↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/40

第39話 良かった、だけじゃ足りない

「箱の傷のところ、よかった」


 高城がそう言ったのは、美月がまだ上着を脱いでいる途中だった。

 番組が放送されてから二日後の夜、約束して彼の部屋へ来たところだ。初回の収録後にも短く会ったが、そのとき高城は本編を見ていなかった。美月が話せる範囲で終わったことを聞き、食事をしただけだった。

 放送の夜、美月は一人で机の前へ座っていた。リュミエールの仕事から帰り、食事を終え、手元へ台本を置く。けれど、本編が始まったところで閉じた。

 収録で自分が何を言ったかは覚えていても、番組としてどうつながったかはまだ知らない。

 箱の話では、ゲストの手元から美月の顔へ映像が切り替わった。自分が相手を見る時間は、思っていたより長かった。それでも、黙って困っているようには見えなかった。

 別の作品が出てきて止まった場面は、短く残っていた。司会が拾い、美月が聞き直す。見る前に怖かったほど、大きな失敗として目立ってはいない。知らないものを一度聞いてから、話が続いた場面だった。

 美月は録画を止めずに最後まで見た。その後、自分のノートへ二つだけ書いた。相手の話から聞けたこと。次はもっと短く聞けること。

 高城へすぐに感想を求める文は送らなかった。明後日会う約束がある。そこで、自分がどう見たかも一緒に話そうと思った。

 翌日、水野から番組の担当者の感想も受け取り、継続して同じ役割を頼みたいと聞いた。美月はありがとうございますと返し、次の準備の日程を確かめた。

 その二日間を持って、今日は彼の部屋へ来た。


 今日は放送を見たかと聞こうと思っていた。

 高城の方が先だった。


「もう、感想ですか」


 美月はコートを掛け、振り返った。


「聞かれる前に、言っておこうと思って」


「それは、嬉しいです」


 高城は台所へ向かいながら、食事の支度はほぼできていると言った。今日は彼が作る番で、美月は買ってきた果物を机へ置く。料理の本にあった簡単な鍋の料理らしく、湯気が上がっていた。

