第30話 それ、俺の意見いる?
「それ、俺の意見いる?」
高城に言われ、美月はメニューを閉じた手を止めた。
ロケ番組の放送を見た夜、美月はいつもより遅くまで机にいた。感想を全部読み続けていたのではなく、録画を一度だけ見返し、自分のメモと照らしていた。
料理の前のトークは、想像したより長く使われていた。先生の話を受けるところで、自分が少し身を乗り出している。それも、待ってから返せた理由の一つかもしれない。
一方で、料理を持ってカメラを見る場面では、顔だけが先に正面へ向いていた。高城に聞く前に、自分が気になる点として書いておく。水野から現場側の振り返りを受け取るとき、具体的に確かめたかった。
翌日、自宅写真を渡さずに企画を進められたことについても、水野と短く確認した。自分で決めた範囲の中で、親しみを感じてもらえる話は作れた。それは仕事の手応えとして残った。
美月はノートを閉じ、高城と会う日を確かめた。良かったと言ってほしい気持ちは、やはりある。それでも、今日のノートの上から彼の言葉を全部書き写すのではなく、隣へ一つ足したかった。
そのはずだったのに、向かいへ座ると、いつもの質問が先に出た。
放送から三日後、二人は仕事を終えて食事をしていた。十月最後の週で、外を歩く人の上着が少し厚くなっている。
美月は放送を見てもらえたか聞き、いつものように感想を求めたところだった。
「いらなければ、聞きません」
少し尖った返事になった。高城はすぐに手を上げ、違う、と言い直した。
「先に、美月がどう思ったか聞きたい」
美月は高城を見た。突き放すための問いではなかったらしい。彼は料理の皿を端へ寄せ、自分が話し始めるのを待っている。
それでも最初は何を言うか迷った。家で放送を見たとき、よかったと思ったところはある。水野と制作側へ伝えるための簡単な振り返りも書いた。
だが高城の前へ座ると、先に答えをもらう方が楽になってしまう。
「……自分では、よかったです」
美月は言った。
「それは、ロケの後も送ったとおりです。放送を見ても、そこは変わらなかった」
「うん。どこが?」
高城が尋ねたので、美月は考えた。
「先生が話し始めたとき、続きを足さずに待てたところ。あと、聞かれたことに答えて、もう一回返せたところです。用意した文章をそのまま言ったんじゃなくて」
皿の料理を一口食べ、続けた。
「急に外の撮影がなくなって、最初は何もできなくなると思いました。でも、何分の何を撮りたいか聞いてから、使える話を選べました」
「料理を作る場面は?」
「そこは、まだ手元を気にしすぎました。カメラへ向くと、先生の言葉を一回聞き逃していて。放送では短くなってたけど、自分では分かります」
高城は頷いた。美月が課題を話したからといって、すぐに別の課題を重ねなかった。
美月はテーブルの水を一口飲み、放送で使われなかった話も一つ思い出した。
「買い物の話は、少ししか入らなかったです。でも、あの場で話せたこと自体は無駄ではなかったと思います。そこから先生が、今日使う野菜へ話を渡してくれたので」
言い終わると、少し恥ずかしかった。自分の仕事を自分でよかったと言うのは、誰かの言葉へ頷くより、まだ慣れない。
高城は、そこまで聞きたかった、と言った。
「今日の感想、俺のを聞く前に美月のがあってよかった」
「前は、なかったみたいに言いますね」
「あったと思う。でも、俺が違うこと言うと、そっちへ動くこともあったから」
美月は否定しかけ、やめた。芝居でも写真でも、高城の一言でその日が成功か失敗か決まったような気分になっていた。ほかの人から褒めてもらっていても、彼が短く指摘すると、そちらだけが正解のように残る。
「ありますね。それは」
「うん。今日は、自分が見たことを先に言ってもらいたかった」
美月は指先でメニューの角を揃えた。
「では、修司さんは、どうでしたか」
