第28話 これ、意図……伝わってるか?
この男女比1:99で貞操逆転世界に転生してはや1カ月。
俺も、この世界での男としての振る舞いという物がようやく板について来た。
だからこそ、俺は今、何の武装も持たないどころか、上半身裸の姿を世間様に曝した。
え? なんで貞操逆転の世界での男としての振る舞いイコール上半身裸なのかって?
「見た……男の大胸筋と腹筋初めて見た……」
「ビ、ビ、ビ……チク……見え……」
「いつも雑誌の袋とじで手隠し期待させておいて、いざ開いたら結局は男性用ブラしてるのに何度も騙されてきたのに生で拝める日が来るとは……」
「ありがたや……ありがたや……」
そんなの、前世での男女の認識を逆転してみれば容易に答えが分かる。
“女の子が上半身裸で出てきたら、取り敢えずガン見する他ない”
前世では、まさしく自然の摂理だ。
これは、今回のミッションである晴飛の奪還の上では、とても大いなる意義を持つ。
こうすることで、人質という彼女たちにとって最重要な存在から意識を逸らすことが出来るからだ。
現場は生き物。
目の前のインパクトのある事象に、思考が一時的に塗りつぶされるのは仕方の無い事だ。
──よし。十分に賊の注意は惹きつけた。
俺への注目度をマックスにまで上げた所で、俺は手元に隠し持った小型リモコンのスイッチを押した。
すると、煌々とした光を放ち、背後から俺を照らしていた投光器の照明が突如オフになる。
人間は、どんなに夜目が効く者でも、照度の高い物を見つめていた中で突如として光を奪われると、その落差で目を眩ませる。
暗闇の中に光の残響が邪魔をして、ただの暗闇以上に目の前が見えなくなる。
──今だブラボー!
投光器の操作をしたのと同じ小型リモコンでシグナルを送ると同時に、屋根付近の窓がガシャーンッ! と割れる。
「ブラボーよりアルファ! 人質は無事に確保しました!」
暗闇の中、間髪入れずに無事に渚橋さんが晴飛を確保した旨の声を張り上げる。
現場の部隊を預かる指揮官を長年担ってきただけに、その声は周りに良く通り、廃倉庫内によく響いた。
「そんなはずは……。人質はここに……」
──そこか。
暗闇で混乱する中、狼狽する声を聞き分けた俺は、耳だけを頼りにその声の主の元に殺到する。
この場に居るゴロツキたちは、誰しもが突入して来た兵力に対して意識を全集中させ、警戒モードに入り、あからさまに囮だった俺の存在は、警戒対象から自然と除外していた。
あくまであの男は、実働部隊をこの場に突っ込ませるための目くらまし。
なにせ、俺はほぼ裸だったし、この世界では男は虚弱で守られる側。
そう刷り込まれた意識は、俺の完全フリーでの王手を許した。
だが、晴飛はどうやら一人の少女に抱え込まれているようだ。
まぁ、人質こそが誘拐での生命線だから抱え込むのは分かる。
とは言え、女一人を沈めるなんて今の俺の力を以てすれば容易い。
「君が一番悪い子かな?」
「ひゃひつ! 男⁉」
背後から耳元で囁くと、少女は身を固くした。
現在は作戦行動中だし、何より晴飛をひん剝こうとした、ガチで悪い子だからな。
ここは手短に墜とそう。
「今夜は泣いても許さないよ。君はどんな声で鳴くのかな? 俺に教えてよ」
「あ……あ……。幼かった頃に嵌ったドS王子様が来てくれた……私、悪い子です。イジメてくださ……ヴッ!」
暗くて見えないけど、恐らくは幸せな顔で首絞めで墜とされた少女の腕の中から、瞬く間に晴飛を奪還し、一目散に出口から脱出する。
