第33話 嫉妬するんですね
「焼肉、久しぶりですね」
美月が言うと、高城はメニューから顔を上げた。
七月の店とは別の、静かな個室だった。二人で食事をする日は何度もあったが、焼肉を選んだのはあの夜以来だ。美月が候補を出したとき、高城は一度考えてから、いいよ、と答えた。
今日は何を聞くかを、美月はもう決めていた。
注文を終え、店員が戸を閉めた。高城が水を飲む。美月もグラスを持ち、先に仕事で話せる範囲のことを一つだけ伝えた。
「森岡さんとの会議の後、自分でやることが増えました」
「うん。どういう?」
「細かい内容はまだ言えませんけど、提案したところを、短く説明できるようにすることです。聞いてもらえたから、それで終わりではなかったので」
高城は頷いた。前の電話と同じように、森岡なら話を整理できると思う、と言いかけたので、美月は先に口を開いた。
「今日は、森岡さんの長所はもう知ってます」
高城の言葉が止まった。
美月は笑いすぎないよう、グラスを机へ置いた。
「修司さんの方の話が、聞きたいです」
「俺の、何」
「私が森岡さんと仕事しやすいって話をしたとき、どう思ったのか」
高城は腕を組みかけてやめた。机の上へ置いた手を見て、美月は、少しは気にしているのだと思った。
「前より相談しやすいなら、いいことだとは思った」
「はい。そっちは聞きました。では、私が仕事以外でも、森岡さんを好きだったら?」
高城が美月を見た。七月には自分の方が言葉を詰まらせた問いを、今は相手の反応を待って渡せる。
ただし、森岡本人を恋愛の駆け引きへ巻き込むつもりはなかった。美月はすぐに付け足した。
「本当にそうという話ではないです。私が前に、修司さんへ聞いたのと同じ質問です」
高城は息を吐き、椅子へ背を戻した。
「覚えてる」
「あのとき、私、仕事の相談じゃないって何度も言いました」
「うん」
「今は、修司さんの方が、仕事の返事しかしないので」
引き戸が開き、肉の皿が来た。美月は一度会話を止め、店員の説明を聞いた。高城も頷き、トングを取る。
戸が閉まってから、網へ二枚載せた。あの夜と同じ音がして、美月は緊張より先に可笑しさがこみ上げた。
「焼く方へ逃げてません?」
「食べるために来たので」
「話すためにも来ました」
高城は一枚を裏返し、トングを置いた。
「嫉妬、って言わせたい?」
美月は首を少し傾けた。
「そうだったら、聞きたいです」
からかうためだけに言葉を出させたいわけではなかった。担当を離れる話をしたとき、高城は平気な顔をしているように見えた。自分ばかりが寂しいのなら、それでも付き合っていけるとは思ったが、同じなら知りたかった。
「森岡を、恋愛の相手として疑ってるわけじゃない」
高城が言った。
「美月が、あいつに会いたいって仕事の外で言ってるとは思ってない。森岡も、そういう相手じゃない」
「はい」
「ただ、相談が普通に進んでるって聞いて、俺がいなくても仕事が回るんだなとは思った」
美月は高城を見た。言い終えた後も彼はすぐに肉へ戻らず、少し言葉を探した。
「それは、そうなるように引き継いだんだから、いいことなんだけど」
「いいことなのに、寂しい?」
美月が尋ねると、高城は一度頷いた。
「うん。思ったより」
美月はグラスの側面へ指を当てた。今の一言を、すぐに嬉しいと言ってしまうと、彼が寂しいのを喜んでいるようになる。
けれど、自分の気持ちだけが大きいわけではなかったことには、安心した。
「私も、引き継いだ日に、寂しかったです」
「うん」
「でも、森岡さんが話しやすいのは、本当によかったと思ってます。そこを、修司さんのために困ってることにはしません」
「それは、そうして」
高城は少し速く答えた。美月も頷いた。
「じゃあ、仕事で頼られないと、会う理由がなくなると思ったんですか」
美月はもう一つ聞いた。
高城は水を飲み、今度は少し長く考えた。
「必要とされる場所が減る感じはした。今までは、何かあれば聞けたし、現場にいれば顔も見られたから」
