番外編《支え合い、求めあう》
「こんばんは。ただのバイトです。」
大好きだった彼とパリで再会した。
「え、あのっ…ど、どうして……」
もちろん私はパニックで、頭は付いていかない。そればかりか、心臓が鳴り止まないし顔は自分でもわかるほど真っ赤だ。
「……あなたに話したい事があります。ただ、今は時間が無いので、後で連絡していいですか?」
「は、はい…全然…」
すると彼は手を出した。私は思わず首を傾げ、何の手なのか聞くと、彼は優しく微笑んだ。
「携帯。俺のに登録しますから。」
「あ!すみません……!」
彼は慣れた手つきで操作し、すぐに返してくれた。
「それじゃあ、また。一之瀬さん。」
「は、はい…また……」
私は心の中で黄色い声を上げていた。
彼しか見えてなかったため、彼の隣にいたチーフに気づかなかった。
仕事を終え、家に着くとベッドに寝転び携帯を取り出す。
その画面に彼の名前を表示させ、ただ、見つめる。
ーーー黒崎 蓮ーーー
惚れ惚れとその名前をずっと見つめていた。
どれぐらい経っただろうか、しばらくすると携帯の画面は電話受信に変わる。バイブレーションとともに表示名を見る。
そこには先ほどもずっと眺めていたあの三文字。
ガバッと飛び起き、深呼吸してから応答ボタンをタッチする。
「もしもし……?」
「こんばんは。ただのバイトの黒崎です。」
その増えた自己紹介の台詞が、縮まった距離を教えてくれたように感じて一人で喜ぶ。
「こんばんは。一之瀬 要です。」
「初めてですね。顔を合わせないで話すのは。」
「……はい。それもまた嬉しいです。」
しばらくの沈黙。でも私には心地よい沈黙だった。互いに、離れても繋がっている事を感じあってる気がして。
目を閉じて、その心地に身を乗せていると彼は静かに話し出した。
「………良ければ空いてる日、一緒に食事に行きませんか?」
「はい!」
それから少しだけ他愛ない話をして切った。。あそこはケーキが美味しとか、アルバイトの事とか。
変わった距離、関係、そして感情。
私の鼓動は、以前より格段に大きく、存在が強くなっていた。
電話から2週間後。
口コミで評判になったイタリア料理店で食事することになっていた。今日がその日。
今はお店の近くの所で待ち合わせている。
正直なところ、彼が言っていた“話したい事”が気になるが、なんとなく自分の事を話そうとしている、とそんな気がしていたので、彼が話し出すまで待とうと思っていた。
もちろん、根拠は無い。
「こんばんは。ただのバイトだった黒崎です。」
その言葉に笑いながら目的のイタリア料理店へと向かった。
もうすでに私の中で、知ったことは収穫していった。
やはりおしゃれな人だという事。彼の敬語は素だということ。あまり飾らない事。髪型が変わってないので気に入ってるんだという事。歩いていても人の目を見て話すという事。
そして、私は目が合うたびに心臓がなるという事。その目を、顔をもっと見たいと思った事。
それでもまだまだ知らないことがたくさんあった事に、私は知る由もなかったのだった。
そう、その話題は食事もひと段落し、落ち着いた時だった。
「一之瀬さん。こんな話、知ってますか?」
「……?」
「ある日、お金持ちのお家に一匹の犬がやってきました。当時の年は人間にして6歳、わけも分からず連れてこられた犬に、唯一分かったのは自分は飼われるという事。その犬は名前を付けられ、家族同様に育ててもらえました。従兄妹が兄妹となり、両親は二人ずついてとても幸せだった。だからこそ、犬は自分は場違いだと気づいた。自分は犬だと思い知らされた。」
「……………」
私は気づいた。この犬は彼なのだと。そして彼は全てを私に見せようとしているのだと。
「命令、頼まれ事は二つ返事。飼い主にとって、理想の犬になった。でも犬は知ってしまった。自分がここに来させられた理由、 飼い主の本当の姿を。犬は怖くなって、理由をつけてわざとリードと首輪を取られることに成功し、野良犬になった。」
「…………………」
「…一之瀬さん、アムールって雑誌知ってますか?」
