光る魔法陣のようなものが浮かぶ。
と、次の瞬間魔法陣ごと姿を消した。
「ほわー……なんだそれ、魔法かよ……」
って魔法なんだよな。マジもんの。
ポカンと口を開けたままの俺の隣で、リーフェリオン様が小さく笑った。
「サーティラ様は元から優秀でお忙しい方なんだが、さらに転移魔法がお得意な分、あちこちに飛来した飛来人を直接調査しているんだ。今は準備もあるから本当にお忙しい中いらしてくださったんだろう」
なんか、リーフェリオン様があんな奴に敬語を使ってるのって嫌な感じだな。
いやまあ、偉い人なんだって事は分かってるんだけどさ。
「あー……、さっきは悪ぃな。2人はサーティラをあのまま帰したかったんだな」
そう言いながら、部屋の端の方に控えていたグラ兄が俺達の座るソファの後ろまで来る。
「オレあいつあんま好きじゃなくてさ、トーチカの能力が低く評価されんのが悔しくて、つい……。余計なこと言って悪かった」
「いや、俺もグラ兄に前もって何も言ってなかったからな。いいよ」
「……私もトーチカの作った素晴らしいメガネをあんな風に言われるのは納得いかなかったが……、トーチカは城に囲われる事なく自由に過ごしたいと言っていたのでな」
「リーフェリオン様……、ありがとうございます。助かりました」
リーフェリオン様は俺の隣で、同じように嫌な気分を呑み込んでてくれたのか。
そう思うと、なんだか胸がジンとしてしまう。
リーフェリオン様も俺と一緒で、メガネを愛してくれてるんだな……。
「しかし、再調査となってしまったな……」
呟いたリーフェリオン様が申し訳なさそうにしているので、俺はグラ兄を見上げた。
「グラ兄のおかげでねぇ?」
「お前ぇっ、いいって言ったじゃねーかよっ」
「あはは」
じゃれ合う俺達の隣で、リーフェリオン様は顎に手を当てて考えるような仕草をする。
元から知的なリーフェリオン様に、細いシルバーフレームの繊細な輝きが添えられると、儚げで理知的でめちゃくちゃ絵になるな。
「再調査はおそらく復興支援がある程度落ち着いてからだろう」
うん……?
復興支援……?
どっかで災害でもあったのか?
「トーチカにはそれまで……少なくとも3か月以上はこのまま私の元にいてもらうことになってしまうが、良いだろうか? もちろんトーチカの自由はできる限り守りたいと思っている」
そんなに待たされそうなのか。
「リーフェリオン様ありがとうございます。長いことお世話になってしまうようですみませんが、よろしくお願いします」
「ああ、…………いや、こちらこそ……」
ん? なんだ?
リーフェリオン様、今何かを言いかけてやめなかったか……?
「オレも失言の責任取って、ちゃんと再調査まで護衛としてトーチカを守るからなっ!」
グラ兄も、気合十分にそう言ってくれる。
「グラ兄もありがとう、グラ兄がそばにいてくれると心強いよ」
「へへ〜、トーチカは可愛い事言うなぁっ」
ニカッと笑って俺の肩に回される腕は、やっぱりずっしり重い。
「重いからやめろって言ってんだろ」
「全然体重かけてねーけど?」
「俺には十分かかってんだよっ」
「トーチカはちっこいからなぁ」
「俺の世界では普通だよ、グラ兄がデカ過ぎるんだろっ」
リーフェリオン様は、じゃれ合う俺達をどこか戸惑うように見つめている。
なんかやっぱり様子がおかしくないか?
さっきもなんか、言葉を呑み込んだみたいだったし……。
しかし、リーフェリオン様は相変わらず顔がイイな。
スッと通った鼻筋に、まつ毛が上も下もばっさばさの目元。
細く緩やかに弧を描く眉に、オーバルのフレームのラインがピッタリだ。
メガネフレームの上側のラインと眉のラインは、同じ形なほどバランスが良い。
時々、キリっとした眉なのに丸メガネを選ぼうとしている人や、優しいたれ眉なのにフォックスフレームを選ぼうとしている人がいるけど、あれはマズイ。
それは似合いませんって言うわけにもいかないので、大急ぎで似合う形のメガネをさりげなく持ってきて「こちらも試してみてはいかがですか?」とそっと出す。
大概は「あ、こっちの方がいいな」と気づいてくれるんだが、好きなタレントがかけてるメガネだとかで最初からそれしか考えてないような人だと、こっちもどうしたもんかとかなり焦るんだよな。
俺は再度リーフェリオン様の顔を見る。
プラチナブロンドがサラリとかかるシルバーフレームの向こうから覗くラベンダー色の瞳。
あーーーーー、このメガネと顔とのハーモニーが完っっっっっ璧だろ!
俺は完全自作第1号のメガネを、満足感たっぷりに眺めた。




