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【世界を識った、とある薬師と少年がいた】





誰も知らない。気付く事はない。ただ、そこに淡々と流れているモノ。誰に気付かれる事もなく、誰かの為になるでもなく。緩やかに漂い、時間をかけて流れて消えていく形無き物体もの


知らなくていいソレを、知ってはいけないソレを、自分は知識として得る前から、よーくっていた。







「はーー、遠いわぁ。何処まで行ったらいいんやろ」


ザクザクと歩く地面は微かに凍っているように見える。標高の高い所まで行けば何とかなると思っていたが、状況を見る限りこのまま歩き続けていても意味はないようだ。


一旦、麓まで戻るかと踵を返した時、微かな地面の違和感を察した。微量な魔力と揺れる地面。ああ、()()かぁと理解した途端、男の表情には笑みが戻っていた。


「モールトくんー! おいやー! 遊びに来たんで開けてぇなー!!」


発した声と共にリズム良く足を踏み鳴らすが、何の反応もない。場所を間違えたか?と首を傾げるが、彼の事だ。対応をしたくなくて無視を決め込んでいる可能性が高い。


やはり前回、家を半壊させたのが不味かったか。でもあれは自分にとって挨拶みたいなもので、悪気はなかった。火の能力者ヴァリュアブルで火気類には強い筈なのだが、どうも彼の領域に入ると能力が制御出来なくなる。副属性でも同じく、異常が入ってしまうのだ。


何故、と聞かれても、そういうものだからとしか言いようがない。彼と出会い交流し始めてからずっとこうなのだ。


うーむ、と首を傾げながら昔の記憶を思い出していれば、ぐにゃりと地面が歪んだ。声を上げる間もなく、男ーーフォラッドの身体は地面の中へと吸い込まれていった。







体感でいえば数秒だろうか。ぱちりと目を開けてみれば、何の変哲もない木造の家の中にいた。パチパチと火花が弾ける暖炉を視界に入れ、フォラッドはその場から歩き出す。


案内も何も必要ない。此処にきたら、行けばいい場所ぐらいは記憶に残っている。家が変わろうとも場所が変わろうとも、彼の元には必ず辿り着けるのだから。


とある部屋の前で止まり勢い良く扉を開ければ、そこには不機嫌そうな顔で此方を睨む褐色の肌を持った少年がいた。少年がフォラッドを見たのは一瞬で、直ぐ様手元の本に視線を戻すと深々と息を吐いた。


「……何しに来たんだ、アンタ」


「せやから、遊びに」


「帰れ。今は忙しい」


にべもない態度でビッと出口を指差す少年に、フォラッドはにっこりと口端を上げた。


「何や、冷たいなぁ。やっぱりあの事まだ怒っとるん? ただの不始末やんか」


「不始末どころか全壊だったが? お前は、その能力ゆえに何でもかんでも火薬にしちまうだろ。前から言ってたがガチで出禁だ、出禁!!」


「えー、モルトくんの傍におると、能力がやたらと暴走するんやから、しゃあないやん」


「ちったあ、努力する素振り見せろよ! アンタの所為で何度引っ越したと思ってる!」


「能力で潜れるんやから、別に家を毎度毎度建てんでもええやん」


「ッ、ああ言えばこう言う……!!」


他人の名前を覚える事がないフォラッドが、唯一名を覚えている存在、それがこの少年ーーモルト。地の能力者で、人付き合いが苦手な事を能力を使い上手く躱している。まあ、俗に言う滅多に人里に姿を現さない引きこもりだ。


付き合いが長い訳ではなく、ただ、互いにある()()を共有して生きているだけだ。


「あんな、吉報や。あの突風が、相棒を決めたんやと」


「……は?」


ドサリと、モルトが手にしていた本が床に落ちる。


「嘘やないで。ワンコとうちに遊びに来てん。何や乳臭いエルフやったけど、アレはたぶん廻っとるヤツやな。やから懐に入れたんやろ」


逃さん為になぁ、とぼやいてフォラッドは近くの椅子に断りもなく座る。ギッギッと音が鳴るのを楽しみながら、椅子を揺らすその行動にモルトは眉間に皺を刻む。だが、今はフォラッドに対する苛立ちよりも驚きの方が勝っていた。


