第32話 ちゃんとした人ですね
森岡の説明には、最初に終わりがあった。
「今日決めたいのは、次の公演までの短い映像を、何のために作るかです。撮る場所と細かい内容は、目的を決めてから相談します」
美月は配られた一枚の資料を見た。見出しの横には、今日決めること、と書かれている。その下に、後日確認すること、という欄もあった。
五人で机を囲み、グループの短い公式映像の企画を相談している。以前の仕事の引き継ぎではなく、森岡が担当になってから初めて、最初から案を作る会議だった。
「新曲を初めて知る人に、五人の得意なところが見えるものにしたい、というのがこちらの案です。ただ、本人たちが別のものを見せたいなら聞きたい」
森岡は資料を読み上げるだけで終わらず、五人の方へ顔を上げた。都和が曲の歌の部分も残したいと話し、絵里香は短く話せる場所を作りたいと言った。
美月は、最初から「清楚な人の意外なところ」を探されなかったことに、少し安心した。
「得意なところって、一人ずつ別に見せる形ですか」
美月が聞くと、森岡は、今の案ではそうだ、と答えた。
「五人の関係が見える形でもいいと思います。一人でやると得意だけど、一緒だと別の人の得意で助かることもあるので」
言った後、具体例を求められる前に続けた。
「柚葉が動線を見るのが上手いのも、本人だけ踊ると分からないかもしれないです。誰かと一緒のところを一つ入れたら」
柚葉が顔を上げ、私だけ上手く見せるのは違うかも、と笑った。美月も頷く。
「そう。私も一緒に見てもらえるので。助けてもらうだけじゃなくて、二人で変えたところなら」
森岡は資料の余白へ二本の線を引いた。一人で見せる部分と、相手がいると見える部分。その両方を短い尺へ入れられるかは、撮る側と相談になる。
「長くしすぎると、今回の目的から外れます。全員の組み合わせを一回で出すのは難しいので、続けて作る形ならどうでしょう」
美月は頷いた。自分の案がすべて通るわけではない。それでも、どこが難しいかを先に言ってもらえるので、次の案を考えやすかった。
芹佳と都和が歌を一緒に見せる案を出し、絵里香は自分なら短い進行を受け持てると話した。森岡はその場で全員を均等に割るのではなく、何回かに分けた場合の偏りを確認する、と預かった。
会議の終わり、水野が今日決まったことを読み返した。美月は資料と照らし、決まったことに印をつけた。
やり取りが落ち着いて進むので、美月は予定していた質問をすべて聞けた。
廊下へ出ると、絵里香が資料を裏返して笑った。
「今日、最初から何を決めるか分かってた」
「うん。分かりやすかったね」
美月が答えると、都和も頷いた。高城の頃が全部分からなかったわけではないが、担当が変わると会議の形まで変わる。
練習室へ戻ってから、美月は自分の提案した動線の話を、柚葉ともう一度確かめた。見せるためにわざと困ったふりをするのは違うので、実際に変えた順をどう短く伝えるかを考える。
午後、森岡から会議の確認用の短い連絡が来た。今日の案のうち、次までに本人たちが考えることと、制作側が検討することが分かれている。
美月は一つの項目へ、少し違う意味で話していたと気づいた。動線を見せたいのは、柚葉が自分を助けてくれるという形ではない。二人で変えた結果を見せたい、と言ったはずだった。
すぐに水野を通して確認すると、森岡から、受け取り方がずれていました、と返ってきた。変更した文面も一緒に届く。
美月は読み返し、それなら合っています、と答えた。
夕方の合わせでは、柚葉へその話を伝えた。相手も、自分だけが直す人みたいに見えると違うよね、と頷いた。
「私、美月が見てくれるところがないと歌へ戻れなかったし。そこも見せた方がいいと思う」
美月は自分のノートを開き、二人の目線の場所を書いた。
短い実演を一度やってみて、水野に映像を撮ってもらった。時間を測ると説明がまだ長かったので、動きを止めて口で言う箇所を一つ減らす。
