第36話 一人で決めるの、やめてください
『初回の収録が終わるまで、会うのは控えようと思う』
美月は通知を読んで、手に持っていたペンを置いた。
番組の打ち合わせを終え、事務所で次の確認事項をまとめているところだった。連続番組の準備が始まると聞いてから、高城は何度か、無理をしていないかと尋ねてきた。
それ自体は嫌ではない。自分も疲れた顔をしている彼へ、同じことを聞く。
だが、今の文には、美月がどうしたいかを尋ねる場所がなかった。
『私にも、相談してほしいです』
返信してから、美月は仕事のノートへ戻った。番組側へ送る確認は今日中だ。ここで気持ちを全部ほどこうとすると、また目の前の仕事を後回しにしてしまう。
森岡へ質問をまとめて渡し、水野と翌日の予定を確かめた。それを終えたとき、高城から、今夜話せるかと来ていた。
夜、約束して彼の部屋へ行った。高城は入口で迎え、温かい飲み物を何にするかを聞いた。美月は茶を頼み、机の手前の椅子へ座った。
「会うのを控えるって、もう決めたんですか」
カップが二つ置かれたところで聞いた。
高城は向かいへ座り、まだ決めたわけではない、と答えた。
「でも、そうした方がいいと思った。初回の準備と、グループの仕事が重なるから」
「忙しくなるのは、本当です。でも、私がいつ休めるか、どの日なら会いたいかは、まだ話してないです」
高城は美月の顔を見た後、自分のカップへ目を落とした。
「前に、時間が合わなくて二回続けて流れたよね。今の時期に、またああなるのも負担だと思って」
「あのとき、会えないなら代案を出すって、決めましたよね」
美月は声を大きくしないよう、一度息を吸った。
「会う約束を全部なくすって、決めたわけではないです」
高城は頷いた。美月は続けた。
「私のためなら、私にも聞いてください」
言い切ると、高城の手がカップから離れた。
美月は自分の膝を見た。会いたいと言うことが、仕事を軽く見ているように聞こえるのは嫌だった。だから、そちらもちゃんと話す必要がある。
「私は、会うために仕事を抜いたり、必要な睡眠を削ったりしたくないです。でも、疲れたら誰にも会わない方がいいとは、思ってないです。この前、三十分会えて嬉しかったので」
「うん。俺も」
「だったら、その三十分が、全部負担だったことにしないでほしい」
高城は、負担とは思ってない、と答えた。その声が少し速かった。
「美月の仕事を、俺との時間のせいで難しくしたくない」
「それは、私もです。だから、時間を一緒に考えてほしいんです」
二人の間へ湯気が上がった。美月はカップを持ち、熱さを確かめてから少し飲んだ。話しているうちに、自分が何を嫌だったのか、最初よりはっきりした。
会う日を減らすにしても、自分も話す席にいたかった。
「修司さん、今、何が怖いんですか」
美月は聞いた。彼はすぐには答えなかった。
答えを待っていると、高城は一度首を傾け、言い直すように口を開いた。
「疲れてるのを、俺が見落とすこと。会えて喜んでる間に、美月が無理をしてたらと思った」
「無理してないって、私が言っても?」
「言ってくれるなら、聞く。でも、それを言わせること自体が負担になってないかと」
美月はそこで、どう答えても高城の中の不安が残る形になっていると気づいた。自分が大丈夫と言っても、言わせているかもしれないと思う。会いたいと言っても、無理をしているかもしれないと考える。
彼が一人で解く限り、答えは会わない方へ寄ってしまう。
「私の言葉を全部、私が無理してる可能性に変えられると、何も言えないです」
高城が顔を上げた。
「嫌なときは嫌って、断れるようにしようって言いましたよね。会いたいときも、会いたいって言えるようにしてください」
美月はカップを置いた。高城は目を逸らさず聞いていた。
「……そうだね。俺の不安を、美月の負担の話に変えてた」
高城が言った。
美月は頷いた。自分が正しいと分からせるために責め続けたいわけではない。ここから、実際にどうするかを話したかった。
「仕事の時間は、水野さんと森岡さんに相談します。そのうえで、私が会えると思う時間を伝えます。休みたい日は、そう言います」
「うん」
「修司さんも、疲れてるなら、そう言ってください」
高城は頷いた。美月は手帳を出し、私生活の予定を書く欄を見せた。
今週は長く会える日がない。一日だけ、帰宅後の短い通話ならできる。次の週の夕方は、まだ仕事の終わりが確定していない。
「ここは、分かったら連絡します。駄目なら駄目で、短くでも」
「うん。俺は翌朝が早いから、電話は二十分までなら」
高城も自分の都合を出した。美月はそこへ丸をつけた。
「毎日返さなければ、みたいにはしたくないです」
美月が言うと、高城も、それは同じだと答えた。返信が遅れそうな日は無理に文を足さない。ただ、約束した通話が難しくなったときは、始まる前に伝える。
美月はそこで、自分も仕事の予定を決める側へ少し参加できたことを話した。準備の全部を一日へ詰めず、資料を読む日と、番組の人と声に出して確かめる日を分けてもらった。森岡へ相談し、水野がほかの予定と合わせてくれたのだ。
「私、前なら、いただいた仕事だから全部できますって言ってたかもしれません。でも、今回は、どこまでなら間に合うか聞けました」
高城は頷いた。美月は自分のカップを持ち、続けた。
「だから、修司さんにだけ大丈夫と言い続けて、一人で全部背負うつもりでもないです。そこは知っておいてほしい」
「うん。ちゃんと相談できる人がいるんだね」
「います。私も、使っていい時間を確認してます」
高城の肩が少し下がった。美月は、安心して、と先に言わなかった。今の話をどう受け取るかも、相手の言葉で聞きたかった。
「俺が離れた後の仕事を、分からないまま不安にしてた。それで、会う方だけ減らせばいいと思ったんだと思う」
美月は、分からないことは聞いてください、と答えた。
話がまとまった後、美月は手帳を閉じた。高城が、先に決めるような言い方をしてごめん、と言った。
「私も、最初の返事が少し強かったです。でも、嫌だってことは、伝えたかったので」
「そこは、伝えてくれてよかった」
美月は頷いた。大事な仕事が来たら恋人との関係まで一度白紙になるのでは、仕事を喜ぶのが怖くなる。そうならずに済んだことに、ようやく安心した。
「初回が終わるの、楽しみにしてもらっていいですか」
美月は聞いた。
「もちろん。番組も、楽しみ」
「私もです。怖いですけど、やりたいです」
高城はその言葉へ頷いた。今度は、無理しないでね、をすぐ重ねなかった。
美月は今日の打ち合わせで一つ質問できたことを伝えた。高城は、聞けてよかったね、と答えた。
美月は椅子を少し寄せ、彼の手に触れた。
しばらく座っていると、高城が先に声を出した。
「前に、担当していたグループで、負担を見落としたことがある」
美月は顔を上げた。高城は自分の手を見てから、続きを話そうとしている。
初めて聞く話だった。美月は何か励まそうとせず、カップを端へ寄せた。今度は、自分が先回りしないで聞く番だった。




