第22話 名前:ペットルーム:帰還
携太は、二匹の顔を順に見てから、少しだけ居住まいを正した。
「──俺は携太。五次携太。別の世界から来た、ただの……大人だ」
二匹が、きょとんとした顔で携太を見上げた。
『……ケイタ?』
姉が、小さく首を傾げた。
『けーた!』
弟が、さっそく呼び捨てにした。
携太は苦笑しながら続けた。
「で──君たちにも、名前をつけていいかな」
『名前?』
弟が、ぱっと顔を上げた。
『今まで呼ばれたことない! つけてつけて!!』
姉は静かに携太を見つめていた。
『……どんな名前?』
携太は、二匹を見比べた。
薄い緑の毛並みと、茶色の毛並み。
迷う時間は、ほとんどなかった。
「俺が最初に連想した名前にする。──お姉ちゃんがミント。弟の君がチョコだ」
あっさりと、言い切った。
一瞬、沈黙。
『……ミント』
姉が、その名前を確かめるように繰り返した。
『……何から連想したの?』
「そりゃあ、君たちの毛の色だよ」
携太がさらっと返すと、姉は自分の薄緑の前脚をちらりと見た。
『……なるほどね。悪くないわ』
小さく、でもはっきりと──口元がほころんだ。
次の瞬間、弟が弾けた。
『チョコ! 僕チョコ! 姉ちゃん、僕チョコだって!!』
ぴょんぴょんと跳ね回り、携太の膝に体当たりしてくる。
『聞こえてるわよ』
ミントが呆れたように言うが、その声は柔らかかった。
携太は二匹の様子を見て──少しだけ肩の力が抜けた。
◆
『補足情報をお伝えします』
オラクルの声が割り込む。
『カーバンクルは、この世界では非常に希少な魔物です。通常、人前に姿を見せることすら稀であり、多くの人間はその存在を噂程度にしか知りません。その希少性ゆえに──高値で取引されることもあると、記録にはあります』
携太の指が、膝の上でぎゅっと握り締められた。
(……あの四人が、こいつらの家族を狙った理由)
答えは、もう出ていた。
「金目当て、か」
声には出したが、小さすぎて二匹には聞こえなかったはずだ。
それでも──ミントが、じっと携太を見ていた。
まるで、携太の心の中が見えているかのように。
携太は、二匹の前に手を差し出した。
「……約束する。俺は、絶対に君たちを売ったりしない。不安がらないでくれ」
『……うん』
ミントが、差し出された手に、そっと額を寄せた。
チョコも、その隣で同じようにした。
『──補足です』
オラクルが、もう一度続けた。
『カーバンクルの多くは回復や補助に秀でた種ですが、攻撃魔法を扱える個体はごく一部に限られます』
携太の目が、チョコに向いた。
さっき、ゴブリンを炎の弾で吹き飛ばしたのはこの子だ。
『攻撃系の個体は極めて希少です。……二匹を、大切にしてあげてください』
(……そうか。チョコ、お前そんなに珍しいのか)
チョコは携太の視線に気づかず、ミントの隣で尻尾を揺らしていた。
◆
太陽はもう傾き始めている。
「そろそろ戻ろう。癒月草の納品もあるし、暗くなる前に街に着きたい」
携太は立ち上がり、身についた土を払った。
「じゃあ、さっそくペットアプリを試してみよう」
二匹が顔を見合わせた。
『……ちょっと怖いけど』
チョコが、小さく耳を伏せた。
ミントが、弟の横に寄り添うように立った。
『大丈夫よ。一緒に入るんだから』
アイテムボックスと同じ要領かもしれない。
携太は二匹をスマホに送るイメージで、念じてみた。
二匹が同時に光に包まれ──ふっと、目の前から姿が消えた。
携太は慌てずにスマホの画面を見た。
ペットアプリのアイコンの右上に、小さな『②』のバッジが点いていた。
タップすると、広い空間が映し出されていた。
柔らかな光に満ちた草原のような場所。天井はないが、穏やかな空が広がっている。
その中で──チョコがきょろきょろと辺りを見回し、ミントが足元の草を一歩ずつ確かめるように踏んでいた。
『……広い』
ミントの声が、頭の中にはっきり響いた。
(ちゃんと聞こえる)
「どう? 大丈夫そう?」
『すごい! すごい広い! 姉ちゃん、見て、草がふわふわ!』
チョコがぴょんぴょんと跳ね回っている。画面の中の小さな影が、嬉しそうに駆け回るのが見えた。
ミントは少し慎重に周囲を見渡していたが、やがて小さく息をついた。
『……悪くないわね』
携太は、思わず笑った。
「よし、腹減ってないか?」
アイテムボックスを開き、パンを数個ペットアプリへ転送する。
画面の中にパンが現れた瞬間、チョコの目が輝いた。
『ごはん! 姉ちゃん、ごはん!』
『……聞こえてるわよ』
ミントが呆れたように言いながらも、足早にパンへ歩み寄っていた。
携太はスマホを胸ポケットにしまい、自分もパンを食べながら街へと急いで歩き出した。
◆
すっかり日が暮れていた。
街の明かりが、石畳の道を淡く照らしている。
携太は、ギルドの前に立っていた。
ギルドは交代制で二十四時間稼働している。
(癒月草の納品……明日でもいいが、早めに済ませたい)
帰り道、二匹は思ったより静かだった。
たまにスマホの画面を覗くと、ペットルームの草原で二匹が寄り添うように丸くなっていた。安心して、眠っていたのだろう。
それを見て、携太は何も言わずに歩き続けた。
そして今──ギルドの扉に手をかけようとした、その瞬間。
『……携太』
不意に、ミントの声が響いた。
携太は、足を止めた。
「……起きたのか」
『…………ありがとう』
小さな声だった。
でも、はっきりと聞こえた。
携太は、一拍置いてから口を開いた。
「……おう。これからよろしくな」
返事はなかった。
きっとまた、眠ってしまったのだろう。
携太は小さく息をついて、ギルドの扉を押し開いた。




