第30話 カップ麺は外で食うにかぎる
クニャクニャになった多々良浜さんを無事に部屋に送り届けた後まもなく、消灯時間となった。
なので俺も大人しく、バーベキューで染み付いた煙の臭いをシャワーで洗い流し、ベッドの中に潜り込んだ。
だが、一つ問題が……。
「腹減ったな……」
暗くなった部屋のベッドの中で、俺は思わずそう独り言をつぶやいた。
そう。
バーベキューで焼き役ばっかりやってたから、結局俺は、そんなに食べられなかったのだ。
2組の皆も流石はピチピチ女子高生なだけあって食欲旺盛で、よく食べた。
おかげで、俺は焼き途中にちょいちょい摘まむ感じでしか肉たちを食べていなかったのだ。
いや、バーベキューの焼き役は楽しいし、今回はクラス入替え戦の御褒美のためという訳で、もてなすのは俺の方なわけだから別にいいんだが……。
とは言え、思春期真っ盛りの橘知己の胃袋に、そんな理屈は通じない。
この荒れ狂う胃袋のうねりと、脳に届く空腹感は、ちょっと我慢して寝る事は不可能だ。
そうだよ。
明日には、このクラス宿泊合宿のメインイベントがあるのだ。
これは安眠のためには仕方のない事なんだ。
「よし。夜食を調達しに行こう」
有り余る食欲を前に、もっともらしい理屈をこねて、俺は夜食を調達しに向かう。
財布を掴み、そ~っとドアを開けて部屋を出る。
既に寝静まっている時間だろうが、監視役である隣のエッちゃん先生が起きないよう、いつにも増して抜き足差し足で2組のフロアを出る。
この合宿所は大自然の山の中にあるので、当然ながら近所にコンビニや24時間営業のファミレスなんてものはない。
ただ、こういう街から離れた宿では、自販機が結構充実しているのだ。
合宿所に到着した時に、1階エントランスホールの隅の方に、自動販売機が何基か休憩コーナーにある事を目ざとい俺は把握していたのだ。
──よしよし、フロントにも人影は無いな。
男が一人で出歩いていると大騒ぎになる、このハニ学の世界だからな。
迅速に目標のブツを手に入れなければ。
こういうコソコソする時の俺の気配の消しっぷりは年季が入っている。
前世のアラサーリーマン時代に、上司の呼吸を呼んで、面倒事を言いつけられる前に定時退社するスキルが役に立つというもの。
そんな前世のダメリーマン時代のスキルを活用しつつ、難なく俺は自動販売機のある休憩コーナーへ辿り着いた。
フフフッ。
気分は凄腕エージェントだ。
「わっ!? 橘」
「ん? ああ、なんだ。かぐや姫か」
入った休憩コーナーには先客がいた。
後ろに音もなくいきなり俺が現れたからか、かぐや姫は素っ頓狂な声を上げる。
「あんま大きな声出すな。かぐや姫も、腹減ってこっそり部屋を抜け出して夜食買いに来たのか?」
「ち、違うわよ! わ、私はその……喉が渇いたから飲み物を買いに……」
(グ~~ッ)
深夜のホテルの休憩コーナーに腹の音が響く。
そして、その音源となったかぐや姫は、顔をゆでダコのように真っ赤に染める。
「ハハハッ。んじゃ、さっさとブツを調達しますか。おっ、カップ麺の自販機がある、有能な宿だわ~。何個か買っておこうっと。かぐや姫は何味のにする?」
「な⁉ 大女優の私がそんな……」
「折角だから、ちょっと付き合ってくれよ」
「……ふぇ⁉ 付き合……」
「んじゃ、行くぞ」
お湯を入れたしょうゆ味のカップ麺を渡すと、俺はかぐや姫の腕を引き、部屋に戻るのではなく、ある所へ向かった。
◇◇◇◆◇◇◇
(ズルズルッ! はふはふっ)
「あ~、ウメェ! 折角の大自然の中だから、やっぱりカップ麺は外で食うにかぎるな」
合宿所の正面玄関の明かりがわずかに届く場所にあるベンチに座りながらカップ麺をすすると、思わず感嘆の声が出てしまった。