「全軍、突入!」
俺達が脱出する様子を暗視ゴーグル越しに見ていて、実は降下してきていなかった渚橋さんが、天井に向け何発か空砲を撃ち放った。
「わひゃあぁああ!」
「人質は?」
「何も見えないよ!」
「もう、当局が踏み込んできたのか⁉」
「死にたくないよぉおぉぉお!」
わざと消音器を外したハンドガンから放たれた空砲の火薬の炸裂音が廃倉庫内に反響し、賊は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう。
なお、全軍と言ったが、こちらの兵力は俺と渚橋さんだけで、大規模な特殊部隊に踏み込まれたと勘違いさせるためのただのブラフだ。
暗闇の中だからこそできる攪乱だ。
「投降する者はその場で地面にうつ伏せになれ!」
こちらは離脱できればそれでいいので、後は追撃の時間稼ぎの言葉を残し、俺は廃倉庫を後にした。
◇◇◇◆◇◇◇
「う~~ん……。男の子の上裸……」
「渚橋さん! あ~あ……暗視ゴーグル取るの早いって……」
安全な場所まで辿り着いた所で、渚橋さんがつい暗視ゴーグルを先に取ってしまい、俺の上裸姿を目にして轟沈してしまっている。
さっきは、特殊部隊員みたいに颯爽としてて、仕事も完璧にこなしてくれていたのに、最後まで有能軍人がもたなかったか。
「ミッションコンプリートお疲れ様です橘様」
「ありがと荒崎さん。致死量の鼻血出てるけど大丈夫?」
タパタパと小規模な滝みたいな音を立てつつ荒崎さんから差し出された服を受け取りな、俺の方も一息つく。
ここは、あらかじめ決めていた晴飛奪還作戦終了後に落ち合うランデブーポイントだ。
「おい橘。暗視スコープで現場を観ていたが、作戦通りに後詰めの部隊がバカ共の根城に突っ込んで制圧したぞ」
「あれ? なんで虎嶺がいるの?」
何故か当たり前のようにこの場にいて報告してくる虎嶺。
俺、お前みたいな役立たずな坊ちゃんは誘ってないんだけど?
「名家同士の集まりで同じ場に居た麻衣から、橘と共同作戦をすると聞いてな。一緒に来てやったんだ。男の俺が自ら荒事の現場に赴き観測手をしたんだ。褒めたたえろ」
「いや、お前が勝手に来たんだろが」
「ふっ……。ここで借りを借りとも思わず媚びへつらう事をしないとは、つくづく、お前は俺に並び立つ者だな。それに、荒事の現場であんな無茶をするとは」
「俺には囮になるくらいしか出来ないからな。今回は荒崎さんの家の力を借りれて助かったよ」
「何を言う。お前の力なら……」
『単騎で訳なく制圧できただろ』と言いかけた虎嶺に対し、俺は無言のジェスチャーで口の前に人差し指を立てて箝口令を敷き、隣に居た荒崎さんは虎嶺の口を物理的に塞ぎにかかる。
──まったく、何のために小芝居を打ってると思ってんだか。
「橘君。観音崎君も無事で何よりです」
「お、カモちゃん⁉ よく、この場所が分かったねー」
急に背後から声を掛けてくるカモちゃんに驚愕する俺。
普段、気を抜いている学園内でならともかく、ミッション終了直後の、まだ先頭モードの余韻が残っていてセンサーがビンビンな状態なのに、マジで声を掛けられるまで気付かなかった。
「普通に、橘君たちの後を着いて来ただけですが?」
「え、俺と渚橋さんに?」
人質だった晴飛を抱えているとは言え、俺達はパルクールよろしく、訓練し尽くされた特殊部隊員たる動きで現場を離脱していたのに、それに生身で追いついたっていうのか?
