第17話 貴方は橘君の事が好きですか?
◇◆◇【多々良浜みな実──視点】
「では参りましょうか観音崎君。心もとないかもしれませんが、私が護衛を務めさせていただきます。名前は」
「多々良浜みな実さんだよね。よろしく」
「はい」
観音崎君の柔和な笑顔に迎えられた後、私は護衛らしく観音崎君の一歩前辺りを歩き始める。
お化け屋敷に行くと聞いて、少しイヤそうな表情を浮かべていた観音崎君ですが、いざ足を踏み入れた後は意外なほどに落ち着いている。
──部外者の……。いや、女の人の前では隙を見せないという感じですね。
本来、男の子はこういう場面では余裕の無さを取り繕うために、護衛の子を怒鳴り散らしたりして恐怖を緩和させたりするものだと聞きますが、彼はそれを理性で押さえつけている様子です。
自制心が効いていて、女の子にもきちんと優しく接することが出来るショタ系の男の子なんてそれこそ少女マンガからレディコミまで幅広い年代の女子が憧れる、ドストライクの男子の理想形だ。
だが、自然と今の私の精神は奇妙な均衡を保っていた。
目の前に極上の男の子が居るのに、きちんと平静を保ち、周りがよく見えていて気づかいをする精神的な余裕すらある。
これは、本来、脳内がピンク色で埋め尽くされている女子高生には考えられない事です。
ちょっと男の子に話しかけられただけでも、直ぐに好きになっちゃうのが女子高生。
なのに、2組の……いえ、私も、観音崎君に対しては男子であると多少は色めき立ちはしますが、でも直ぐにクールな状態に戻る。
──ああ……。やはり私が求めているのはどこまでも……。
「ゴメンね多々良浜さん。ボクじゃなくて、本当は知己くんと一緒に回りたかったでしょ?」
「え⁉」
まるで、私の心のを見透かしたかのような観音崎君の言葉に、私は思わず絶句してしまう。
「ううん、多々良浜さんだけじゃない。2組の女の子たちがボクを見る目は、どこか他の……例えば1組の女の子とは違う」
「す……すいません……」
私は最初、観音崎君の気分を害してしまったかと思い、即座に頭を下げた。
相手は1学年の筆頭男子。
2組の私ごとき、彼の胸先三寸でいか様にも処罰されかねない。
「ああ、違うんだ。誤解させちゃってゴメンね。おかげでとても居心地が良いって意味なんだ」
「はぁ……」
「ボクの事をそこまで男として見てこない所が新鮮でさ。やっぱり2組のみんなは知己くんの事が大好きなんだね」
「は……はい。観音崎君を目の前にして大変に不敬かもしれませんが、私たちは橘君の事を心の底から慕っています。他の人には替えられません」
観音崎君の問いかけに、私は正直な気持ちを吐露した。
ハニ学の女子生徒はより良い上位の男子を得るためにその刃を研ぎます。
先ほどの私の発言は、向上心の無い敗北主義者とも受け取られかねません。
そんな発言を、ハニ学内でトップに居る位置にいる男の子の観音崎君に向かってするのは、観音崎君の価値を否定しているとも言えました。
でも、私たち2組の女子にとっては橘君が宝物である事はウソ偽りのない事実です。
「ふふっ。分かるよ、その気持ち」
そんな私の内心の危惧に対し、観音崎君は天使の笑顔で応えた。
「知己くんは、アレでちゃんと人を見ているし、女の子に対しては何やかんや誠実だよね。時々、調子に乗り過ぎて失敗するけど」
「はい。橘君は私たちに突拍子もない事を言いだしたりして、私たちを驚かせたり喜ばせたりしてくれます。時々、調子に乗り過ぎて失敗しますけど」
「ふふっ。時々デリカシーが無い時もあるしね。あと女の子やエッチな事に興味津々だし」
「さっき久留和さんを半ば無理やりお化け屋敷に誘ったのも、暗闇でどさくさ紛れで、身体接触がしたいからだって顔に書いてありました」
「そうそう。知己くんって結構分かりやすいんだよね。そこが可愛いんだけど」
「はい、そうですね。分かりやすくて、裏表のない人です」
──なんでしょう、この感じ……。
まるで女友達と、好きな人の事を語り合っているかのような、心地よい共感を覚えます。
私自身、橘君と出会ったのはハニ学に入学してからなので、接した期間は1カ月程度。
観音崎君も、橘君と友人になったのはハニ学入学後だったと聞きます。
──接した時間や密度がちょうど一緒だからこその共感性の高さなのでしょうか……。でも、これはどちらかというと……。
「あの……一つ質問させてください観音崎君。貴方は橘君の事が好きですか?」
「…………」
私の直球の質問に、思わず歩を止める観音崎君。
傍らに『ア゛ア゛ア゛ア゛』と、おどろおどろしい顔をした女生徒の幽霊を演じるキャストさんが迫真の呻き声を上げますが、私も観音崎君も微動だにしません。
ノーリアクションの我々に対し、キャストさんの声はどんどん尻すぼみになってしまいます。
──そてにしても、我ながら中途半端な質問ですね。
中途半端な理由は、この質問にはたくさんの逃げ道が用意されているから。
「うん。ボクは知己くんの事が好きだよ」
それを察していてか、観音崎君も、私の質問に当初は驚きの表情を見せましたが、直ぐに毅然と真っすぐに私の目を見て答える。
それは一見して誠実に答えてくれているように見えます。
ただ、この場合の好きには色んな解釈が乗ります。
友達として好きなのか、人として好感が持てるという意味での好きなのか、それとも……。
その真意を問いただすことは許さないという意志が、観音崎君の真っすぐにこちらを見据える目からハッキリと見えます。
逃げ道の多い質問だというのは、こういう意味です。
そして私もまた、決定的な答えを聞いてしまう覚悟はありません。
その事まで見透かした上で、観音崎君は私の質問に答えてくれたのです。
わざと、ひどく朧気にして。
──でも、そうする事自体が真意の答えなんですよね……。
「先に進もうか」
「はい」
お化け屋敷の暗闇に立ち尽くす2人は、その後、無言でゴールまで辿り着く。
どんな呪いや霊よりも、私は怖い物を見た気がした。
けど……。
「私も負けるわけにはいかないんですよ」
そう独り言を溢した後、お化け屋敷の出口から光が差す場所で、私は観音崎君にバレないようにスマホを取り出した。
多々良浜さん攻める。
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