第22話 図らずも本格的な逃避行
「しかし、みんな見事なまでに観覧車に乗り込んだんだな」
「フフッ。そこは、あえて誘導したんです。ウサ公には、敢えて後続が乗るのを半周程度は防ぎなさいと指示してましたから。人は、立ちはだかる門番がいたら、それを突破の報酬として、無意識にその先に足を踏み入れたくなるものですから」
おお、策士だな多々良浜さんはと思いつつ、ボロ雑巾のようになって地面に横たわっているウサ公ことエッちゃん先生を見下ろす。
どうやら地上では結構なバトルが繰り広げられていたようで、エッちゃん先生の意識は無く、園内にいる子供に枝でツンツンされている。
勤務初日で着ぐるみをボロボロにしたので、多分、エッちゃん先生はクビになるだろう。
「あと、絵里奈ちゃんもこっそり手伝ってくれたんです。さりげなく、皆が観覧車に乗れるように誘導してくれたんだと思います」
「ああ、なるほど三戸さんが」
三戸さんと多々良浜さんは中学からの仲良しだもんな。
その2人が協力体制を組むのは分かるんだが。
「それにしても、なんでエッちゃん先生は、こんな必死になって多々良浜さんのために殿を務めたんだろう?」
「そこは、エッちゃん先生の名誉に関わるので、そっとしておきましょう。じゃあ橘君、もうしばらく、私と2人で逃避行、してくれますか?」
「ああ。捕まったら2人で一緒に謝ろう」
そう笑い合ってって、俺は多々良浜さんの差し出す手を取り、園内を歩き出そうとしたその時。
「「あ……」」
多々良浜さんが突如として石像のように固まってしまう。
対面の女性も、まるで鏡写しのようにこちらを見て固まっていた。
「?……あ、誰かと思ったら一色生徒会長じゃないですか」
ハニ学では伝統的に、生徒会長は白銀詰襟のズボンタイプの制服を着用している。
いわば男装しているような物なので、今、目の前にいる白のワンピースを着ている長身の銀髪ショート髪の美人さんと、学校での一色会長が直ぐには結び付かなかった。
「や……やぁ。橘君」
ひどくバツが悪そうな顔で、一色会長が挨拶してくる。
さては、女の子っぽい私服姿を見られて恥ずかしいのかな?
可愛い所あるじゃん、この生徒会長めと考えていると。
「姉……さん……」
「え?」
未だ再起動できぬ多々良浜さんがしぼりだした言葉は、予想外なものだった。
姉……多々良浜さんと一色会長が⁉
そんな裏設定がこの2人に⁉
ゲームの場合は1組の晴飛視点からなのだが、多々良浜さんと一色会長がセットになっている印象がない。
ゲーム内で小イベントどころか会話すらしていた印象がない。
じゃあ一色会長が、多々良浜さんがクラス宿泊合宿の時にこぼしていた優秀な腹違いの姉。
という事は……。
「玲奈。どうしたんだい?」
一色会長の後方から、シャツにスプリングジャケットを羽織ったイケオジが声を掛けて来た。
──この人、多々良浜さんのお父さんだ。
そう、他人の俺が直感的に直ぐに分かるほど、その男性の目元が多々良浜さんによく似ていた。
そして、ロマンスグレーではなく、まだらに混じる黒髪が一本もない事からうかがえる、生まれた時から持ち合わせているであろう銀色の髪も。
多々良浜さんと一色会長が姉妹であることの証明のような存在だった。
「ん? 男の子が」
一色会長に追いついた父親が、まず俺の方を見やる。
そして、目の前の男性は一切の邪気なく、こう言い放った。
「この子たちは、玲奈の学校の後輩の子達かい?」
「──っ‼」
声にならない苦悶を漏らした多々良浜さんは、弾かれるように一色会長たちから目を逸らして駆け出してしまう。
「多々良浜さん⁉ 待って!」
ひょっとして感動の親子対面となるかと思っていた矢先だったので、反応が一瞬遅れた俺は、一色会長たちに挨拶もせずに走り出した。
◇◇◇◆◇◇◇
「多々良浜さん。行き止まりだから、そろそろ止まろうか」
そう背中から呼びかけると、多々良浜さんは立ち止まり、乱れた呼吸で肩を上下させる。
もはや遊園地の別エリアである、夏のシーズンにしか開いていないプールエリアの閉鎖された入口ゲート前で、多々良浜さんはようやく止まった。
まったく……。
可愛い私服姿でよくもまあ、こんなに走ったもんだ。
「ハァ……ハァ……」
「ちょっと、そこのベンチに座ろう」
