第34話 会う理由を作ってください
一度めは、美月の収録が延びた。
夜七時に会う約束をしていたが、夕方の時点で終わりが見えなくなった。美月は休憩に入ったところで高城へ連絡し、今日は難しいと伝えた。
『分かった。仕事、最後まで気をつけて』
返事を読み、美月は水を飲んで現場へ戻った。帰ったら別の日を探そうと思い、深夜に手帳を開く。高城の空いていそうな時間を聞き、二日後の食事が決まった。
二度めは、高城の方だった。
外の制作会社との打ち合わせが延び、移動してくると遅くなるという。美月は夕食の材料を買う前だったので、すぐに了承した。
『大丈夫です。また別の日に』
送った後、スーパーの入口で立ち止まった。
会えないこと自体は、仕方がない。自分も二日前に同じことをしたばかりだ。仕事を途中でやめて来てほしいなどとは思わない。
だが、また別の日を探す手が、自分の方で止まっているのが気になった。
美月はその晩、一人分の食材だけを買った。家へ帰り、簡単に作って食べる。高城からは夜になって、終わった、と連絡があった。
美月は、お疲れさまでした、と返した。
次の約束の話は来なかった。
翌朝、予定を聞こうと開いた画面で、美月は指を止めた。毎回自分から聞いている気がする。前の焼肉の夜は、向こうから決まったら連絡すると言っていた。
寂しいと言っていたのも、会いたいと言ってくれたのも、本当だったはずだ。
そこを疑うために黙って待つのは、たぶんよくない。それでも自分だけが予定を作ると、自分の気持ちだけが仕事の隙間を探しているように見えてしまう。
美月はスマートフォンを置き、次の練習の持ち物を揃えた。
仕事の合間、休憩用の部屋で一人になったとき、美月は最初に会えなくなった日に、自分が送った文を読み返した。会えなくなったと伝えた後、次の日を二つ出している。
美月はノートを開き、不満を全部並べる代わりに、何があれば待てるかを一つ書いた。次の予定が分かる日。今すぐ会える日の保証でなくても、それがあれば自分も自分の予定を決められる。
書き終えたところで、絵里香が部屋へ入ってきた。美月はノートを閉じ、次の仕事の資料へ戻った。
「今日、夜まで?」
絵里香に聞かれ、自分の仕事は終わると答える。相手は別の現場があるので、先に食べられるものを買っておくつもりらしい。
美月は一緒に売店へ行き、夕飯にできる小さなパンを選んだ。
支払いを終え、部屋へ戻ると、次の撮影の順が少し変わっていた。美月は水野へ確認し、先にできる支度を済ませる。
高城へ送る文は、撮影が終わってからにした。
時計を確かめ、撮影の準備へ戻った。
その週は、新曲の短い収録と、公式映像の撮影が続いた。森岡との会議で出した二人の動線の案は、短い実演として使うことになった。
美月は柚葉と先に合わせ、どこで説明を止めて動くかを決める。撮影は高城の来ない小さなスタジオだったが、そのことを忘れる時間も増えていた。
実演の後、五人それぞれが、これまでの活動を振り返る短いコメントを撮った。担当交代の資料も受け取っている撮影ディレクターが、カメラの横から尋ねる。
「前の担当の高城さんに言われて、今も覚えていることは?」
名前を聞いただけで、美月はレンズの脇へ目をやりそうになった。今日はそこにいない。胸元にはマイクがつき、返事を待つスタッフの後ろで、柚葉が次の立ち位置を確認している。
「相手が返すところまで考える、ということです。最初は、自分が何を話すかしか用意していなかったので」
「今も、ダメ出しをもらったりします?」
この一秒も、編集する前の映像には残る。
美月は膝の上の資料を開かず、カメラへ顔を戻した。
「今の仕事の相談は、森岡さんと水野さんにしています。教わったことは、次の現場でも使いたいです」
ディレクターが頷き、今度は柚葉の番になった。美月は椅子を空け、立ち位置の印を踏まないよう脇へ抜けた。
仕事をしている間は、今することがある。
終わって靴を履き替えると、高城との連絡を開いた。まだ新しい文はない。画面の中の名前には、さっきより長く目を置けた。
帰りに水野から次の週の予定が届いた。美月は休めそうな時間を二つ見つけた。高城へ送ろうとして、一度閉じる。
『今日、少し電話できますか。予定の話がしたいです』
送った。返事は一時間後で、夜なら話せるというものだった。
