第10話 思春期の高校生かよ!
「夕飯ありがとう。すっかりごちそうになっちゃって」
「いえ……。こちらこそ、大したお構いもできずで」
夕飯をご馳走になって、配車依頼をしたハイヤーを待ちながら家の外で夜空をカモちゃんと見上げる。
まぁ、2人きりではなく。
「むにゃ……お兄ちゃん……また遊ぼう……ね……」
「んしょ。この子ったら寝言でまで橘君のことを……。よっぽど今日、楽しかったみたいですね」
四葉ちゃんもカモちゃんにおんぶされて一緒だけど。
発言は随分とマセていた四葉ちゃんだが、幼児らしくお眠の時間である。
「四葉ちゃんがお眠の時間だけど、まだお母さんは帰ってこないんだね」
「母は私が高校に通いだしてから、仕事を2つ掛け持ちするようになって。休日も副業の方で」
「今日も仕事なんだ」
「はい。なので家事は姉妹で分担して何とかしてます」
今はゴールデンウィークなのに働き詰めってことか。
決して裕福そうではないし、ハニ学にはかなり無理して通っているんだな……。
──あれ? そうすると……。
ファーストコンタクト時には思い至らなかった点について、俺は尋ねた。
「話は変わるけど、今日の尾行のタクシー代はどうしたの?」
「うっ!? そ、それは……私個人のお年玉貯金から……」
「俺が払うよ。いくらだった?」
カモちゃんの台所事情を目の当たりにしていた俺は、即座に財布を開いた。
隣県までのタクシー代なんて、前世で社会人だった俺ですら恐ろしい金額だったろうに。
「そ、そんな!? どこの世界に、スパイやストーカーに交通費を支給する被害者が居るんですか! ダメですよそんなの!」
「いや、ダメなのはカモちゃんの方だよ。そんなお金の使い方してたら、直ぐに破産だよ」
「だ、だって……。クラスの皆が頼ってくれるし、地元の先輩からも期待されて……」
「そんな過度な自己犠牲、はっきり言って迷惑だよ」
高校生は大人への途上だし、ハニ学の女の子は成績優秀な子ばかりだからつい麻痺しがちだけど、高校生はまだまだ子供だし、子供というのは視野が狭くなってしまい間違った選択をしがちだ。
だからこそ、周りの大人は子供の自由にさせつつ、最悪の事態は免れるように、その子の事を見ていてあげなきゃいけない。
けど、カモちゃんの家庭環境では、それに気付いてあげられる大人がいない。
「迷惑ってなんですか……。私はみんなのために!」
「過ぎたお人好しは、周りから好かれるんじゃなくて、食い物にされるだけだ。そこを履き違えちゃいけない」
物言わぬ献身なんて、周りは直ぐに織り込み済みとして認知し、まるで自動で動くシステムのように組み込んでくる。
以前と同じように対応するのが当たり前で、失敗したり滞れば罵倒してくる。
そうなった時に壊れるのは自分自身の心だ。
そうやって、職場で追い詰められて潰れてしまった同僚を、俺は前世のリーマン時代に何人も見て来た。
ようやく分かった。
俺がカモちゃんの事を放っておけないのは、彼女があの時の同僚と同じ、職場で無理難題を押し付けられて困ったように笑うだけで、陰で悪口も愚痴も何一つ言わずに潰れて行ったのと同じ表情をしていたからだ。
「でも、私がやれば……」
「うっせぇ! カモちゃんの一人や二人居なくても、社会も学校も問題なく回るの! 自分が自分がうっせぇよ! 思春期の高校生かよ!」
「し……思春期の高校生ですが……」
「あ……。いや、そういう意味じゃなくて、何でも自分で抱え込もうとするなって言ってんの! それで潰れられたら、そっちの方が迷惑だって言ってんの!」
つい熱くなって、説教で肝心の所がギャグになってしまったが、そこは力技で何とかする。
こういう押し通す姿勢こそカモちゃんには見習ってほしい所なので、このまま説教は続行だ。
「迷惑、迷惑ってさっきからヒドイです……。私だって必死にあがいて」
「自分のキャパ越えてる自覚はあるんだろ? だったら周りをもっと頼れ! はい、これ今日のタクシー代!」
「だから、そんなお金、受け取る訳には」
「あと、俺の偵察は今後はやってるふりしろ」
固辞するカモちゃんをよそに、俺は強引に事を決めていく。
「偵察を……やってるふり?」
「偵察した体の写真を俺が今後もカモちゃんに送るから、それを成果として5組と怖い先輩に送りな。あとは『橘君は畳が好き』とか適当な情報でも掴ませとけ」
偵察に、使えなさそうで、でも気になる情報を掴ませ続けていれば、5組は何やかんやそれで満足するだろう。
そして、結局はクラス入れ替え戦まで2組の大した情報は得られていないままで本番を迎えるから、2組の子たちを裏切る事にもならない。
これが、裏方たる俺のクラス入れ替え戦での戦い方だ。
まぁ、5組の子には俺のどうでもいい個人情報とクラス入れ替え戦の経験だけ持って帰ってもろて、地元の怖い先輩たちも、金の卵を生むガチョウのカモちゃんの事は大事にするだろうから、これで三方丸く治まるってもんだ。
「……橘君は何で、5組の私なんかのために、ここまで良くしてくださるんですか?」
疑念というよりは、シンプルに分からないという様子でカモちゃんが俺の顔を見上げる。
その顔は、今彼女の背中で寝ている四葉ちゃんに似ていた。やっぱり姉妹だな。
「え? あ~、それはその……」
「なんで、ですか?」
先ほどまでのオドオドした様子はなりを潜めて、カモちゃんが真っすぐにこちらを見据える。
たしかに、2組男子の俺がクラス入れ替え戦を挑んできている5組の子を構うのは不自然ではあるんだよな。
この対応は、何とかカモちゃんを闇堕ち退学エンドを回避したいという俺のエゴが核になっているが、カモちゃんが退学するのはあくまで未来の話。
特に、現状のカモちゃんは追い詰められ始めていたとはいえ、まだ闇墜ち前だ。
現在の状況で、ここまで俺が今のカモちゃんに介入する理由が、客観的には見えない。
だが、自分はこの世界がゲームの世界で、君には闇墜ち退学ルートの未来が待ち構えているなんて、当の本人に言えるわけがない。
「そんなの、目の前で困ってる女の子がいたら、他クラスだとか理由がどうとか関係なく助けるもんでしょ」
適当な理由を述べて誤魔化すこともできたが、ここで俺は敢えて偽らざる本音を述べた。
そうでないと、夜空の下で真っすぐに見つめてくるカモちゃんに失礼だと思ったから。
「……分かりました」
そう言って、カモちゃんは真っすぐ前を見つめた。
──あれ? 俺、結構カッコいい事言ったよね?
てっきり、今までのカモちゃんの感じからして、感激して泣き出したりするかなとも思ったんだけど。
こういうカッコつけがスベると、結構男としては辛いんだけど。
「あ、タクシー来た。じゃ、じゃあねカモちゃん、お休み」
「はい。お休みなさい」
締まらない別れになったが、カモちゃんも俺の策を受け入れてくれたみたいだし、取り敢えずはこれで問題ないはずだ。
そう思った俺は、この時のカモちゃんの表情の意味をあまり深く考えずに、カモちゃんの家を後にするのであった。