「それ、私も同じでした」
「うん」
「でも、私が食事に誘ったの、仕事の質問をするためじゃなかったです。今日も」
美月は言いながら、自分が七月に店へ来た理由を思い出した。奈緒の話を聞きたかった。好きだと伝えたかった。担当者として何か教えてもらうことは、あの夜に欲しいものではなかった。
「仕事は森岡さん。会いたいのは修司さんです」
高城が顔を上げた。
美月は言葉があまりにまっすぐだったので、自分でも少し目を逸らしたくなった。しかし、ここで逸らすと相手が聞き流せるような気がして、待った。
「……そう言われると、返しに困るね」
高城が言った。美月はやっと笑った。
「いつも私が困ってるの、分かりました?」
「少し」
「四か月分くらい、分かってください」
高城は黙ってトングを取った。肉はちょうど食べられる色になっていたので、二人の皿へ分ける。美月は礼を言って、温かいうちに食べた。
初めての焼肉では、冷めてから食べたことまで思い出した。
「今日は、冷めませんでしたね」
「反省が生きた」
「仕事のだけじゃなくて、食事の方もですね」
高城が頷いた。美月は次の皿を受け取り、今度は自分が焼くと言った。彼はトングを渡し、こちらの動きを見ている。
次の皿へ手を伸ばしながら、美月は、仕事で高城のいない日も増えたと話した。自分が寂しいと思う時間の全部を、向こうへ埋めてもらいたいわけではない。
「でも、会いたいと思ったら、用事がなくても連絡します。今日みたいに、仕事以外の話を聞きたい日もあるので」
「うん。俺も、そうする」
「森岡さんが話しやすかったら、修司さんがいらなくなるってことではないですからね」
高城は美月を見て、一度頷いた。何度も保証させるような問いはしなかった。
「言ってもらって、分かった。仕事で必要とされることを、会ってもらえる理由にしてた部分もあったと思う」
美月はトングを置いた。
「相談がなくても、ご飯には来てください。仕事の答えを持ってなくても」
「行くよ」
「では、そこは約束です」
高城は頷き、今度は自分で次の肉を焼き始めた。美月が焼き方を教えようとすると、これはできる、と返ってきたので、箸を持って待った。
皿へ分けられた肉を食べてから、美月はちゃんと美味しいと伝えた。高城は、焼いただけだけど、と答えた。
「それでも、言います。今日は、思ってることを黙らない日なので」
高城が少し困った顔をした。美月はそれを長くからかわず、次の野菜を網へ並べた。
食べながら、高城は担当を離れてからの生活を少し話した。新しい案件が始まり、別の現場へ行く日が増えた。美月が知る必要のない内容は話さず、朝の移動が長くなったことや、昼食の場所を毎回探していることだけを聞かせてくれる。
美月も、自分の仕事が増えたら先に休める時間を調べるようになったことを話した。
互いの仕事の細部を知らなくても、今日は疲れたか、明日は早いかを聞くことはできた。
「嫉妬するんですね」
美月が最後の肉を網へ置きながら言うと、高城が目を細めた。
「まだ言う?」
「一回目は、私がだいぶ言われたので」
「そこまでからかってないと思うけど」
「私の中では、長く残りました」
高城は反論をやめ、分かった、と水を飲んだ。美月はそれ以上を繰り返さず、自分も会いたかったと言われたことを胸の内へ収めた。
店を出る前、美月は次に会えそうな日を尋ねた。高城も予定を開いたが、今度は簡単には合わなかった。美月が空いている日は彼が夜まで仕事で、彼の休みは美月の収録がある。
「決まったら、連絡する」
高城が言い、美月は頷いた。今夜の話をした後なので、その言葉を疑わずに受け取れた。
「今度は、焼肉以外もいいですね」
「話すとき、毎回ここだと高くつく」
「食べる方にも、来てますので」
さっきの返事を逆にして返すと、高城が一度口を閉じた。美月は椅子から立ち、自分の鞄を忘れずに持った。
上着を取り、高城が鞄を確かめている間に、美月は次に会いたい日の候補を一つ、手帳へ残した。