恐るべしカモちゃん。
「自身を囮にしつつも、最後のゴールは自身で決めるエゴイストぶり。これこそが私に足りない事なんだと思い知らされました」
「そうだね。誰しも自分の人生の主役は自分なんだって事をカモちゃんには分かってほしかったんだ」
献身的なお姉ちゃんで学級委員なカモちゃんに足りなかったのは、周りばかり見てパスを出すだけでなく、自分でゴールを決める勇気だ。
その精神さえあれば、彼女はきっと今後、他人にいいように振り回されたり、そのせいで世界を憎んで闇堕ちする事もないだろう。
「んー! んー!」
それにしてもカモちゃんは、荒事のシーンでも意外と肝が据わってるな。
そして、俺にすら気配に気付かせないストーキング能力の高さ。
これは、ひょっとしたら渚橋さんの見習いにでも就けて鍛えれば大化けするかも……。
「んー! んー! んー‼」
「……ん? お、悪い晴飛。今、目隠しとか外すな」
ランデブーポイントに到着したら、渚橋さんがぶっ倒れたり、荒崎さんや虎嶺の出迎えがあったりして、つい肝心の晴飛の事をおざなりにしてしまっていた。
いかんいかんと、目や口を塞いでいたダクトテープや拘束されていた手足の縄を外す
「ぷはっ! ありがとう知己くん……。目隠しもされてて、状況がよく分からなかったけど、知己くんが助けてくれたんだよね?」
「ああ。荒崎さんと、ついでに虎嶺の家の手勢の皆さんに協力してもらってな。俺は囮役で現場にいただけだ」
そう言いつつ、俺は荒崎さんと虎嶺に目配せをすると、2人は何も言わずに曖昧に笑った。
晴飛には、俺が影のエージェントである事を明かせないからな。
とは言え、誘拐された晴飛の奪還を早期解決するためには武力の行使は不可欠なので、荒崎さんや渚橋さん達を頼り隠れ蓑になってもらった訳だ。
これなら、荒崎家側の私設武装組織の力を借りたという体にすれば、上手く正体を明かさなくて済むという寸法だ。
持つべきは、我が家から脅迫されている名家の豚さん達である。
「そうだったんだね。でも、目は塞がれてて見えなかったけど、ちゃんと橘君の声だって直ぐに分かったよ」
「そうだったか」
となると、やはり先ほどの晴飛奪還作戦では、冒頭に賊に俺を注目させる言葉以外は、事前に決めた電子シグナル等で、戦闘上の情報伝達をしたのは正しかったな。
冒頭の言葉だけなら、囮役を買って出ただけだと、何とか誤魔化しが効くし。
──って、そんな事より晴飛には可及的速やかに対応しなくてはならない事があった。
「よし、じゃあ晴飛。今晩も俺の家に行くぞ」
「ふぇ⁉ な、なんで……」
突然の俺からの提案に、晴飛が素っ頓狂な声を上げる。
「それは、あれだ。ちゃんと晴飛が無事かボディチェックしないとだから」
このボディチェック云々は無論、単なる建前だ。
これは主人公様である晴飛の尊厳の問題だ。
ずばり、高校生なのに主人公様がシーシーを漏らしてしまった問題!
前世で、もし高校生にもなってシーシーを漏らしたら、おそらくその後の高校3年間は灰色どころか漆黒の闇に染まるだろう。
他の男子生徒からはもちろん、女子生徒からも『アイツとは絶対にないわ~』とノーチャンス扱いにカテゴライズされ、青春の息の根が止まる。
だが、そこはこの男には甘いハニ学の世界。
優しくヒロインからヨシヨシされ、汚れてしまったズボンやパンツを手洗いしてもらえるのだ。
この誘拐イベントで主人公がシーシーを漏らしちゃうシーンは、何と全ルートで発生する共通イベントなのだ。
この男主人公が漏らしてしまうというイベントについては、前世でも『誰が得をするんだ……』と物議をかもした。
だが、ゲーム公式側はこのシーシーシーンに対し、『貞操逆転世界での女性が抱く性欲と倒錯した母性、その母性に身をゆだねる事で、プレイヤーに異世界に迷い込んだ事をより強く実感させるために避けては通れないイベントなのです!』とプレス発表した。
面倒くさい言い回しだが、要はただ脚本担当が性癖を熱弁しているだけである。
ちなみに、いの一番に洗うのに立候補してくれるのが、その時点での一番好感度が高いヒロインになる。
とはいえ、晴飛はどのヒロインの攻略も始めていないから、悲しいかな洗ってくれるヒロインは居ない。
ただ、思春期の主人公様に親御さんに濡れたパンツを出させるという恥辱は、別の意味で青春の息の根が止まるからな。
晴飛への誘い文句にはボディチェックという表現をしたが、要は俺の家で汚れた下着たちを洗えというお誘いだ。
幸いにも、服は俺が貸したのだし、パンツは俺の家の在庫を使えばいい。
絶賛ピンチ中の晴飛なら、俺の裏の意図をきちんと読み取ってくれるはずだ。
「う、うん。じゃあ、また今晩も知己くんの家にお世話になろうかな」
「おう」
よしよし。
ちゃんとこちらの意図が伝わって。
「ボディチェックって事はさ……。一緒にお風呂に入らないとだね」
──ん? これ、意図……伝わってるか?
「いや、晴飛。別に風呂は」
「ボクは知己くんと一緒にお風呂入りたい……」
こちらを真っすぐ見つめるその顔は、何かを覚悟しているかのようだった。
『貞操逆転学園で男友達が近すぎる2』 発売中です。
良しなに。