減らした箇所に線を引き、次の会議へ持っていく資料に挟んだ。
その夜、高城と短く電話をした。美月は新企画の非公開の内容までは話さず、初めての会議が話しやすかったことを伝えた。
「森岡さん、ちゃんとした人ですね」
高城の返事が、少し遅れた。
「そうだね」
「最初に何を決めるか説明してくれて。私が違う案を言ったときも、できるところと難しいところを分けてくれました」
「うん」
美月は水のボトルの蓋を閉めた。いつもの短い返事とも言える。だが、相手の声が少し低くなったように聞こえた。
「修司さんが、紹介してくれたとおりでした」
「俺が紹介したわけではないけどね。会社の配置だから」
そこまで細かく言い直す必要があるだろうか。美月はスマートフォンを耳へ寄せ直した。
「前に、企画の説明が丁寧って、言ってましたよね」
「うん。実際そうだし」
「今日、分かりましたっていう報告です」
高城は、よかったね、と答えた。言葉としては何も悪くない。美月はその返事へ頷こうとして、自分の話が何かの採点になっているのかと思った。
「今、忙しいですか」
「いや。大丈夫」
「なら、何かありました?」
「何かって?」
今度は問いが返ってきた。高城が仕事の話を避けているのかもしれない。引き継いだ後、企画の細部へ踏み込まないために短く返しているなら、それは決めた通りだ。
美月はそこを確かめた。
「内容は、話せないので詳しく言ってません。ただ、今日は話しやすかったって、言いたかっただけです」
「うん。それは分かる」
「修司さんには分かりにくいって、責めてるんじゃないですよ」
高城が小さく咳をした。美月はボトルを机へ置いた。
もしかして、比較されたと思ったのだろうか。森岡の長所を話したら、自分に足りないものを言われたように聞こえたのかもしれない。
それなら、いつも高城の指摘から悪い方へ飛んでいた自分と、少し似ている。
「森岡は、前からああいうの得意だから」
高城が言った。美月は、そうなんですね、と返した。
「現場へ確認する前に、質問を整理しておくし。本人が何を難しいと思ってるかも聞く」
「はい。今日も、それはありました」
「だから、相談はしやすいと思う」
美月は高城の顔を見たくなった。電話では分からないが、言い方が普段より念入りだった。自分がほめた相手の長所を、向こうから何度も並べている。
「さっき、よかったって言いましたよね、私」
「うん」
「もしかして、気にしてます?」
高城はすぐには答えなかった。美月は追い詰めるつもりではなく、問いを一つだけ変えた。
「私が、前より仕事しやすいって言ったら、嫌ですか」
電話の向こうで椅子の動く音がした。
「仕事がしやすくなるなら、いいことだと思う」
返ってきたのは、確かに正しい言葉だった。美月はそこへ、答えていないところがあるのを聞いた。
高城もそう思うのだろうか。自分の担当ではなくなって、必要な仕事が別の人と普通に進むのを聞くと、寂しくなるのだろうか。
「そこは、私もいいことだと思ってます」
美月は今夜、全部を言わせようとはしなかった。
「ただ、次に会うとき、ちょっと話してください。今の返事の、仕事じゃない方も」
高城はしばらくして、分かった、と答えた。短い返事だったが、否定はされなかった。
美月はそこで話題を変え、明日の朝に食べるものを用意し忘れたと話した。高城は、冷凍のパンは残ってないの、と聞いた。
「あります。切ってくれた分は、もう食べましたけど」
「なら、新しいのを」
いつもの会話へ戻ると、声の角度も少し戻った。美月は朝食の話を二つしてから、おやすみを言った。
切る直前、高城がまた、森岡なら今後の企画も相談できると思う、と言った。
聞いていない長所をもう一度出され、美月は答える前に笑いをこらえた。
「はい。それ、今日三回目です」
返事が止まった。美月はそこへ、また明日、と言った。カレンダーの印を確かめ、今度は彼の顔を見ながら聞こうと思った。