夜、電話がつながると、高城は遅くなってごめん、と言った。美月はまず仕事を終えたか確かめ、それから自分の話を始めた。
「会えなかったことを、責めたいわけではないです」
「うん」
「でも、次の日を探すのが、今、私ばかりになってます。私が聞かないと、もう約束しなくていいみたいに思えてしまう」
高城はすぐに否定せず、少し間を置いた。美月も、その間へ別の不満を足さないようにした。
「会いたくないってことは、ない」
高城が言った。
「仕事が変わって、終わる時間が読みにくい日が増えた。確実に会える日を出そうと思って、返事を後にしてた」
「それは、聞けば分かります。でも、何も言われないと、私には分からないです」
高城は、そうだね、と答えた。
美月は台所の椅子へ座り、足を床へつけた。
「会えなくなったとき、次はどうするかを、一緒に考えてほしいです。すぐ決められないなら、いつ予定が分かるかだけでも」
高城は手元で何かを動かす音をさせた。予定を開いたのかもしれない。美月は待った。
「今週は、明後日になれば来週の確定が分かる。それまでは出せないと思ってた」
「じゃあ、明後日に、連絡ください。会える日がなくても、そう言ってもらった方がいいです」
「分かった。待たせたままにして、ごめん」
美月は、はい、と答えた。
「私も、予定が変わったときは、そうします」
「うん。どっちも、そうしよう」
高城の声が少し柔らかくなった。
美月は手帳を開き、明後日の欄を探した。
「修司さんからも、会いたいって言ってくださいね」
高城が少し黙った。
「会いたいよ。だから、ちゃんと時間を空けようとはしてた」
「そこまで、声に出してほしいです」
「出した」
「今のは、受け取りました」
美月は笑い、高城も短く息を漏らした。
美月は通話の途中で、明後日の欄へ小さく丸をつけた。
高城がまだ話せるかと尋ねたので、美月はあと十分なら、と自分の都合を答えた。
美月は高城の移動の長さを聞き、彼も美月の夕食を気にした。十分ほど話し、今日は早めに休もうと通話を終えた。
翌日は、自分から日程の文を送らずに過ごした。約束の返事は明日だった。
夜、洗濯物をたたんでいると、高城から連絡が来た。
『今、少し話せる?』
美月は、はい、と返した。予定が早く分かったのかと思い、膝の上のタオルを置いて電話に出る。
「もう、来週の予定が出たんですか」
「いや。それは、明日」
「では、何の用事ですか」
高城は少し黙った。
「用事は、ない。声が聞きたかった」
美月は置いたばかりのタオルを、また膝へ戻した。
「……そういう連絡も、できるんですね」
「昨日、言われたから」
「言われたので、仕方なく?」
「聞きたかったのは、俺」
今度は美月の返事が遅れた。高城はその間に、今、何をしていたかと尋ねた。
「洗濯物です。あと、このタオルをたためば終わります」
「じゃあ、待つ」
美月は片手でタオルの端を揃えた。
高城の方ではカップを置く音がした。もう帰宅して、茶を飲んでいるらしい。
美月は今日買ったパンが袋の中で潰れていたことを話した。高城は、味は変わらない、と返したので、美月は形も気に入って買ったのだと言い返した。
どんな形かと聞かれ、丸いパンだと答えると、そこは普通なんだね、と言われた。
「聞きたかった声、文句ばかりになってません?」
「聞けたから、いい」
美月はタオルを洗濯物の上へ重ねた。
話したのは五分ほどだった。風呂がまだだと言うと、高城がおやすみを言った。美月も返し、画面が暗くなってから立ち上がった。
約束した日の夕方、メッセージが届いた。
『木曜。七時』
美月は画面を見た。日程の連絡も、約束どおり高城からだった。
だが、これだけでは集合なのか、食事なのか、ただ予定が分かった報告なのか分からない。
『これは何のお誘いですか』
返すと、すぐにもう一通来た。
『ご飯。一緒に食べたい。外でも家でも、美月の都合がよければ』
美月はスマートフォンを机へ置いてから、もう一度持った。最初からそちらを送ってほしい。けれど、聞き返せばちゃんと出てくるのも分かってきた。
『行きたいです。場所、一緒に決めましょう』
今度は自分が、二つの候補を送った。高城が一つを選び、予約は自分がすると返してきた。
手帳へ木曜の予定を書く。仕事の相談という但し書きはつけなかった。高城もそういう用件を一つも出していない。
日付の下に、デート、と書き添えた。