 大きな皿を二つ出すよう頼まれ、美月は棚から取り出した。

 座ってから感想を聞くつもりだったが、高城は皿へ料理を分けながら、さっきの話を続けた。


「作る時間を聞く流れになるかと思ったら、傷を残すか迷ったって話を拾ったでしょ。そこで、本人の話したいものが出てきた感じがした」


 美月は箸を並べる手を止めた。台本の予定を知らない高城も、同じところで流れが変わったと見たらしい。


「私も、あそこがよかったと思ってます」


「うん」


「どうして残したのか、聞きたくなったので。用意した質問より先に」


 高城は頷き、二人分の皿を持った。美月も飲み物を運び、テーブルへ座る。

 温かい料理を前に手を合わせた後、高城は一口食べてから、味を確かめるように美月を見た。


「どう?」


「美味しいです。修司さんの方から、聞きましたね」


「料理は、聞く」


「番組のときも、私が聞きたくなるの、分かりますか」


 高城は少し考え、分かる、と答えた。美月はそこへ、でも今日は先に言ってもらえて嬉しかったです、と続けた。


 高城は水を一口飲み、テレビの方へ目を向けた。録画は残してあるが、今日はもう一度再生しながら採点するつもりではないらしい。


「使っていた時間も、箱の中身みたいに残る、って言ったとき、俺は前の展示を思い出した」


 美月は顔を上げた。

 あの古い包み紙を、もう半年ほど前に二人で見ている。自分も収録中に思い出したが、そこで高城と行った話をするわけにはいかなかった。


「私も、浮かびました。あの石鹸の紙」


「使ってた人が分かりそうって、美月が言ってた」


「覚えてたんですか」


「うん。番組でそれに近い言葉を、自分の言い方で返してたから。知ってる美月が、仕事の中にいた感じがして、嬉しかった」


 美月はすぐ返事をしなかった。

 上手くなったという評価は、今までにも何度かもらった。今日は、その後へ、高城がどう見て嬉しかったかまで続いている。


「……良かった、だけじゃ足りないって、前は思ってました」


 美月は言った。


「うん」


「今日は、続きまで、自分から言ってくれましたね」


「言いたかったから」


 高城は短く答え、皿の上へ視線を戻した。美月はそこで、見て言ってくださいと頼むのをやめた。


「私も、よかったと思います。あの場面、自分の中にあったことが、ちゃんと相手の話とつながったので」


 美月は一口食べ、温かさを飲み込んだ。


「詰まったところも、自分で見ました。次は、問いの前の説明をもっと短くしたいです。そこは森岡さんと番組の方へ確認してます」


「うん」


 高城は仕事の細かな指導へ入らず、美月の話を聞いた。


 食事の途中、美月は番組の放送を見た日のことを話した。リュミエールの連絡欄には、絵里香から、箱に電池入れそう、と来た。柚葉は問い返すところが自然だったと言い、芹佳は声が前より落ち着いたと教えてくれた。

 都和は、次も楽しみ、と短く送ってきた。


「私も、次が楽しみなんです。前は、次で失敗したら、今回のよかった分までなくなる気がしたんですけど」


「なくならないと思うよ」


「はい。そう思えるようになりました」


 美月は頷き、皿の中身を少し寄せた。まだ全部が変わったわけではない。次の現場が来れば緊張するし、褒められたら嬉しい。だが、自分の一日を相手の返事一つへ全部預けることは、少し減った。


 高城が、次の収録も決まっているのかを聞いた。美月は、はい、と答えた。連続番組は続き、グループの公演もある。センターは今回も柚葉で、五人で作った動線を本番へ持っていく。

 自分が全部の真ん中へ来たわけではない。それでも、その中に自分のした仕事がある。


「柚葉の隣も、今は、自分の場所だと思ってます」


 美月が言うと、高城は頷いた。


「次に真ん中を目指すのも、やめてません」


「うん」


「それは、森岡さんにも話しました」


 高城は、いいと思う、と答えた。自分が選んでもらうための相手ではなくなっても、その気持ちを知っていてほしかった。


 食べ終える前に、高城がもう一つ話した。放送を見た後、美月へすぐ感想を送りかけ、途中でやめたのだという。


「長くなったから。もうすぐ会うし、直接言おうと思って」


「消したんですか」


「メモに残してる」


 美月は顔を上げた。高城も、伝えるために言葉を残しておく人なのだと初めて知った。


「あとで、見せなくていいので、話してください。まだあるなら聞きたいです」


「うん。今、だいたい言ったけど」


 美月は笑った。用意した言葉を読み上げるのではなく、向かいにいる相手へ自分の感想を渡してくれた。その手間まで含めて、今日は受け取れた気がした。


 食後、皿を二人で片づけた。美月が洗い、高城が拭いて戻す。台所の幅に合わせ、交代する前に声を掛けるのも自然になっていた。


「修司さん、ここ、まだ油あります」


「どこ?」


 高城が皿を戻してくれる。美月はもう一度洗い、今度こそ渡した。


 片づけを終え、果物を切って少しずつ食べた。高城が次の休みを聞いてきたので、美月は手帳を開いた。


「来週の土曜なら、午後が空いてます」


「俺も。その日、一緒に出かけない?」


「何の用事ですか」


 高城は美月を見て、少しだけ口元を上げた。


「デートの用事」


「言葉、上手になりましたね」


「採点は、今もあるんだ」


 美月は、あります、と答えた。彼が困る顔を見てから、行きたいです、と返事をした。

 場所は人が多すぎないところへ。展示のように予約を取るか、それとも少し歩いて食事をするか。二人で候補を出し、静かな通りを散歩することに決めた。

 仕事の相談も、何かを見せる約束もない。


「会う前に、何か用意しなくていいですか」


 美月がわざと尋ねると、高城は一度考えた。


「歩ける靴」


「それ以外は?」


「会いたい気持ちがあれば」


 美月は果物を持ったまま止まった。高城も自分の言った言葉に少し困ったような顔をした。


「今の、聞きました」


「忘れていいけど」


「嫌です。ちゃんと覚えます」


 美月は笑い、次の土曜へ小さく丸をつけた。

 それが嬉しい。次に会う理由としては、もう十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。