第8話 男の人はチン●ンあるって本当?
「す、すいません……。私までハイヤーに乗せていただいて」
「別にいいよ。2人になっても料金は変わらないし。ジュースもごちそうになったしね」
海岸でたっぷり写真撮影をした帰り道。
ハイヤーのゆったりシートの背もたれに寄りかからず、背筋をピーン! とさせたカモちゃんに、飲みかけのジュースのペットボトルを見せながら笑う。
撮影に熱が入って喉が渇いたと、ナチュラルに自販機でジュースを俺の分まで買ってくれたら、手持ちが帰りの電車賃に足りなくなるなんて、中々に天然である。
「ほんとごめんなさい……男の子からの施しを女が、ましてやハニ学の底辺クラスの私が受けるだなんて」
「いやいや。ハニ学に入れるだけでも凄い入試倍率を突破したんでしょ? カモちゃんも十分に優秀だって」
ハニ学の入試倍率は3桁倍。
例えハニ学内での序列は低くても、世間的には超絶エリートだ。
だが……。
「それは頭では分かってます……。私みたいな地方の片田舎の庶民が、超名門のハニ学に合格できたのは奇跡です。でも、だからこそ、地元からの期待と羨望と嫉妬の圧力がキツくて……」
「ああ……なるほど」
エリート校やエリート職に就くと、周りは当然ながら同じエリートだらけになるのが日常になるからな。
有名進学校に進んだ奴が、プライドと現実との折り合いがつかなくて学校を中退しちゃうみたいな事態は、別にハニ学に限らず起きる事だ。
この場合、事情を知らぬ昔の友人からの期待の眼差しすら、心への凶器に変わる。
「それでも何とかしたいと、私達5組はクラス入れ替え戦を2組に挑んだ次第です」
なる程な……。
そういう意味では、ハニ学のクラス入れ替え戦は、下位クラスになってしまった生徒達が学園側に食らい付いていくためにも一役買っているんだな。
つくづく、良くできた教育システムだ。
「す、すいません……。私みたいな底辺クラスの事情に橘君を巻き込んでしまって……」
「そんな謝らないでよ。それが学園のルールなんだし、クラス入れ替え戦に従うのは入学前から分かっている事なんだから」
確かに、クラス入れ替え戦は他の学校には無いシステムだが、それがハニ学の売りであり、だからこそ男子生徒は特別待遇を受けられてる訳だし。
「そう言っていただけると、こちらも少し救われます」
ん~、ちょっとドジっ子だったりはするけど、やっぱりエエ子やなカモちゃんは。
これが、冬には闇堕ち地雷系女子になっちゃうのは、やはり俄には信じられん。
(ピロンッ♪ ピロンッ♪ ピロンッ♪)
「何か、さっきからスマホの通知が鳴り止まないね」
「はわわっ! す、すいません……。多分、5組のグループチャットと地元の先輩達宛にさっきの橘くんの写真をアップしたからだと思います」
アセアセとカモちゃんはスマホを操作して通知を止めようとするが、その都度、リアクションのポップアップ通知が来るためか、悪戦苦闘している。
「う……。5組の子達は橘君の顔を知ってるから、『凄い』、『よくやった!』って褒めてくれてますが、地元の先輩は『どうせAIだろ』、『こんな男の子居るわけ無いだろ。舐めてんのか』ってお叱りが……」
あ~、確かに俺の軽率さを知らない地元の先輩達はそういう反応になるのか。
それじゃあ。
「んじゃ、物理的にスマホを黙らせる前に、もう一個爆弾を落とそうか」
「へ? 爆弾ってどういう……って、ワヒャ!?」
AI疑惑をかけられて涙目のカモちゃんの肩を抱いて身体を抱き寄せ、スマホをヒョイッと奪い、グループチャットの投稿画面でムービーカメラのアイコンを選択して。
「どうも~。カモちゃんとハニ学で同級生の橘で~す。今、カモちゃんと海辺ドライブデート中で~す」
カチコチのカモちゃんとのツーショット動画を撮り、即座に投稿し、即座にスマホの電源を落とす俺。
「な、な……」
「声付きの動画ならAI疑惑も解消されるでしょ。それより、窓見て。海辺がキレイだよ」
そう言って、強制脱スマホ時間にしてしまったが、その後しばらく、カモちゃんは口をあんぐり開けたまま反応が無かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「お客様。言われていた住所に着きました」
