第29話 ボクの身体、洗ってよ
『こちらでも残敵掃討まで確認した。今回の事の発端となった、鴨居の家は見逃してやる。お前の方できちんと以後管理するように』
「分かりました」
俺の自宅に着いて、晴飛が所用を済ませている間に母さんに報告の電話をする。
こういう血なまぐさい話は、晴飛には聞かせられないしな。
特に今は……。
『それで、観音崎晴飛様は御無事なのだな?』
「はい。外傷等は見受けられません」
『できれば専属の医療チームに診せたい所だが、今晩もお前の家に泊まると言っているならば仕方ないか』
「え、認めるのですか⁉」
正直、誘拐された直後なんだし、ちゃんと警備のしっかりした所で休んでもらうようにと指示が来るかと思ったのだが。
『観音崎晴飛様ならば大丈夫だ。こういった事は初めてではない』
「大丈夫って……」
この時の俺は、粗相をしてしまった晴飛は、やっぱり誘拐されて心細くて怖かったんだと反論しようとした。
だが、助け出した直後の晴飛の事を思い出すと、そうではないのではないかとの疑念に絡めとられた。
粗相をしていたのに落ち着いていた晴飛の態度が、母親の言う『観音崎晴飛様ならば大丈夫だ』という不愉快な決めつけに真実味をもたらし、同時にそう信じたくないという反発心を生む。
『明日、観音崎晴飛様には大事なお役目がある。だから』
「うっせぇバカ母! 晴飛は俺の方で預かって、しっかりケアするから明日は休ませろ! 家に晴飛への使いとか寄越したら本気でぶちのめすからな!」
衝動的に、俺はそうスマホにがなり立てた。
後先なんて一切考えていないし、俺のただの勇み足の蛮勇ですらないかもしれない。
でも、これだけは自信があった。
──様付けして謙ってると思ったらお役目だ何だと、16歳そこそこのガキの晴飛に、大人が何を重い物を背負わせてるんだ!
その重さを『晴飛だから』で片づけて来た今までが母さんの言動から透けて見えたからこその怒りだ。
『…………』
「…………」
スマホを挟んで親子の間に沈黙が流れる。
──やべぇ……。思わずキレちゃったけど、これマズいよな……。
まるで軍人みたいな上意下達な親子関係だ。
命令違反で更迭なんて事も……。
いや、最悪の場合は士官による部下の粛清が行われて……。
ぬあああぁぁぁぁぁああ!
一時のテンションに身を任せて、つい感情的になって上司に食って掛かっちまうなんて!
だから、前世でも自分の正義に従って早々に出世街道から離脱することになったのに、俺って奴は!
『……それが現場の判断だというなら、責任はお前が持て。報告はつつがなく行うように。以上』
早速後悔していた所を、母さんから思いがけない実質追認の言葉が返って来て、思わず絶句している内に電話は切れた。
え……責任って要は警備上のって事だよね?
こうやって上司から突き放されて好きにしろって言われるの、それはそれで不安になるのが、前世では下っ端アラサーリーマンだった悲しい性なのだが。
「あ、あの~。知己くん」
「お、晴飛。どうした?」
脱衣所のドアから顔を覗かせる晴飛に、スマホをソファにほっぽり投げて応対する。
まぁ、とりあえず上司から追認は取れたんだから、先の事を今考えても仕方ないから、取り敢えず良し!
「あの……汚れ物を入れるビニール袋をもらってもいいかな? っていうかハーフパンツ汚しちゃったから、これは後日に新しい物を買って返すよ」
「いや、洗濯機に入れとけよ。洗って乾燥までしておくから」
「え⁉ いやいやいや……それは」
「気にすんな。さっき浴室で予洗いしたんだろ? じゃあ問題ない」
先ほど、俺が大っぴらに母さんと裏稼業関連の電話を出来たのは、晴飛が浴室でシャワーを使って汚れた下着を洗っていたからだ。
「いやいやいや無理無理無理……。それはボクが色々と耐えられな……」
「手に持ってるのがそれか? 俺の方で洗濯機に入れるぞ」
「わぁ~! ボクが入れるから、知己くんは触らないで!」
ドタバタと近所迷惑な騒音を出しながら、慌てて晴飛は脱衣所に逃げ帰った。
◇◇◇◆◇◇◇
「んあ~! 今日は疲れたな」
一日中遊園地を歩き回り、さらに晴飛の誘拐騒動で走り回って疲れたふくらはぎを、早く湯船の中で揉みほぐしたいな。
そんな事を思いつつ、俺は着ていた服を洗濯かごに放り込む。
『先に入ってるね』
下着を絶賛、洗濯乾燥中なので、そのままの流れで晴飛は先に風呂に入っていた。
──しかし、この歳で野郎友達と一緒に風呂に入るとはな……。
前世でも、小学生くらいの歳の頃なら、友達の家にお泊りした時に一緒に風呂に入るとかはあったが、高校生で一緒に風呂と言うのはちょっと聞いたことが無いし、もちろん俺も経験は無い。
いや、銭湯みたいなデカイ浴場なら違和感ないんだけど、そうじゃなくて自宅のだからな。
俺と一緒にお風呂に入りたいと晴飛は言ったが、粗相をした身体を俺に洗って欲しいのか?
