第5話 どうやら俺の父のようだ
「ほぉ~、不入斗輝夜さんか。テレビで観た事あるよ~。知己と仲良くしてくれてありがとうね」
「恐縮ですお父様。トモく……もとい、知己さんとは男女の枠にとらわれず、お互いを高め合う良い関係を築いておりますわ」
──流石は大女優。父親の前で即座に猫を被った。
さっきは、俺の事を襲おうとしていた所をモロに見られているのに、その事をおくびにも出さずににこやかに社交辞令を交わす強心臓っぷりには驚嘆しかできない。
「いいお嬢さんじゃないか知己」
「は……はい。そうですね」
今、目の前でにこやかに笑っている丸眼鏡のやせ型の男性がどうやら俺の父のようだ。
『メンテナンスのために連休中にスタッフを向かわせる』って母さんから連絡があったけど、まさか父親が来るとは夢にも思っていなかった。
さっき、スマホでチラッと確認したら、『今から家に行くよ~』と連絡が入っていた。
スマホに連絡先として登録されていた名前は、橘玄粋。
言われてみると、目元とか橘知己に似てるな。
「なんだ知己よそよそしい。女の子の前だからって気取ってるのか? いつも会えば『父さん、父さん』って抱き着いて来るくせに。お父さん寂しい」
「ええ……」
初対面の父親とどういう距離感で接していいか分からずに、取り敢えず母親の時と同じような感じの受け答えをしてみたが、そんなパパっ子なの? 橘知己って……。
俺が前世で思春期の頃なんて、親父殿となんて学校の成績がどうたら位しか話す事無かったぞ。
それとも、男女比が1:99の歪な世界では、息子と男親の関係と言うのは特別なのだろうか?
この世界ではそもそも父親が居る家庭は絶対的に少ないみたいなので、よく分からないが……。
「それで、2人は付き合ってるのか? ん?」
「いや、ただの女友達「はい! いずれは、きちんと婚姻の挨拶に伺います!」
「おい⁉」
こいつ……。
真っすぐに父さんの顔を見て、大嘘つきやがった。
「アハハ! 楽しみにしてるよ」
ただ、父さんの方も、こういう場面では女の子の方が暴走しがちというのを分かってくれているのか、輝夜の婚姻宣言を軽くいなしてくれる。
ヒョロッとはしているが身長は高く、眼鏡をかけた理知的なエンジニアといった見た目だし、問題なく初対面の女性である輝夜ともコミュニケーションを取れている事を考えると、きっと父さんもアホ程女の子にモテてきたんだろうな……。
「それじゃあ、父子水入らずの所悪いから私は帰るねトモくん♪」
「お、おう……。女優の仕事頑張ってな」
やけにご機嫌な輝夜が、自分から帰ると言い出したのは少し意外。
「うん、頑張る。お父様、失礼いたします」
「じゃあね輝夜ちゃん」
お父様って……。
ああ、やけに輝夜がご機嫌なのは、図らずも俺の父親に挨拶出来たという収穫があったからか。
さっきは襲われかけたけど、俺の貞操は父親に護られたんだな……。
やっぱり親と言うのは偉大である。
「はぁ~。父さん、助かったよ」
「ハハハッ。女の子はみんな狼だから気を付けろよ息子よ」
「肝に銘じます……」
父さんが乱入して来なかったら、色々とおっ始まっていた所だったからな。
「いや~、それにしてもハニ学の制服懐かしいな。お父さんの頃と変わってないんだな」
「父さんもハニ学だったんだ」
「そうだぞ。母さんと志津ちゃ……今の学園長の真名瀬さんと、ずっと同じ1組で楽しかったぞ」
「ああ、なるほど……」
そりゃ、今の父さんイケオジだし、高校生の頃はさぞモテたんだろうな。
1組だったって言うのも納得。
「知己も晴飛様が居なければ1組確実だったろうにな」
「まぁ、おかげで2組で楽しくやってるよ」
父さんは柔和に笑う。
人懐っこく、語り口調も柔らかで、こちらの緊張を解きほぐすような気安さがある。
橘知己が父親に懐いていたというのも頷ける。
それに引き換え、実の息子にパワハラをかましてくる母さんとはエライ違いだな。
父さんならどんな女性も選び放題だったろうに、なんであんな母さんなんかと……。
「いや~。母さんと真名瀬学園長のコンビは学園でも有名でね。女子高生の頃の母さんはクラス入れ替え戦ではそりゃもう強くて、露出の多い体操服で」
「あの、父さん……。母親のそういうの、想像したくないっす……」
だいぶ年上の女性が高校生時代の制服を着て恥ずかしがったり、『着れた! 私もまだまだイケるじゃん』とか年甲斐も無くはしゃいでいるのは可愛い。
熟女もいける口の俺としてはむしろ大好物。
だが、それが自分の母親の場合は話が変わって来る。
母親のハニ学の制服姿や体操着姿とか想像したくない……。
「アハハッ、ごめんごめん。父さんの学生時代の思い出話はこれくらいにして、こっちの部屋の方を見ておこうか。うん、問題なく秘密扉は稼働してるね。制御ソフトのセキュリティソフトを更新しておこうか」
そう言って、父さんは慣れた手つきで、秘密の部屋の手のひら静脈認証の電子ロックを解錠した後に、壁面モニターにパソコンを繋いで作業を始める。
そういや、前に母さんがこの部屋に来た時に、この部屋は父さんの趣味で云々みたいな事言ってたもんな。
となると、父さんは見た目そのまんまに技術者の仕事をしてるのか?
この男女比1:99の世界では、親とは言え、ほとんどの場合は男性は仕事なんてしなくていいのだが。
「う~ん? 知己にしては銃の手入れが甘いね。照星周りにも埃が溜まりやすいからね」
秘密の部屋の扉の作業が終わったら、今度は部屋の中にある銃を眺めていた父さんからのチェックが飛んでくる。
「ちょ、ちょっと最近はクラス入れ替え戦やクラス宿泊合宿やらが忙しいからつい……」
「じゃあ、こっちで銃のメンテナンスもしておくよ。久しぶりで腕が鳴るな~」
そう言って、父さんは作業用手袋を着けて慣れた手つきで、銃を分解していく。
──ああ、そうか……。橘知己がミリタリー関係が好きなのは、こうして父さんと一緒に過ごせる時間が好きだったからか。
そう考えると、こんな可愛がっている息子の中身が、どこぞのアラサーリーマンと入れ替わってしまっている事に対し、大変な後ろ暗さをおぼえる。
母さんはそもそも息子と一線も二線も引いている感じなので、罪悪感の類は大して浮かばなかったのだが。
けど、父さんと一緒の空間で過ごしていると、不思議と安らいで……。
「何か眠くなっちゃった……」
おかしいな……。
結局、コンビニで買いこんだお菓子やジュースや揚げ物たちも碌に食べてないのに、こんなドカ食い気絶をするみたいに眠くなるなんて……。
「うん、寝ちゃいな。メンテナンスはこっちでやっておくから、お休み知己」
「うん……お休みなさい……父さん……」
フワフワした中で父さんの声を遠くに聞きながら、俺は心地よい眠りについた。
この安心感が、橘知己としての父さんとの記憶から来るものなのか、それとも、久しぶりに親の庇護下という絶大な安心感をゆりかごにした心地よさからによるものなのか、分からないままに。
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