翁姫ー1
「さ――」
静寂が支配する中、クレハの声が響く
「3魔……」
「サンマ? サンマがどうかしたかえ?」
いや、その……
翁姫のノリの良さにクレハは戸惑っているようだった。
「3魔将……この間のシュロウガより上の悪魔……」
「おお、そうじゃぞ、エルフの、正確には上官の上官じゃがな」
楽し気に話す翁姫。よく知らないクレハたちからすれば恐怖でしかないだろう。しかし、シュヴェリアは知っている。彼女は他者をからかうことが何より好きだということを。おおよそ彼女はここに居るメンバーをからかいたくて仕方ないのだろう。勿論、シュヴェリアは例外だろうが。
「さて、まあそこのエルフのが教えてくれたことでハッキリしたの、お前さんが黒き英雄か?」
「……そうだ」
沈黙しても、誤魔化しても無駄だろう。シュヴェリアは正直に、自分の正体を話した。
「1つ訂正するならシュロウガにも話したが、私はシュヴェリアだ」
「ほほう、いうではないか?」
翁姫が面白そうなものを見る目でシュヴェリアのことを値踏みする。
いつまでも守りに入っていては埒が明かない。というか、性に合わない。
シュヴェリアは思い切って、強気に責めてみることにする。
「なんだ? 私は魔王軍からマークされているのか? 気を利かせてシュロウガを生かして帰したというのに」
ピクリ、翁姫の眉が動いた。扇子を取り出し、口元を隠す翁姫。
――本気になった合図だ。
「ほう、人間ごときがシュロウガ相手に手を抜く余裕があったと?」
「そうはいわん、奴は強かった。一歩間違えば、こちらが死んでいただろうし、殺していただろう。ただ、幸いにも互いに死ぬことなく勝利することが出来た。そこで殺さなかったのはそちらに対する敬意の現れではないか?」
シュヴェリアの問いに翁姫は奥歯を噛み締める。
「なるほど、わらわたちと事を構えるつもりはない、と?」
「無論だ、魔王がいるから今の安寧がある。我々が生きていられるのは魔王のおかげだろう?」
「「!?」」
クレハと、ステラが苦い顔をした。だが、これがシュヴェリア――アトライアスの本音だ。
「フム、シュヴェリアさんは悪魔教の信奉者何ですね、これは意外でした」
シルビアが悩む様な仕草でそんなことをいっていたが、良く解らないのでスルーした。
「……お主、本気でいっておるのか?」
「無論、ゆえに私はお前たちと戦わないと決めている。シュロウガの時は話し合う気がなさそうだったから応戦したまでだ」
「フム――」
翁姫は口元に扇子を当てたままシュヴェリアとその一団の様子を確認する。
「……わらわの役目はあのドラゴンを断つこと、お前たちには合わんかったこととしよう」
扇子を閉じ、袂にしまうと踵を返し、歩き始める。
ふう―― 翁姫の選択に、シュヴェリアを含む6人が胸を撫で下ろした。
「刃技――両断」
故に反応が遅れた。シュヴェリアの脇を抜け、駆けていく御琴。翁姫の背後に八方之御珠が迫る。
「!? 翁姫!!」
背を向けたまま傘で八方之御珠を止めた翁姫。シュヴェリアは胸を撫で下ろした。
「今の一言でお主のつまらん策でないことは解った、が」
振り返る翁姫。
「どうやら、この小童だけは殺していかんといかんようだな」
その目は殺意に満ちていた。
「御琴、何をしている、刀を下げろ!!」
下手に近づいて、翁姫を刺激せぬよう、その場で諭すシュヴェリア。しかし、御琴は引く気が無いらしい。刀を握りしめ、更に力をかける。
「だー 何してるんですか! 馬鹿何ですか!!
せっかく見逃してくれるって言ってるのにぃぃぃぃぃぃ!!」
翁姫の帰る発言で、すっかり元気を取り戻していたメルが鬼のように怒っていた。
「御琴ちゃん!」
クレハの声さえ届かないらしい。御琴は目の色を変えて、翁姫に迫る。
「フン、八方之御珠ならわらわを斬れるとでも思ったか? 残念だがあのクラスの黒龍を斬るのがやっとの奴ではわらわを斬るには程遠いぞ?」
「黙れ、魔将も、魔王もそれがしが斬る!!」
ピク、翁姫の眉が動いたのが見えた。――不味い。
「今なんというた、小童? 陛下を斬ると、そういうたのか!?」
潜んでいた翁姫の魔力が溢れ出す。
「な、何?」
「あ、足が――」
「この圧、酔いそうだよ……」
「すごいですね……これが3魔将――」
「あの馬鹿ぁ――」
翁姫の膨大な魔力圧に皆が悲鳴を上げていた。一番、その影響を受けているであろう御琴も流石に驚いていたようだった。だが――
「それがしは負けぬ、巴様の敵を討つまでは、負けられぬのだ!!」
決して折れぬ御琴、刀を握りしめ振りかぶる。
「効かんというておるだろう!!」
翁姫は振られた八方之御珠を左手に持った傘で払うと右手の手のひらで、御琴のみぞおちを打つ。
「かは――」
あまりの激痛に跪く御琴。
「やれやれじゃ、体術など久しぶりに使ったったぞ」
対する翁姫は先ほどまでと大差ない様子で御琴を見下ろす。――この場合、見下すと言った方が正確かもしれない。
