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女神教と悪魔教ー1

 『女神教』とは何か。今から110年前に天から舞い降りた聖なる存在である女神、彼女を祀る宗教である。悪魔と戦う力を人に授け、人々を正しき道へと導き、魔王と戦い、そして敗北してしまった彼女を祀り、再誕を願うのが『女神教』だ。多くのものが所属する、世界で最も信仰されている宗教だろう。

 対して『悪魔教』は女神を倒した魔王、つまりは魔王アトライアスを信奉する宗教である。数ある魔王の中でも強大な力を持ちながら、人間を奴隷としなかった聡明な王。“彼がいなければ、人間の文明は疾うに滅んでいた”というのを謳い文句に拡大している新興勢力である。

 この世界では『女神教』が一般的な宗教とされているため、対立する『悪魔教』は異教徒、異端者と呼ばれている。

 一通り、話を聞いてその内容に驚くシュヴェリア。『女神教』のことはまあいい。予想の範囲だ。だが、ごく少数だとはいえ、魔王を信仰してる人間がいるとは思わなかった。

(人間など、表面的な物事しか見ていない生き物だと思ったのだが、まさか、自分たちのおかれた状況を正確に認識し、身の丈をわきまえている者がいるとは……)

 少しうれしくなり、機嫌をよくするシュヴェリア。メルも同じ様な心境だったのだろう。『悪魔教』の話を聞いたときは目を丸くしていた。

「まあ、大体こんな感じですかね、誰か付け足す事があれば――」

 シルビアは説明を終えると、そういって周囲を見渡した。

「ないかな、十分な説明だったと思うよ」

 カルナが総括して返事を返す。

「魔王アトライアスを信仰する宗教、そんなものがあるなんて……」

 珍しく深刻な表情でシルビアの説明を受け止めるメル。いろいろと思うところがあるようだ。

(なるほど、私が『悪魔教』の信奉者と言われる理由は解った。これはしかし、どうするべきか――)

 考え込むシュヴェリア。今後のことを考えると、『悪魔教』を信奉していると大手を降っていうのは憚られる。目立ちたくはないが、すでにシュヴェリアは周囲の目を引く存在だ。これから国の根幹をひっくり返そうとしている組織の中心にいる人間が異教徒では示しがつかないだろう。ただ、シュヴェリア的には『悪魔教』の信者と名乗ったほうが動きやすい。

 どうしたものかと考えていると――

「なるほどわかりました。それで、シュヴェリアさんは『悪魔教』なんですか?」

 メルが面と向かって聞いてきた。

 「お前――!!」シュヴェリアが全身の毛を逆立てて心の中で威嚇する。

 静まり返る室内。多分、先日の翁姫戦で発したセリフで誰もが気にしていて、聞けなかった事だったのだろう。誰もが、シュヴェリアの発言に意識をむけていた。

「は……? シュヴェリア殿が……『悪魔教』? 何を言って……」

 あの時、目の前の翁姫に意識が向いていてシュヴェリアの話を聞いていなかったのだろう。御琴が素っ頓狂な声を上げた。

「聞いていなかったんですか? この人、翁姫を前に、“魔王がいるから今の安寧がある”っていったんですよ?」

「な!?」

 驚きの声を上げる御琴、本当に聞いていなかったらしい。カタカタと身を震わせる御琴。これはよくない展開だと思いながらも流れに身をまかせるしかない。

 「メルめ、さっきのたらふく食わせる件はなしだ!」と思いながら、御琴の次の言葉を待つシュヴェリア。

「本気で、いっておられるのか、シュヴェリア殿!」

 案の定、室内に御琴の叫びが響いた。「巫女様、落ち着いてください」とシルビアが声をかけたが、無駄なことだろう。立ち上がって叫ぶ御琴に対抗するようにシュヴェリアも立ち上がる。

「無論だ、魔王がいなければ、今の人間界は存在しない」

 シュヴェリアの言葉にこぶしを握る御琴。

「それはそうだ、奴がいなければ、この世界は平和だった」

 なんと短絡的な、シュヴェリアは息をつくと頭を抱えながら次の言葉を紡ぐ。

「ああ、そうだな、魔王がいなければこの世界から戦争は消えていただろう。何せ、人間から文明というものが消えているのだからな」

「何!?」

「お前たちは知らないだけだ、魔王は奴だけではない他に、何百といる。そしてその魔王たちは地上を魔界の牧場にしようとしている。人間は負けた時にその辺の家畜と同じように悪魔に飼われる家畜となるはずだった。それを魔王、アトライアスが止めた」

「それは、『悪魔教』の戯言たわごとだろう」

 御琴の言葉に溜息をつくシュヴェリア。

「お前たちはいつもそうだな、自分に都合の悪いことは初めから聞く耳を持たず、調べようともしない。それが事実であろうとな」

「なんだと!?」

「では、聞こう、何故30もの魔将を有するアトライアスがお前たち人間にこんな自由を与えている? お前のいうような残虐非道な王ならばもっと好き勝手してもいいだろう?」

「それは、そんな勝手をして人間に反旗を翻されるとまずいから――」

 口ごもる御琴、シュヴェリアはそれを笑い飛ばす。

「は、は、笑わせる。歴代最強に並ぶという巴を七将程度に殺されておいて、よく言うな!」

「!!」

「シュヴェリアさん!!」

 クレハが止めるより早く、シルビアがシュヴェリアを止める。「これは失礼」とわざとらしく謝罪するシュヴェリア。

「はっきり言う、人間など、魔王の前ではゴミくず同然だ。かの勇者アルビオも、魔王の前には手も足も出なかった。魔王に届く剣は人間界には存在しない。正直、この間の戦いだって、翁姫が本気になれば全滅していただろう」

「くっ……」

「それに、魔界の人間界への進行がなかったとしてもこの世界は平和とはほど遠かったはずだ。こんな環境でも、同族同士で争い、利益を貪りあう生き物に、平和など来るはずがない」

 一通りいいたいことを言って、すっきりしたが、少しエキサイトしすぎた。人間にたまっている鬱憤をここですべて出し切ってしまったようだ。

 少し、いいすぎたか? シュヴェリアが考えていると、目じりに涙を浮かべながら、御琴が聞いてきた。

「では、全てがその通りだったとして、魔王のもとに下れば、私たちは平和に暮らせるのか?」

 問われたシュヴェリアは御琴の目を見ると、フードを外し、いう。

「魔王の名のもとに、私が保障しよう。真に配下となるのならば、繁栄を約束する」

 その言葉はどこか神々しさに満ちていた。

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