第32話 男として
「ドライヤー終わったよ知己くん」
「おう。晴飛は髪長いから大変だな」
先にブローを終えで出ていた俺が声をかける。
「ボクは女の子にしては短めだよ。髪が長い子はもっと大変なんだから」
「あ~、多々良浜さんや久留和さんや輝夜とか大変そうだよな」
「知己くん。よく、全身を撫でくり回した子を前に、他の女の子の話できるよね……」
「今のは俺、悪くなくない!?」
自分から話題振っておいて不機嫌になるとか罠過ぎる!
女の子って、ホントそういう所あるよな!
「まったく知己くんは……。ボクが女の子って分かっても相変わらずなんだから」
「そうだよ女の子だ、晴飛は。なんで男の子の振りを?」
ちょっとペースを握られかけるが、俺は話を本題に戻した。
「そうだね、お風呂の後に話そうって言ってたね」
晴飛も別に有耶無耶にするつもりはなかったようで、乾いた髪を指先で少し遊ばせた後に語りだした。
「結論だけ言うと、ボクは女の子だけど別にハニ学に嘘はついていないし、1組の女の子たちを裏切ってもいないんだ」
「……どういう意味だ?」
「これ以上は、色んな事情で知己くんには言えないんだ。ゴメン」
そう言いつつ、晴飛は苦しい表情を浮かべる。
「…………」
「やっぱり、ボクの事は許せない?女の子を騙してるって」
「それは……。悪い。晴飛だから言うが、1組の女の子たちが不憫だと思う」
ハニ学という超絶難関校のしかもトップクラスである1組の女の子たち。
エリート意識が行き過ぎて、何かと2組の女子たちとは衝突しがちだが、彼女たちは曲がりなりにも己を高めてその地位を得ている。
その報奨が素敵な男の子との出会いなのだから、実はクラスの男子が女の子だったというのは、ハニ学との間で重大な契約違反で大変な裏切りだ。
「そうだね。でも、1組の子たちには、ちゃんと男として報いるつもりだよ」
「男として報いる? だって晴飛は……」
「1組の女の子達が頑張っている労に対しては、結果的には十二分に報いる事にはなると思う。それが、本当に彼女たちの幸せになるのかはボクにも分からないけど……。ゴメンね。これ以上は詳しくは言えないんだ。」
またしても謝る晴飛。
肝心な所は守秘義務でもあるのか、言えないの一点張りだ。
正直、納得できる説明ではない。
分かったのは、どうやら晴飛には、実は女の子だという衝撃の事実以上に重大な秘密が隠されているようだという事だ。
そんな晴飛に対して俺は……。
「……分かったよ。取り敢えず晴飛が女の子だって事は秘密。それでいいんだな?」
全てが腑に落ちた訳ではない。
ても、それでも俺は、続けようと思えば続けられる晴飛への追及の言葉を飲み込んだ。
「……ボクのこと、信じてくれるの?」
「少なくとも、晴飛は男としての特権を騙し取るような人間じゃない事は知ってるからな」
晴飛が優しくて、人の気持ちが分かる奴だっていうのは、間近で見ていたから知っている。
それに、上手く男を装おうとする奴なら、もっと女の子に積極的に優しく声をかけたりするからな。
男子専用ルームに引きこもったり、俺の影に隠れたりみたいな事はしないはずだ。
本当に心を痛めていたからこそ、晴飛は辛くなってしまったんだから。
「ありがとう……。こんな私を受け入れてくれて」
──あ、『ボク』じゃなくなってる。
そう思った瞬間、晴飛が胸の中に飛び込んでくる。
柔らかな感触と、湯上がりの髪からフワリと女の子の香りが届く。
──同じシャンプーとトリートメント使っても女の子って良い匂いがするんだよな……不思議ぃ。
って、いうか……。
「そんな、くっつくなよ晴飛。女の子がそんな、はしたない」
振りほどこうと身体を捩るが、かえって晴飛は身体を密着させてくる。
「えー、でも今更だよ。クラス宿泊合宿では裸で抱き合ったのに」
「わ~! わ~! 思い出させんな! アレはノーカンだろ! あの時は晴飛のこと男だって思ってたんだし!」
あれ?
そういえば、晴飛とはデートもしたし、裸で抱き合ったし、昨晩は一夜を共にしたし、ラッキースケベで裸を見たし、さっきは風呂に一緒に入ったし身体も洗ったぞ。
これって、既に……。
「でも私の身体触ってたよね。知己くんは責任取ってくれるよね?」
「いやいや、ちょっと待て。確かにそうだが、俺としては認識が男同士のふざけ合いの延長戦みたいな感じで……」
「じゃあ、知己くんは私が誰とでも寝るはしたない女だって思ってるんだ? ショックだなー」
「そうやって、男の漢気スイッチを押させようとするのズルいって!」
漢気スイッチとは、このジェンダーレスや男女共同参画が叫ばれている昨今、既に煤やクモの巣が張っていて忘れさられた遺物であるかのように見せかけて、かわいい女の子を前にした時に男の心の内から突如表出するアイテムだ。
なお、この漢気スイッチ。
押すと、大概は男の場合が損するので押さないのが賢い男であることを、俺は前世で嫌という程思い知っている。
「だって裸見られて触られたんだから、私、もう知己くん以外にお嫁さんに行けない」
「だからズルいって! 俺だって、晴飛が女の子だって分かった直後で、いっぱいいっぱいなんだからな! ほら、もう寝るぞ! 晴飛だって今日は誘拐されて、色々あって疲れてんだから寝ろ! 俺のベッド使え! 俺はソファで寝るから!」
男を装おうのが上手かった晴飛だから、男の弱点もよく熟知してやがる……。
このままでは晴飛に押し切られそうな予感しかしなかった俺は、客観的に混乱していても仕方ないという事実を盾にして逃げた。
実際、夜も大分更けてきていた。
「え、昨夜みたいに私と一緒に寝てくれないの?」
「当たり前だろ!」
昨晩は男同士だったから、そのまま雑魚寝しちゃってただけなんだし。
「私、今日は誘拐されて怖かったな……。粗相しちゃうくらい……。寂しいな……。一緒のベッドで寝てくれる人が居ないと、泣いちゃうかも……」
「ぐ……だから、俺の漢気スイッチを……」
そんな可愛い顔で目をウルウルさせるなよ……。
女の武器をめいっぱい使いやがって。
「知己くんは、何でもしてあげるって言ってた。それって、今夜の間は有効だよね?」
そして、ここで突然の理詰め。
錦の旗として掲げられた約束は、俺から拒否の理由を奪う。
「あ~、もう分かったよ! 一緒に寝てやるから早よ来い!」
「うん♪」
どだい、男は女の子に対して口喧嘩しても敵わぬ……。
ハニ学の世界でも俺はその苦汁を再び味わう事になるのであった。