それにしては、パンツを洗おうとした時は、めちゃくちゃ抵抗されたし。
ホント、この世界の男は難しくて分からん。
「入るぞ~晴飛」
「うん、どうぞ」
「って、何でそんな顔を逸らせてんの?」
一声かけて浴室に入ったが、晴飛は湯船の中でめちゃくちゃ顔を背けていた。
「だって、どうせ知己くんの事だから、タオルで前を隠してないでしょ?」
「そりゃ、家で入るからな」
そんなに俺のを見るのが嫌なのか?
じゃあ、なんで俺と風呂に入りたいなんて言い出したんだか……。
よく分かんねぇなと思いつつ、俺は湯船に入った。
公衆浴場じゃないんだし、先に身体を洗ってなんて面倒だ。
「ふぅーい……。生き返る」
疲れた身体に湯船が染み渡る。
単身用のマンションにしては、成人男性が悠々と足を延ばして入浴できるくらい風呂は大きいので、小柄な晴飛が一緒に入っていても、そこまでの窮屈さは感じない。
「……知己くんは呆れるくらいにいつも通りだね」
リラックスした俺が何やらご不満な様子の晴飛が、何故か頬を膨らませる。
体育座りの体勢で肩までしっかりお風呂に浸かっているので、晴飛の顔は既に赤い。
「何で、晴飛の希望通りに一緒に風呂に入ってるのに怒られてるの?」
「別に怒ってないし……ボクと違って何も緊張してないのが悔しいだけだから」
そう言って晴飛が再び顔をむくれさせる。
「風呂は色々と身体と心から力を抜く場所だろ。晴飛も、もちっと緩めろよ。そんなガッチリ体育座りしてないでさ」
「う……うん……」
俺に言われて、おずおずと晴飛が体育座りを解く。
──そんなに自分のデリケートゾーンを見られるのが恥ずかしいのかね。
俺も、別に好き好んで野郎の秘部をジロジロ見る趣味は無いし、そもそも浴室内の照明の反射と水面の揺らぎで大して見えない。
「ん……。足……」
「ああ。流石に2人で入ったら少し狭いな」
小柄な体躯とは言え、晴飛も身体を開くと足先がお互いの身体に触れる。
「くすぐったいし、足先で触れてくるなんてヤラシイよ知己くん」
「な⁉ しょうがないだろ。っていうか、こんなんで今更恥ずかしがるなよ。この間のクラス宿泊合宿で遭難した時の方が密着度高かったろうが」
「あ、あれは緊急事態だったんだから仕方なかったの!」
遭難した山の洞窟の中で、裸で温め合った事を思いだしてか、晴飛が言い訳をする。
「っていうか、よく考えたら俺って晴飛を危険な目に合わせてばっかだな」
クラス宿泊合宿では結局遭難させるし、遊園地では誘拐されるし。
いくら原作の強制力が働いている節があるとは言え、本当に無能だな俺。
「そ、そんな事無いよ」
「いや……何か風呂に入ってふと我に返ると、反省点しかねぇなって……」
風呂は命の洗濯と良く言うが、風呂に浸かって何も考えていないと、つい自分の過去を顧みて『うわぁぁぁああ!』となったりもする。
特に、さっきは母さんにブチ切れて啖呵切った後だったから、余計に自分の反抗期的な行いが恥ずかしい。
晴飛が一緒に入ってなかったら、今頃、湯船の中に頭まで浸かって叫んでた所だ。
「じゃあさ……。反省ついでにボクのお願い聞いてくれる?」
「別にそんなんじゃなくても晴飛のお願いなら聞くぞ。大事な恋人みたいにな」
母さんに大見得を切ってまで、晴飛のケアを買って出たのだから、何でも聞く所存である。
「ボクの身体、洗ってよ」
俺の覚悟は、主人公様のお願いの前に対して、既に倒壊寸前に揺らいだ。
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良しなに。