パリを代表するファッション雑誌。世界のセレブはおろか、ヨーロッパで知らない者はいないほど、女性だけでなく男性にも読まれている有名雑誌だ。
私もファッションに関わる職業である。もちろん、知らないわけが無い。
「もちろん、知ってます。」
「………俺の親父は雑誌アムールの編集長兼社長。そして俺の叔父はラパンの社長なんです。」
「…………!?」
ファッション業界では有名な苗字がある。それは確かに“黒崎”だ。それは思わず口に出てしまう。
「…じ、じゃあ、あの(・・)黒崎家の……?」
「……養子です。その記憶を隠し、理想の息子を演じましたが、俺は日本人なのに日本を知らない。それを理由に家を出ました。」
彼は私の事を見ずに、グラスの水を虚ろな目で見ながら話していた。
「もちろん、大反対だったので追い出されるように日本に来たんです。そこでは親友ができて、あなたに会えた。」
私はずるいと思った。最後の一言だけ目を見て言ってきたから。
当然のようにそれに比例して顔は赤くなる。
「……でも。だからこそ、守れる力が欲しかったんです。俺も、犬も、大切なものを守ろうとした。犬は力の無い自分を恨み、必死で飼い主のもとに戻った。」
「………………」
「大切な友人を、愛する人を、守るために。」
私は何も言えなかった。今、彼の手を握れたら、彼を抱きしめられたらいいのにと。このなんとも言えない距離が悔しかった。
「犬はどうなったんですか?」
「無事力をつけ、友人と愛する人の元へ行ったけど、愛する人だけいなくて探し続けた。」
「見つかったんですか?」
「……どうだろう?見つけても幸せになれたのかな…?」
「……………」
「俺には幸せは似合わないですから。」
「そんなことっ!」
彼は眉間にシワを寄せ、微笑むだけ。
こんなとき、なんて言ってあげるべきなのか分からなくて、ただ拳を握るだけだった。
でも、もうすぐお別れ。
家まで送ると言われただけ、二人で歩いている間は一言も話さなかった。
そして、ついに到着した時、私は考えた一言を口にした。
「……黒崎さんは、後悔してますか?家を出た事。」
「してません。でなければ出会えなかったから。」
「…よかった。幸せになれると良いですね。おやすみなさい。」
ワタシジャナイ。
溢れでる涙は、背中を向けた途端に頬を伝い、どんどん零れ落ちた。
「………っ!?」
突然、私の左腕が引かれ後ろから抱きしめられた。
私の左肩に顎を乗せ、耳元で囁く。
「幸せ、掴んで良いですか?」
私の肩を掴み、彼と顔を合わせるよう、向かされた。
そして、彼は私の両手を握り目を見てこう言った。
「好きです。あなたが好きです。」
私よ涙は色を変え、自らキスをし、彼の首に腕を回し抱きしめる。身長が高い彼に追いつくには、背伸びしても届かなくてバレリーナのようになってしまった。勢いで動いたとはいえ、硬い靴で良かったとつくづく思う。
「ずっと探してました。ずっと後悔してました。ずっと会いたかった。あなたは犬じゃない。ただのバイトでもない。あなたは私の最愛の人です。」
彼が私の背中や腰に手を回し、不安定な体を支えてくれた。
そして二人は目を閉じ、互いの想いを伝えた。
『………愛してる。』
「えぇぇえ?!?!」
「カナメ、あのバイトの人と付き合ってるの?!?!」
電話口、以前私の部屋でルームシェアしていた友達がびっくりしている。
「今はバイトしてないよ。立派な人になったんだから。」
「ふーん……でも安心した!幸せそうだから!」
「え。電話でも分かる?」
「もっちろん!!結婚式ちゃんと呼んでよー?」
「えぇ?!気が早いよー!」
「ふふふ。ま、いつでも遊びに来てね!」
「はーい。じゃまたね。」
ーー黒崎 蓮
ーー彼はただのバイトでも、ピザと笑顔と共に、私に愛を持って来てくれた、バイトくん。
長くなりましたがこれで完結です。
ネタはまだまだ尽きないのですが、ここで止めておきたいと思います。
初の恋愛で、初の完結という事で至らない点が多かったと思います。申し訳ありませんでした。
今後もご意見を募集してますのでよろしかったらお願いします。