まだ開園していないプールエリアのため、ゴールデンウイークの遊園地にとっての書き入れ時でも、周りには他のお客さんの姿は見えない。
まずは落ち着けようと、俺は多々良浜さんの肩を抱いてベンチに腰掛けた。
「図らずも本格的な逃避行になっちゃったね」
観覧車から降りた時には、みんなからの追及を逃れるために逃避行をと多々良浜さんが半ば冗談の雰囲気で提案してきていたが、まさかこんなガチで走る事になるなんて思わなかったな。
「落ち着いたら、皆に連絡しよう。そろそろ帰る時間だしね」
「……何も聞いてくれないんですね」
──ああ……。この場合は聞いてあげる方が優しさだったか。でもな……。
「正直、何も言いたくないんだよね。俺が口を開いたら、多々良浜さんのお父さんの悪口しか出てこなさそうでさ」
「…………優しいんですね」
「これでも、俺も親子関係には悩んでる口だから」
親子という、社会における最小で最深の人間関係というのは、おいそれと他人が踏み込めない領域だ。
前世の俺は世間的には、別に良くも悪くもない親だったと思うが、それでも思春期の頃は思い悩んだりしたこともあった。
そして、本来の橘知己と母親との親子関係は、はっきり言って異常だ。
前世の物差しで見ても、この男女比1:99の世界の物差しで見ても、なぜこんな関係になってしまっているのかと、首を傾げるほかない。
「……先ほどの様子から、既に橘君も勘付いたかと思いますが、私の腹違いの姉は、ハニ学の生徒会長の一色玲奈です。今までは学内で会っても素知らぬふりをしていましたが」
「うん」
「クラス宿泊合宿で、橘君に話を聞いてもらったことを憶えていますか? 私の父は、主に一色家に身を寄せていて、私は今の今まで父親に会った事がありませんでした。私が知っている父の姿は、母が若い時分に一緒に写真に写っている父の姿だけです」
「うん」
「会うのはお互いが、さっきが初めてでした。物心ついた頃から幾度も夢に見て来た、父と出会うシーンでした。でも……」
一度、言葉を切る多々良浜さん。
「父は……娘の私に、気付いてくれませんでした……」
止めようにも溢れ出てしまう悲しみが、大きな瞳から大粒の涙として零れ落ちる。
「中々……テレビドラマのようには行きませんね……。一目会えば、娘の私に気付いて貰えるって思ってたんですけど……。私に気付くどころか、父の視界にすら入っていなかった」
「それは…………」
『成長した今の多々良浜さんに気付かなかっただけだよ』と言いかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。
現在の多々良浜さんの姿を知らないという事は、近況の写真すら、あの父親は見ていないという事とイコールだ。
そんなの、今の多々良浜さんには慰めになるどころか、やはり父親は自分に興味何て無かったんだと、更なる追い打ちとなってしまう。
さっきは、自分も親子関係には問題を抱えてますみたいな訳知り顔をしていたが、先ほどの己の顔をひっ叩いてやりたい。
俺は、母さんの息子に対する態度に不満を持っているが、父親から認識すらされていない多々良浜さんからしたら、持つ者が持たざる者へ贈る言葉にしかならない。
そんな相手を傷つけるチクチク言葉ですら、俺が男であるというだけで、多々良浜さんは心の中で泣きながら笑って受け取るだろう。
そんなのはダメだ。
今の俺に出来る事は……。
「泣きな多々良浜さん。ここなら、誰もいないから」
泣き顔を覆い隠すように、俺は彼女を抱きしめた。
「橘……くん……」
「今はこんな事しかできないけど……。でも、いつか多々良浜さん今日の日の事を思い出として笑って話せる日が来るように、俺、頑張るから……」
中身アラサーで、何やら裏の稼業持ちの家という力があっても、所詮今の俺は高校生のガキンチョだ。
でも、そこで諦めるんじゃなくて、未来の自分に期待して全力で安請け合いをする。
これが、今の俺に出来る精一杯だ。
「う……うぇ……うわぁぁぁぁぁああああん!」
家族連れがごった返す遊園地の、誰も居ない一画に、少女の哀哭が響いた。
俺に出来る事は、その震える身体を受け止めてやる事だけだった。
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良しなに。