「……もう、観測塔あそこに人は送らないと思っていたんだが」


「まぁた、廻る可能性は低いと思うんやけどなぁ。何せグダグダと続いとった戦を終わらせたんは、あの突風や。犠牲を増やし世界に循環する方法をするんなら、確実に前の方が良かったやろ」


「なら、何で相棒を今更手にしたんだよ」


「んー……たぶん、切羽詰まった理由やないで。もっと単純なモンや」


「単純?」


首を傾げるモルトにフォラッドはにんまりと目を細めた。


「残念ながら色恋沙汰はおいは不得意やし、モルトくんも未経験やから、理解は出来んやろ」


「は? 経験あるなしは関係ねぇだろが」


「あるんやなぁ、これが」


相棒を得た理由は、愛する人を見つけたからとも言える。何せ、あの世界領主が選んだ存在がただの相棒で収まる訳がない。


長らく廻っていた記憶の中で突風ーーウィリアムに親近感を抱いた事は一度もない。繰り返されていた世界で生きてきたフォラッドにとってウィリアムは畏怖の対象だった。

生と死を合わせ持つ者。世界の始まりを識る者。そしてーー世界の理を知った自分達に呪いをかけた存在でもある。


だからこそ。


『ーーなぁ、頼みがあるんだが』


ぼんやりとした記憶の中で、先日聞いたウィリアムの言葉が蘇る。あれは果たして本心だったのだろうか。歴史ちしきの中で知り得た彼は無表情で淡々と事を起こす奴だったのに。

知り得ない彼がまだいるのだとしたら、これから先も厄介な事に巻き込まれるのか。


うん。それはそれで面白そうだが、自分だけ巻き込まれるのは腑に落ちない。だからこそ、こうやって同じ境遇のモルトに声を掛けたりしてたりする。


「おいが楽に話せんのは此処だけやし。外に出れば、また変わりモンの薬師に戻る。はーー、借金取りからまだ逃げる生活やなぁ」


「おい待て、何だ借金ってのは」


フォラッドは思わず口元を抑えるが、吐き出された言葉は既にモルトに届いていた。


「……気の所為や。うん、おいはなーんも言うとらん」


「嘘つけぇ!」


ガタンと椅子から立ち上がるモルトと同じく、フォラッドもその場から立ち上がり、ひらりと身を翻す。


「そろそろ遅ぅなるし、帰るわー! ほななー!」


「おい、この空間に来て然程時間立ってねえし、言いたい事だけ言って帰るな!!」


モルトは能力で入口扉を閉めようとするが、フォラッドが何枚も上手で。能力発動する間もなくスルリとその姿が消えた。


「ッ、んの野郎……!!」


何も掴めずに空を切った手を握り締め、モルトは家が揺れるも気にせず力強く地団駄を踏んだ。







地上に戻り、フォラッドは深々と息を吐き出す。

パチパチと何度か目を瞬かせ、緩やかに首を傾げた。


「んー、あれ、やっぱり上手く頭が回んないわぁ。やっぱ妨害されてんなぁ……」


今に始まった事でもないから、特に気にしてはいないが今回はやけに対応が早い。普段なら1日は余裕があるのだが、モルトに接触したのが秒でバレたようだ。


「あー、なるほど……。今、裏にいるのが()なんやねぇ」


ピシリと響く頭痛を眉を寄せる。警告にも似た強い痛み。ああ、これはもう答えを言ってるようなものやん、とフォラッドは口端を上げ、その場から歩き出した。









◇◇◇




「あー、やだやだ。だからアイツを常識人にしちゃいけねぇんだよ。頼むから、変人のままでいてくれ」


常世の闇にとぷりと埋もれた男は脳裏に過る光景に、これでもかと表情を歪め再び瞳を閉じた。



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