第31話 なんで、女の子なのに男のふりしてるんだ?
「すぅ…………。ちょっと俺、先に風呂上がるわ」
頭の中は混乱の坩堝だ。
──晴飛は女の子だった⁉
仕事中に、とんでもねぇインシデントが起きた旨の報告を、全ギレの顧客担当者から受けた時よりも混乱した俺の脳で絞り出せたのは、取り敢えずこの場を離脱するというだけだった。
何にせよ、俺にも晴飛の衝撃の事実を受け止めて咀嚼する時間が必要だ。
という訳で、身体に泡がついたままだが離脱!
何も言わずに風呂場を出なかっただけエライと自分を褒めたいくらいなのだが……。
「知己くん。まだ髪の毛を洗ってもらってないよ」
──何なん⁉ ドSか晴飛は!
「いや……俺……女の子の髪とか洗った事ないから……そんな……ねぇ?」
「ボクだって男の人に洗ってもらった事なんて無いよ。あと、何でも言う事聞くって言った!」
完全に逃げ腰な俺に対し、口元を尖らせながら再び俺の甘やかし宣言を盾に晴飛が逃げ場を潰してくる。
このワガママ娘め!
「クソ……いつもとヘアケアが違うって苦情言われても知らないからな!」
「お泊りなんだから、そんなワガママ言わないよ」
「え! っていうか泊まるの⁉」
「それは、そうでしょ」
「でも、年頃の女の子がそんな……」
「ふーん。じゃあ、知己くんは、家のお風呂まで入れた後に、女の子を家に帰すような人なんだ?」
いや、言い方!
よく考えたら俺が連れ込んでるわ、母さんに反発して俺が晴飛の面倒を見るって啖呵切ってるわで、どちらにせよ、今日は晴飛にお帰りいただくという選択肢は閉ざされていた。
はい、全部俺のせいですね……。
「だーーっ! もう、分かったよ! 洗うぞ! 染みるかもだから目つぶってろ」
「うん♪」
大人しくなった晴飛の髪をシャワーで濡らし、半ばやけくそ気味にワシャワシャと晴飛の頭をシャンプーでゴシゴシする。
「痛い痛い! ちょっと知己くん乱暴」
「うっせぇ! こっちだって、いっぱいいっぱいなの!」
前世の俺は、女の人の髪を洗ってあげたなんて経験はない。
普通、付き合ってる男女だったとしても、髪まで洗うって事はあんまりしないもんだろ。
せいぜい娘が居る父親くらいしかそんな経験は積まないはずだ。前世では独身だったから知らんけど。
「さっきボクの身体に触れてた時は、あんなにイヤらしいソフトタッチだったのに」
「おま……⁉ あの時点では、まだ男だと思ってたからノーカンだろ!」
「やっぱり、さっきまで全然気付いてなかったんだね……。ボクが女の子だって気づくように、今までたくさんヒント出してきたのにさ」
ぷんすか怒る晴飛の髪にトリートメントをつけながら口げんかになる。
今まで通りの日常の風景である。
「いや、そんな訳ないって思い込みが強くてさ……」
ハニ学に、そんな主人公が実は女の子でした的な設定やルート何て存在しなかったからな。
完全に想定外だが、よく考えたらゲームの主人公である晴飛については不思議と設定が薄く、なぜ他の男と比べてこんなにも女の子に優しいのか? という点には言及が無かった。
制作サイド曰く、プレイヤーが没入感が出るように敢えてとの事だったが、そうすると実は主人公が女の子と言うのも一つの設定のパターンとしてはアリなのか。
「まったくもう……。昨番、風呂上りに裸見ても気づかないし……」
「そ、そういやそうだったな」
あの時に気付いても良かったのか。
でも……。
いや。
これ以上は晴飛の名誉のためにも言わないでおこう。
「さっきなんて、ボクの胸に触れても気づかないし……」
「それは……何かゴメン……」
「謝られるのが一番キツイんだけど」
「だから、珍しくあんなムキになって、俺に身体を洗わせた訳か」
「そうだよ。でも、大きいオッパイしか好きじゃない知己くんは、ちっとも気付いてくれなくてさ」
「いや、俺は女性の胸は慎ましいのも好きだし!」
「ふーん……。どうだか」
そう言いつつも、身体から少し強張りが取れたのを、、シャワーで晴飛のトリートメントを洗い流す指先から感じ取る。
濡れた髪の晴飛は、やっぱり女の子にしか見えな……って女の子だったわ。
「なぁ晴飛。俺からも聞いていいか?」
「うん。何?」
濡れた髪を軽く絞って水気を切ってあげながら、俺は訊ねた。
「なんで、女の子なのに男のふりしてるんだ?」
この世界の男の立ち位置は特殊だ。
端的に言えば、かなりの優遇を受けられる立場。
なので、もし男でないことがバレたら、ただでは済まない事は容易に想像できる。
「……その辺の話は、お風呂から出た後にしようか」
そう言って晴飛は肩をすくめて見せて、色んな意味でドキドキさせられたお風呂タイムは終わった。