「どうした小童、わらわを打つのじゃろう? さっさと立ったらどうじゃ?」
翁姫を睨みつける御琴。立ち上がろうとすると――
「ぎゃう――」
傘で殴られ吹き飛ばされる。受け身を取って立ち上がろうとすると――
「が――」
狙ったようなタイミングで傘で殴られ吹き飛ばされる。嫌でも遊ばれているのが解る構図だ。
「あはは、どうしたどうした? 寝てばかりではわらわを倒せんぞ?」
翁姫の強さに手も足も出ない御琴はされるがままの状態だった。
「シュ、シュヴェリアさんあのままじゃ御琴ちゃん、殺されちゃいます!!」
クレハが涙目で訴えてくる。すぐ後ろでステラが頷いていた。
「八方之御珠は然るべき場所まで届けましょう、これにより新しい巫女が誕生し――」
「「メルちゃん!!」」
戦いたくないメルの意見はお姉ちゃん2人に速攻却下された。
「とはいっても、相手は3魔将だよ、どうするつもりだい?」
「ええ、下手をしなくても全員返り討ちですよ」
カルナとシルビアの冷静な意見に黙り込むクレハ、ステラ。
「ここはやはり御琴さんに尊い犠牲――もとい、責任を取ってもらう方向で……」
「お前の意見は十分解ったから少し黙っててくれるか?」
クレハとステラに睨まれながらも自分の意見を1ミリたりとも曲げないメルの根性に感服しながら、思考を回すシュヴェリア。どうにかしなければならないが、いい案など浮かばなかった。
(さすがに翁姫の相手は分が悪すぎる。敵意はないといった手前、やすやすと手を出すわけにもいかん)
メルではないが、何してくれとるんだ! ――案件だ。
(しかし、『巴のため』か――)
何やら、事情がありそうだ。大方予想はつくものの、だとすればここで見殺しにするのは後味が悪すぎる。仕方ない。
シュヴェリアは賭けに出ることにした。
「大丈夫だ、クレハ、御琴はボロボロになるだろうが死なん。そうだろう、翁姫?」
「え?」
「なんじゃ、その呑気な予測は? 助けに割り込むのならまだしも、そんな甘い考えとは……
正気の沙汰を疑うぞ」
「ほう、では殺すのか? 魔王がどう思うかな?」
――ピクッ
御琴を殴る翁姫の手が小刻みに震えて止まる。
「?」
次の攻撃に向け防御を取っていた御琴が目をぱちくりさせていた。
「……お主、どういう意味じゃ?」
代わりに、その何倍もの敵意がシュヴェリアに向く。
「そのままの意味だよ、今までの経緯からして魔王は巫女が死ぬのを嫌がるんじゃないかと思ってな」
「……」
「図星か?」
シュヴェリアが問うと、翁姫が睨み返した。瞬間、斬りかかる御琴。
「はぁぁぁあ!」
――バキ
翁姫の渾身の一撃が御琴の腹部を捉えた。そのまま翁姫の右腕に吹き飛ばされ森の木々に激突する御琴。
衝撃で倒れる木々、これは痛いと思う反面――まあ、いい薬になっただろうとも思う。
「御琴ちゃん!!」
クレハとステラが駆けよった。
「……お主、一体何者じゃ?」
「先ほどいっただろう、シュヴェリアだ」
おそらく翁姫が自分を魔力でスキャンしているだろうことを予測しながら、シュヴェリアは言い切る。
「これだけの圧を前に眉1つ動かすことなくそう言い切れるとはのう。それだけでも人かどうか疑わしい」
「お前の目ならそんなものすぐに見抜けるだろう?」
「…………」
翁姫は少し考えるような素振りを見せる。
「確かに、わらわの目なら、人かそうでないかはすぐに見抜ける。それでもお主には得体のしれぬ何かを感じるのじゃ」
翁姫はいうと扇子を取り出した。
「――なので、少しばかり、趣向を変えよう」
翁姫が妖しげに笑った後、なんだか、甘い匂いが漂って来た。
「不味い、お前たち視線を下げろ!!」
シュヴェリアが叫び、仲間たちを庇う様に翁姫に向かい立ちはだかるシュヴェリア。
「シュヴェリアさん!!」
シュヴェリアは妖しげな光に包まれていく。
「さて――終わったかの」
光が晴れると、翁姫は呟き、近くの岩に腰かける。
「何が……」
光が晴れても特に何も異常はなかった。皆が何だったのかと困惑する。
「さて――シュヴェリアよ、近こう寄れ」
そんな中、翁姫の放った一言に、仲間たちはざわめく。
「解った」
翁姫の指示に従い、仲間たちの元を離れ、翁姫に近づくシュヴェリア。
攻撃とはどうも違うその様子に仲間たちが動揺示す。
「シュヴェリアさん?」
御琴を見ていたクレハが不安そうに声を上げた。
翁姫の隣に立ち剣を構えるシュヴェリア。
「え?」
「ちょいちょい、まさか!!」
驚くステラ、事態の最悪さに気づいたメルが叫びを上げた。
「さっきのは『惑わしの光』いわゆる『チャーム』の一種じゃ」
「ということは――」
「シュヴェリア君!」
同じく事態に気づいたシルビアとカルナが悲鳴のような声を上げた。
「そう、シュヴェリアは今、わらわの配下、わらわの下僕となったのじゃ」
「――!」
声高に笑う翁姫、クレハは声なき声で事態に対面していた。




