第24話 煌めく部屋:未知の成分:難航
──元の世界では、捜査が続いていた。
薄暗い廊下を、一人の男が歩いている。
捜査一課の西条努。三十代前半、背筋の伸びた細身の刑事だ。姿勢が良く、立っているだけで几帳面な印象を与える。歩幅は一定、靴音も均等──性分がそのまま足に出ている。
ポケットの中のスマートフォンが震えた。
宇津木からだ。
「西条くん、午前中の部屋。ちょっと気になるものが出た。写真じゃあ伝わんないからさ、自分の目で見てくんない?」
「今すぐ向かいます。真壁さんは会議中なので、私が一人で行きます」
電話を切り、足を速めた。
◆
西条は玄関でポケットからニトリル手袋を取り出し、装着した。
失踪者・五次携太のワンルーム。テーブルにはコンビニ弁当の空き容器が残り、洗濯前の衣服が洗濯機の横に溜まっている。生活の途中で、人だけが消えた部屋だった。カーテンは失踪時のまま閉め切られており、午後の日差しも届かない。
宇津木が奥に立っていた。鑑識畑のベテランで、白髪交じりの短髪に無精髭。がっしりした体格の割に、どこか力の抜けた空気がある。額に上げた小さな丸レンズのヘッドルーペが、この男のトレードマークだった。西条の上司・真壁巌とは古い付き合いだ。
「天井灯、消してみて」
宇津木が言った。西条がスイッチを切る。部屋が暗くなった。
宇津木がライトを点け、床をなぞった。
光の線が通った瞬間──床が、かすかに光った。
「……これは」
西条は思わず声を漏らした。宇津木がライトを壁に向ける。壁もだ。微細な粒子が、部屋中に飛び散っていた。
「午前は気づかなかった。カーテンが閉まってて、天井灯だけだったからな。ベッドの下をライトで覗き込んだ時に、たまたま光ったんだ」
宇津木はベッドの下を指した。マーキングが貼られている。その先に、BB弾くらいの丸い破片が二つ。
「これが最初に見つけたもの。それで周りを照らしたら──この有様だ」
西条は自分のライトを取り出し、壁に沿ってゆっくりと光を動かした。壁の表面、天井、ベッドのフレーム──どこに当てても、微かにキラキラと光っている。
(一点から、全方位に飛び散っている)
宇津木がルーペを下ろし、壁の表面に顔を近づけた。数秒、じっと見てからレンズを額に戻す。
「粉状のものが床と壁に。ベッド下にBB弾サイズの粒が二つ。それぞれ採取する」
鑑識員に合図を送り、採取が始まった。
「これ、何ですかね」
西条が訊いた。
「なんだろね。詳しくはラボで」
採取記録を読み上げ、時刻を確認する。西条はメモだけを取り、撮影は鑑識に任せた。
◆
ラボの白い机。
蛍光灯の無機質な光が、採取されたばかりの破片を照らしている。
宇津木がルーペを下ろしたままトレーの上の破片を見つめていたが、やがてレンズを額に上げ、西条のほうを向いた。
「まず成分だね。既存の合金リストに"完全一致"はなし」
西条がメモを構える。
「未知の金属、ということですか」
「未知金属というよりかは、既存合金に珍しい加工が入ってる感じかな」
「珍しい加工って、どう違うんです?」
「層みたいに重なってる。まるでミルフィーユ」
宇津木が顕微鏡の横に置いたモニターを指した。断面の拡大画像が映っている。
「で、表面は少し"焼け"。一瞬だけ熱が通ったんじゃない」
「壊れ方は?」
「粉の大半は"表面層が砕けた微細片"。こっちのBB弾サイズは"元の丸みが残っている破片"」
宇津木がトレーの上の破片を示した。確かに、わずかに弧を描いている。元はもっと大きな何かの一部だったことがわかる形状だ。
「割れ方は、外から叩いたより“内側からパーン”って感じだろうね。風船が破れるような」
「だから部屋中に飛び散っていたのか──まんべんなく」
「そういうことになるね」
西条はペンを止めた。
内側から破裂し、部屋中に飛び散った。では何が、この金属を内側から壊したのか。
「結局、これは何なんでしょう」
「今の段階じゃ何とも。何かの金属製品の破片だろうとは思うけど、元の形まではわからない」
「これ、普通のモノですかね」
宇津木はしばらく黙っていた。
「"この世のものじゃない"とまでは言わない。でも、よくある成分でもなければ、壊れ方でもない。そこははっきり」
西条はメモに目を落とした。書くべき言葉を選んでいる。
「了解しました。報告はまとめておきます」
「OK。詳細分析回しとくよ。もう少しだけ結晶の向きと層の厚み、見てからね」
宇津木はルーペを下ろし、再び破片に目を落とした。
西条はラボを出た。廊下を歩く。
五次携太。三十歳、独身、画像編集会社勤務。失踪当日の行動に不審点なし。部屋に争った形跡もなし。
ただ──部屋中に、説明のつかない金属の微粒子が飛び散っていた。既存の合金と一致しない成分。内側から破裂した痕跡。
それが失踪とどう絡むのかは、まだ誰にもわからない。
西条は手帳を閉じた。エレベーターのボタンを押す。扉が開くまでの数秒、何も考えられなかった。




