第30話 お前……女の子だったの?
「ええと、晴飛……。身体を洗うって言うのは、男同士で背中を流し合う的な意味か?」
それ位なら、まぁアリだよな、うん……。
会社の慰安旅行で上司と部下が背中を流し合ったり、結婚したばかりでまだ緊張してる中での義理の両親との家族旅行で、妻のお父さんと背中を流し合ったり。
ちょっと前時代的だが、背中を流し合う程度なら、むしろ武骨な男同士の触れ合いとも解釈できて。
「ううん。洗って欲しいのはボクの身体の全部だよ」
はい、武骨な男路線は終了しましたー。
──全部⁉ 全部って事は、晴飛の大事なハレ晴レユカ……。
って、アカン……。
動揺してアウトな事を口走りそうになった。
「……何でもしてやるぞって言ったよ?」
「うぐ……」
逡巡を見透かしてか、晴飛がいつになく強気で俺の逃走路を封じにかかる。
──このワガママ主人公様め……。しかし、なんで、そんな俺に身体を洗って欲しいの⁉
もしかして、身体を洗わせる事で、自分の方が上だと分からせるための自慰……もとい、示威行為なのかもしれない。
たしかに、晴飛の立場で考えたら誘拐されたというのは男の沽券にかかわる事なのかもしれない。
母さんは慣れてるみたいな事を言ってたけど、やっぱり内心では傷ついていたんだ。
だからこそ、その傷ついたプライドを、己の身体をまるで王様のように俺に洗わせることで、自分が主人公だと分からせているんだ。
そのためなんだ。
うん。
そうに違いない!
「知己くん。ボクがマウント取るために身体を洗わせようとか、明後日の方向に思考を惑わせて、この場を乗り切ろうとしてるでしょ」
「だから、なんで分かるの⁉」
相も変わらずな晴飛のエスパーぶりにより、現実逃避の道すら塞がれる。
なぜかはさっぱり分からないが、晴飛は是が非でも俺に自分の身体を洗わせたいらしい。
その意志だけはヒシヒシと伝わってくる。
「早くしてよね。このままじゃ身体が冷えて風邪ひいちゃう」
いつの間にか、浴槽から出てバスチェアに座っている晴飛。
自分の身体を人質にして、俺に時間的猶予が無い事を迫る。
ちくしょう……。
さっきの誘拐犯の不良娘たちよりも、何倍も狡猾じゃねぇか。
こうなったら……男は度胸!
「じゃ、じゃあ洗うぞ」
「うん」
意を決して、俺はまず泡立てネットで泡を作り、その泡を晴飛の身体の各所に置いて行く。
「まずは肩と背中からな」
洗い場の床に片膝をつきながら、手で泡を広げていく。
あいにく我が家には垢すり用の洗体タオルしかないので、素手で優しく泡を身体に広げてやる必要がある。
いや、晴飛も男なんだから、そんな事気にしないかもしれないけど、泡を置く際に触れた肌のきめ細やかさを思うと、武骨な垢すりタオルを晴飛に使う気にはなれなかった。
垢すりタオルを使えば、『痛いイタイ! も~! 知己くんったら~!』みたいに場を和ませる事はできたと思われる。
だが、今目の前にいる晴飛の覚悟や本気度に対して、そういう茶化すような態度で臨むのは失礼な気がした。
そして何より、俺の方にそんな茶化してる心の余裕がない!
「ん……」
晴飛の腕を持ち上げて腕を洗い、脇に触れると、微かに晴飛は声を上げる。
洗い場の正面にある鏡は湯気で曇って良く見えないので、こちらに背中を向けて座っている晴飛の表情は窺い知れない。
ただ、腕を脱力させて俺に身体を預けているのは信頼されている証だと思いつつ、腕や脇、肩回りを洗っていく。
──さて……。これで背面はほとんど洗っちゃったぞ。
一度背中をお湯で流しながら俺は、再び岐路に立たされていた。
ここから身体の前面エリアを洗っていかなくてはならないからだ。
ここら辺で、日和った晴飛が『やっぱり前は自分で洗う!』と言い出すかと思ったけど、その気配は無い。
「じゃあ、前を洗ってくぞ」
そう言いながら、俺は泡を晴飛の身体のみぞおち辺りと太ももの付け根に配置する。
──何となくだけど、下半身は最後の最後にとっておくか……。
そう思いつつ、胸筋の辺りとお腹の辺りまで一気に手を這わす。
「んっ……」
晴飛が短く声を漏らす。
おっと。
そういや、上半身にも一応、デリケートゾーンがあったんだった。
──ああ、晴飛はソッチも行ける口なのか。
男でも感じる奴は感じるらしいけど、俺にはソッチの才能無いからな。
触れてもマジで無。
まぁ、個体差があるみたいだし敏感ならそんな触れないでおくかという訳で、上半身はササッと完了。
──さて、残すは下半身のみ……。
ここからが難題だ。
男の最センシティブエリアに触れなくてはならない。
──まぁ、最センシティブエリアは後回しにして、取り敢えず足から洗っていくか。
覚悟する時間が欲しい俺は、足を丁寧に洗っていく。
足までは流石にそのままの体勢では手が届かないので、晴飛の背中に自分の身体を密着させる形になる。
足の指の間を手の指で恋人繋ぎのように重ねて洗い、ふくらはぎから太ももの内股の辺りをゆっくり丁寧に洗う。
「知己くん、触り方ヤラしい……」
「ヤ、ヤラしくなどない!」
堪らず声を上げてしまっている晴飛。
これは、出来るだけ、アソコの番が来るのを遅らせるために、過剰に丁寧に洗ってしまっただけだ。
他意はないので即座に否定する。
無いったらない。
しかし、これなら……。
「ねぇ……。ここも洗って」
──とうとう、逃げられなくなってしまった……。
内股辺りを入念に洗う事でお茶を濁そうとしたのに、晴飛にはっきりと言われてしまう。
しかし、どん~~~~だけ晴飛は俺に自分のデリケートゾーンを洗って欲しいんだよ!
まったく難儀な性癖だぜ。
こりゃ、晴飛のお嫁さんになる人は苦労するな。
──あ! それか、蝶よ花よと育てられるこの世界の男の子は、幼少期からデリケートゾーンをよしよしされながら風呂に入るのがデフォルトなんだなー、うん。
そんな風に、この男女比1:99の世界の細部という、全然違う事を考えて脳を騙しながら、そろそろと晴飛の秘部へ手を伸ばした。
「…………………………………………あれ?」
おずおずと手を伸ばした先。
そこには、男としてあるはずのモノが無かった。
「晴飛……」
「うん……」
ここで今までずっと背中を見せていた晴飛がこちらにゆっくりと振り向く。
「お前……女の子だったの?」
「うん。そうだよ」
真っすぐに俺の顔を見据える晴飛。
その目に、少しの不安が入り混じっていた事を、今後の俺は何度も思い出すことになる。
彼女の持つ不安についてイヤと言う程思い知ることになることを、この時の俺は、知る由も無かったのであった。
章題回収完了。
だが3章はまだ続くんじゃよ。
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