「長時間の運転ありがとうございました。すごく快適なドライブでした」
「はわわ……。ハイヤー運転手やってて20年。初めて男の子にお礼言われた」
「ほら、カモちゃん起きて。家に着いたよ」
「う……うーん……」
ふにゃふにゃになった運転手さんをよそに、これまた自撮り後にふにゃふにゃになったままのカモちゃんを後部座席から引っ張り出して肩を貸して車を降りる。
カモちゃんが純朴な子だから、なんだか悪い大人が酔わせて女の子をお持ち帰りしているような図式になっている。
「ええと、ここが出発時に聞いたカモちゃんの家か。随分と遠くからハニ学に通ってるんだね」
降り立った場所は下町情緒溢れる感じの街で、最寄り駅から考えるとハニ学からはかなり離れている。
「は、はい。毎日の通学のために片道2時間かけて通ってます」
「片道2時間……」
往復で4時間も電車の中とは中々の長距離通学だな。
前世での俺は身軽な独身貴族だったので、会社の近くにワンルームを借りて住んでてギリギリまで寝ていたものだが、家族持ちの同僚はそうもいかず、会社から結構な距離離れた街にマイホームを買ってて、通勤が辛そうだったな。
ずっと座れるならまだしも、満員電車でギュウギュウだから読書や昼寝なんて出来ないって言ってたし。
「でも、憧れのハニ学だったので苦にはなりません。通学時間がかかるので、あまりハニ学のクラスメイトと放課後に遊んだりは出来ないのが難点ですが」
そう笑うカモちゃんの乾いた笑顔は、家族のために懸命に働く同僚のそれと同じ、自身以外の重みを背負っている者の覚悟の顔だった。
「私の家はすぐそこです。わざわざ遠回りをしてもらって申し訳ありません。あの、遠回り分のハイヤー代の差額は後日必ずお支払いを……」
「いいって、そんなの」
この世界での男子にとっての日常の足であるハイヤーは、年間契約でよほどの長距離でなければ乗り放題なのだ。
「でも、そういう訳には……」
ハイヤーでの送り代をどうするかカモちゃんと押し問答をしていると。
「あ、心音姉ちゃん、おかえり~」
「おかえり、お姉え」
「わっ!? 男の人だ!」
その音を聞きつけたのか家の玄関が開き、小さな子供たちが次々と外に出て来た。
見た所、中学生、小学生、幼稚園児といった感じで、いずれも女の子だ。
カモちゃんの事をお姉ちゃんと呼んでいるという事は、妹さん達か。
「いつもは出迎え何てせんのに、何よアンタ等」
そして、妹の前だからか、先ほどまでのオドオドした態度は鳴りを潜め、しっかりお姉ちゃんのカモちゃんである。
「こんにちは。お姉さんと同じ学校の橘知己です。カワイイ妹さん達だね」
微笑んで挨拶をすると。
「お……お……姉が……い……いつも、お……お世話に……」
「男の人……初めて間近で見た……」
中学生の次女ちゃんと小学校高学年くらいの三女ちゃんは、既に男の人が何たるかを知っているので、俺を前にして極度の緊張に襲われているようだ。
何だか、アイドルにでもなった気分だ。
そういや、初対面の時の多々良浜さんも似たようなリアクションだったなと微笑ましく思っていると。
「ねぇねぇ。お本で読んだんだけど、男の人はチン●ンあるって本当?」
「「「四葉⁉」」」
曇りなき眼で火の玉ストレートな質問を投げつける末っ子幼稚園児の四葉ちゃんに、お姉ちゃん3人は真っ青な顔になっていた。
これは、男性相手へのド直球なセクハラ発言になり、下手したら処罰されかねないとお姉ちゃんたちは思ったのだろう。
「アハハ! あるぞ~」
でもまぁ、そこは俺だしな。
幼稚園児の子の純粋な知的好奇心から来る発言に対し、そんな目くじらなんて立てない。
「見た~い。ねぇ、私に見せ……もがっ!」
「四葉~。ちょっと黙ってようね~」
「ゴメンなさいゴメンなさい申し訳ありません。妹の監督不足で! 責任は私に……」
四葉ちゃんが次女ちゃんと三女ちゃんに取り押さえられ、泣きそうになりながらカモちゃんがペコペコ謝る。
その様子を見ながら、4姉妹の一番上のお姉ちゃんとして苦労しているのが、今のカモちゃんの感じに繋がっているのだなと、ホッコリした気分になるのであった。




