翁姫ー2
「マジですか、マジなんですか!?」
動揺するメルが右往左往していた。
「クッ、まさかこんな戦法で来るとは――」
盾を前に出し、杖を握りしめるシルビア。隣でカルナが構えていた。
「こ、こんなことって~」
「シュヴェリアさん……」
ステラとクレハが気絶した御琴を抱えて悲壮感ただよう声を出す。
「さぁ、シュヴェリアの力を示そうではないか」
翁姫が愉快そうに笑っていた。
「さて、では誰から相手にしようかの~」
翁姫が扇子でそれぞれを指し、品定めをする。
息を呑む一同。しばし、扇子が泳いで――
「フム、やはり、あれにしよう、一番強そうじゃ」
シルビアを指す。構えるシルビア。
「シュヴェリア頼むぞい」
「解った――」
シュヴェリアは駆けだすふりをして――
ゴツン
「あ、いたー!!」
刃の側面で翁姫の頭を殴打する。
え? 全員が言葉を失った。
「痛い~ こやつ、本気で殴りよった~」
後頭部を押さえ転がる翁姫。申し訳ないほどに痛そうだった。
「すまない、そんなに痛がるとは……少しは加減した方がよかったか?」
「当り前じゃ!! 殺す気か!!」
後頭部を押さえながら本気で怒鳴る翁姫。しかし、しばらくして――
「……お主、正気なのか?」
「……ああ」
「……」
「……」
「なんでじゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
錯乱したように叫ぶ翁姫。
逆にその様子に仲間たちは活気を取り戻す。
「何か、様子がおかしいね~」
「およ? シュヴェリアさん、もしかして大丈夫系?」
「三魔将の方の方が驚いていますが――」
どうやらシュヴェリアは無事らしいと解り緊張の糸が切れたのか、どこかコミカルな空気が流れ始める。
「ええ~い!! ならば、もう一度かけるのみじゃ、惑わしの光を受けるがよい!」
再び、翁姫が怪しい光を放つ。見ないよう視線を逸らす仲間たちと、真っ向から光を受けるシュヴェリア。
「ふははは、これならどうじゃ」
「…………」
沈黙を返す、シュヴェリアに今度は大丈夫と鼻を鳴らす翁姫。
「フム、良いようじゃな、それでは行くのだ、シュヴェリアよ!」
「ああ」
――ゴツン
再び後頭部を殴られ、前のめりに倒れ込む翁姫。
「何なんじゃぁぁぁぁぁ、お主ぃぃぃぃぃ」
後頭部の痛みよりも術が効かない方がショックだったらしい。痛みを忘れて涙目で叫ぶ翁姫。
「あ、いや、私には100パーセントの魅了耐性があってだな……」
「何じゃ、それはぁ!! 100パーセントの魅了耐性? 何でそんなもん人間が持っとるんじゃぁ!!」
あり得んじゃろ、お前!! 全くその通りの意見に反論できないシュヴェリア。すると、翁姫はいじけてしまった。
「うう、わらわ、魔界では『誘惑の姫』などと呼ばれておるのじゃぞ、それが人間1人魅了出来んなどと知れたら……」
わらわ、どうすればいいんじゃ…… 雨の中、自分の所為で落ち込んでしまった部下を見るのは上司として中々に辛いものがあった。ので、仕方なく、手の内を晒すことにした。
「あ、いや、これはお前が悪いわけではない。私が持つレアアイテムにそういう効果のあるものがあるのだ。ほら、ポイズンリングで毒の効果を下げることが出来るだろう? あれと同じだ」
「…………」
沈黙する翁姫、しばらくして――
「……今の話、どこかで聞いたのう、あれは何処だったか、えーと、え~と」
落ち込んだと思ったら、今度は考え込み始める翁姫。敵の前で無防備すぎるとは思ったが、今目の前にいる相手はシュヴェリアを含み、彼女にとって敵ではない――弱すぎる――のだから仕方がないのかと思い直す。
「思い出した!!」
そう言って手を叩いた翁姫、何やら興奮気味に、シュヴェリアの方を振り返る。
「陛下じゃ、陛下。陛下がいっておられたのじゃ」
嬉しそうに振り返った翁姫は何故か、距離を詰めて来た。
「お主、その装備がなければわらわの魅了を防げんのじゃな!」
「あ、ああ、そうだが……」
答えながらなんだか冷たい視線を感じてそちらに目をやる。クレハとステラが冷たい視線をこちらに向けていた。勘違いもいいところだ。
「ふふ、そうか、そうなのか~」
何故かご機嫌な翁姫は嬉しそうに背中を向けて笑っていた。
「つまり、陛下も、その装備を外している時なら、わらわの魅了が有効ということじゃ!!」
「……は?」
「勿論、お主の装備と、陛下の装備は違うじゃろう、なんといっても陛下の装備じゃからな。しかーし、陛下とて、四六時中その装備を付けているわけではあるまい。例えば、風呂場とか!!」
「……おい」
なんだか嫌な予感がして止めに入るシュヴェリア。しかし、翁姫はもう止まらない。
「御背中お流しします~ と強引に入浴時の陛下を奇襲して魅了してしまえば、陛下も男、あとは―― ぐへ、ぐへへ」
よだれを垂らし、耳まで真っ赤にして笑う翁姫の後ろ姿に、シュヴェリアは恐ろしいものを感じた。何を考えているのだお前は――!! 声を大にして言いたかった。
「いや~ よい事を聞いた、よくやったな、シュヴェリアよ。褒美に、今日のことはなかったことにしてやろう」
笑いながら扇子を御琴に向ける。
「もう、反抗する者もいないじゃろうしな」
翁姫の笑みに身体をこわばらせる仲間たち。だが、翁姫の言う通り、誰も異議を上げるものは居なかった。
「フム、そういえばお主――」
「む!」
扇子を口元に当ててこちらを見つめる翁姫にシュヴェリアは身体を震わせる。――バレたか?
「……いや、何でもない。――ではなシュヴェリア」
もはや差す意味があるのか解らない傘を差しなおすと、翁姫は空中に浮遊する。
「ああ、念のためいっておくが、あの黒龍は我々が回収する。死にたくなくば手を出さぬ方が賢明じゃぞ」
いうと、翁姫は転移魔法を使って、その場から消え去った。
「た、助かった~」
ステラが息を吐くと、全員その場に倒れる様に座り込んでしまう。
「――って呑気に、座ってる場合じゃないですよ、あいつら、黒龍を回収しに来るんでしょう! 急いで、ここから離れないと!!」
「そうはいうけどさ、メル君も足竦んでない?」
「――う……」
カルナの意見に、珍しく言いよどむメル。
仕方ない、今回は相手が悪かった。身体も、精神も疲労MAXだろう。
「あ――疲れた」
そういうと、なんだか倒れたくなってしまい、後ろに倒れ込む。
「シュヴェリアさん!!」
思ってもいなかった事態に、クレハが飛んでくるが――
「はは、久しぶりだな、こんな気分になったのは」
シュヴェリアの意識がしっかりしているのを確認して息を吐く。
(本当にいつぶりだろう。こんな疲労感と、安堵感を得たのは――)
他人に誇れる形ではないだろう、しかし、この瞬間、シュヴェリアは命の懸かった戦いに勝利した優越感を確かに抱いていた。