寒い夜に外で食うだけで、カップ麺は何倍も美味くなるんだよな。
「なんで大女優の私が、こんなカップ麺なんて庶民の食べ物を……」
「ほら、麺が伸びちまうぞ。こっそり夜食タイムなんだから手早く食べろよ」
「分かったわよ、まったく……。ズルズル……モグモグ……」
仕方ないとばかりに麺をすする、かぐや姫。
「どうだ? 美味いだろ?」
「……認めるのは癪だけど、とんでもなく美味しいわね」
モグモグしながら、かぐや姫が珍しく素直に認める。
そうだろ、そうだろ。
部屋を抜け出した気の置けない友達と一緒に、深夜に教師に隠れてこっそり食うカップ麺っていう背徳シチュエーションが最高なんだよ。これは絶対に学生時代のいい思い出になる
「にしても、なんでかぐや姫が、夜な夜な腹空かせてたんだ? バーベキューで肉にありつけなかったのか?」
チラッと1組のバーベキューの様子は見かけたが、かぐや姫はポツンと一人で座ってたから、俺みたいに焼き役に奔走していたようには見えなかったが。
「ちょっと悩み事があって、喉を通らなかったっていうか……」
「悩み事? 何だそれ?」
晴飛がらみか?
「そ、それは……。って、違う違う! ただ、大女優の私には、あんな安物の肉は口に合わなかったってだけだから!」
急に強気な女優モードに舵を切るかぐや姫だが、それが空元気なのは、演技素人の俺にもバレバレだった。
「悩みがあるなら言えよ。俺達、友達なんだからさ」
「友達……そうね……」
そう言って、かぐや姫は目を伏せった……。
あれ?
俺、なんか変な事言ったか?
「そういや、俺のパーカー、宿泊合宿にも持ってきてたのな。そんなお気に入りか~?」
かぐや姫の様子に、無理に悩みを聞き出すのも良くないかと思った俺は、さり気なく話題を変えて、かぐや姫の格好をイジる。
前回、晴飛へのプレゼントを選ぶショッピングの時に、変装用に貸したパーカーだったが、どうやらかぐや姫の部屋着として活躍している様子だ。
「あ……う……これは、その……」
「防寒用に上から羽織るのに丁度いいオーバーサイズだもんな」
「そ……そうなのよ! 使い勝手がいいからであって、別に他意なんて無いから!」
「大丈夫か? 顔赤いぞ」
何をそんな狼狽えてるんだか。
さっきまで、悩みがあるとか言って気分が下がったと思ったら、今度は狼狽えたり、こんなコロコロ表情を変えて、ホントに大女優として演技とか出来てるのかね? このかぐや姫は。
「こ、これはカップ麺を食べて熱くなったからよ!」
暑いならパーカー脱げばいいじゃん。
そんな簡単な事も分からないだなんて、色々と重症だな。
「さいですか~。さて、カップ麺も食い終わったし部屋に戻るか。パーカーはその内、洗って返せよ」
そう言って、俺はカップ麺のスープを飲み干しベンチを立ち上がった。
「……私は、もう少し夜風に当たってる」
「そっか? じゃあ、お休み。明日は大事な登山なんだから、早く部屋に戻れよ。あと、見回りの教師に捕まっても、俺の事は売るなよ。友達なんだから」
そう笑いかけると、かぐや姫は何とも言えない顔をしていた。
その表情が少し気になったが、カップ麺を食って血糖値が上がって眠くなってきた俺は、欠伸をしながらかぐや姫を置いて先に部屋に戻ったのであった。
ブックマーク、★評価よろしくお願いいたします。
励みになっております。
そして、
『電車で殴られてるイケメン男子高校生を助けたら女子高の王子様だった件』の2巻が発売中!
2巻の書影も見れますので是非どうぞ。
https://ncode.syosetu.com/n3623kd/
GWの読書に電車王子様を全巻購入しよう!
https://amzn.asia/d/0iHYlbkw