高城は水のグラスを置いた。
「トークの最初。段取りが好きなのに、それで忙しくなるって言ってたところ。自分を面白くしようと大げさに言わず、困ってることをそのまま出してた。先生が返しやすそうだった」
美月は頷いた。自分が気に入ったところに近いが、同じ言葉ではない。向こうの見え方を聞く意味が残っている。
「あと、先生が来客の話を始めたところ。美月、一回口を開きかけて、待ったでしょ」
「覚えてます」
「あそこで待てたから、相手の話の先を受けて、自分の言葉で返せた。それが一番よかった」
美月は、嬉しいです、と答えた。聞く前からよかったと思っていても、好きな人に具体的に言われる嬉しさは、減らなかった。
「料理のところ、私が気になった部分はどう見えました?」
「手元へ意識があるのは分かった。でも、包丁持ったまま無理に返さず、置いてから答えたのはよかった。番組としての細かい改善は、現場の人と話した方がいいと思う」
美月は、水野と振り返るときに聞いてみる、と答えた。
次の皿が来て、二人は少し黙って食べた。美月は会話が止まっても、まだ褒め言葉を追加してほしいとは思わなかった。聞きたいことを聞けて、自分の話もできた。
「今日、聞く前から感想があったのに、先に聞いてしまいました」
美月が言うと、高城は、癖かもね、と返した。
「そうですね。修司さんがいいって言ったら、安心できるので」
「安心するのはいい。でも、それがなかったら今日の仕事がなくなるわけじゃない」
美月は皿の上を見た。誰かから答えをもらうことより、自分の見たものを消さずに持っている方が、今日は気分がよかった。
「次に違うことを言われても、私はここがよかったって、返していいんですね」
「当然」
「じゃあ、今までより面倒になりますよ」
「もう、わりと」
美月は顔を上げた。高城が笑いかけたので、こちらが先に続ける。
「今日は、取り消しません。自分ではよかったので」
「うん。俺もよかったと思う」
美月はそこでようやく笑った。勝ち負けをつける言い合いではないが、自分の足が床へついている気がした。
食事の後半、来月の予定の話になった。美月は水野から受け取った業務上の連絡を思い出し、高城へ、十一月一日から森岡が正式に制作を担当すると確認した。
「うん。今の企画の引き継ぎは、月末までに終わる」
高城は落ち着いた声で答えた。公演と新曲制作の区切りを見て決めた日だと、水野から全員へ伝えられている。
それでも具体的な日付を口にすると、その日が急に近づく。
「次の打ち合わせから、高城さん、いないんですね」
「最初の引き継ぎの確認にはいる。その後は森岡が窓口になる」
「分かりました」
美月は、嫌です、と言いたくなった。仕事のための変更だと分かっていても、いつも見つけられた黒いシャツが、日常の中から減る。
自分ができるようになったことと、そばにいてほしい気持ちは、同じ速さでは動かない。
「森岡さんとは、今後の企画について、もう一度打ち合わせをします」
「うん。話せそう?」
「はい。聞きたいことを分けてくれるので、言いやすいです」
高城が頷いた。美月はその顔を見て、後任を悪く言って引き留めてもらう話ではないと思った。森岡は、自分が希望を伝えたとき、ちゃんと仕事へつないでくれた人だ。
「仕事は、続けていけると思います」
美月が言うと、高城は、うん、と答えた。
「でも、私、担当じゃなくなった後も、今日みたいに感想を聞きたいです。話せるものだけですけど」
「聞くし、話すよ」
美月はグラスへ手を戻した。
帰り、次に会える日を探すと、正式な引き継ぎの後になった。美月は手帳へ予定を書きながら、業務の都合で同じ場所にいる日が、これから減るのだと実感した。
書き終えてから高城を見ると、彼も自分の予定を保存していた。
美月は手帳を閉じ、またね、と言った。




