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第28話 私の面白さを勝手に決めないで

 企画書の太字を読んで、美月は笑う準備をやめた。

 清楚なアイドルの、意外すぎる素顔。

 その下には、寝起き、料理、片づけ、という見出しが並んでいる。初めて呼ばれる小さな生活情報番組のロケ企画だった。美月が料理の体験と短いトークへ参加する。


「前に寝起きのお話が面白かったので、その辺りのギャップを出せればと思いまして」


 番組の企画担当者が、机へ資料を広げた。会議室には美月と水野、制作担当者二人、それに初めて顔を合わせた森岡俊成(としなり)が座っている。

 森岡は水野の横で、まず番組側の説明を聞いていた。次の担当者としてすべてを引き受ける前に、単独企画の調整へ一部入るのだと、先に紹介された。

 高城はいない。


「ご自宅の写真を何枚かいただけると、スタジオで使えます。普段との違いが分かるものを」


 美月はペンを置いた。事前の質問票には、最近作った料理の写真もあれば、と書いてあった。家で選んだ一枚をスマートフォンに開く。

 主菜とパン。その横に、マグカップが二つ。料理を大きく撮ったつもりだったが、端には袖をまくった腕まで入っていた。

 高城が皿を寄せてくれたときの写真だ。

 向かいの担当者が身を少し乗り出し、美月は画面を自分へ向けたまま、親指で閉じた。


「部屋の写真は、出す範囲を自分で確認してからでもいいですか」


「もちろんです。洗濯物が出てるとか、親近感のある感じだと」


 相手は悪意なく言っている。机の下で、スマートフォンを鞄へ戻した。料理の写真を切り取ればいいのかと考え、企画書の「素顔」という文字へ目を戻す。


「すみません。生活の場所を、散らかってるかどうかで見せるのは、今回は避けたいです」


 企画担当者のペンが止まった。水野がすぐに話をつなごうとしたが、森岡は美月へ目を向け、何が気になったかを尋ねた。


「写真そのものが難しいのか、企画の見せ方に違和感があるのか、聞いてもいいですか」


 美月は少し考えた。全部断る言い方をすると、何ならできるかが残らない。


「両方、少しずつです。清楚な人でも寝起きは悪い、という話はしました。でも、毎回きちんとしてないところを探すと、そういう面白さしかないみたいになるので」


 言い終わると、強く言いすぎたかもしれないと思った。企画を作ってくれた人を前に、私の面白さを決めないでくださいと言っているようだった。

 森岡は否定せず、なるほど、と頷いた。


「美月さん自身は、今回は何をしてみたいですか」


 名字ではなく名前にさんをつける呼び方も、高城とは違った。美月は資料の料理体験のページを開いた。


「私、準備は好きなんです。だから、準備してきたものが現場で役に立つかを、試す方がやってみたいです。ちゃんとしてるか、してないかだけじゃなくて」


 番組の担当者が、具体的には、と聞いた。美月は自分がメモをすることと、料理の工程を増やしすぎたことを話した。ただし、誰と食べたかという私生活の細部は言わない。


「段取りのメモを作って、料理の先生に、どこから直せば楽になるか教えていただく形なら。失敗するのを待つのではなく、変わるところまでできたら嬉しいです」


 水野が、手元のメモや作業なら事前確認もできる、と補足した。森岡は番組の担当者へ、元の企画のどの部分を残せるかと尋ねた。

 相手は少し考え、家の写真を使う導入は外せるが、トークの時間まで全部を料理の実演にするのは難しいと答えた。


「短い体験部分で、準備のメモを使ってみる形ならできます。スタジオ用には、買い物で困った話などを一つ伺えれば」


 全部が自分の案になったわけではなかった。それでも、太字の一行を笑顔で受け取るだけではなくなった。


「買い物の話は、できます。話せるものを選んで、お送りします」


 美月が言うと、森岡は確認事項を三つに分けた。自宅写真は今回は使わない。料理では本人の用意した段取りのメモを材料にする。私生活の話は、本人が話してよいと選んだものを事前に確認する。

 美月はその順番でメモを取り、番組側も同じものを確かめた。


 会議の終わりに、制作担当者が当日の撮影予定を説明した。最初は屋外の小さな直売所で買い物をし、その後に調理場所へ移る。天候によって順番が変わる可能性がある。

 美月は雨の場合も屋内で料理をするのかと尋ねた。調理の場所は使えるが、店の紹介や外の体験部分は変更するかもしれないという。


「その場合の話題も、一つ用意しておきます」


 美月は言った。


 番組の担当者たちを見送ってから、美月は水野と森岡と三人で残った。美月が企画へ異論を言ったことを気にしていると、水野は、言い方は伝わったと思う、と答えた。


「一つ断った後で、何ならできるかも話せたから」


 森岡も頷いた。


「ただ、案が採用された分、当日は本人の言葉で成立させる必要があります。準備したメモを出して、あとは先生が全部面白くしてくれる、にはしない方がいい」


 美月は姿勢を正した。何でも肯定する担当者ではない。こちらが言いたいことを聞いたうえで、必要な仕事を返してくる。


「はい。自分で、どこが困るのか説明できるようにしておきます」


「当日の担当ディレクターへ、変更した趣旨は私からも共有します。原稿の言い回しは美月さんが作って、水野さんを通して確認しましょう」


 森岡はそこで、美月へ、今ここで最初の説明だけを聞かせてもらってよいかと頼んだ。

 美月はメモを見たが、まだ当日用のものはない。机へ手を置き、料理の工程を増やしすぎたときのことを短く話した。


「段取りを組んだつもりが、全部同じ時間に出来上がりそうになって、私が一番忙しくなりました」


 森岡が頷いた。


「それなら分かります。メモが細かいことを笑うのではなく、使ってみたらどこで困るかを見る企画ですね」


「はい。準備をやめるんじゃなくて、変えるところまでしたいです」


 美月は自分の提案を、メモの最初に書き留めた。

 森岡は番組側へ返す要点を書き、美月に意味が違っていないか確かめた。美月は、段取りが細かすぎると決めつけず、どこを分ければよいかを見たい、と一箇所だけ言い直した。

 水野がその修正を同じ資料へ入れた。

 美月は、自分も最初の説明をもう一度メモした。今日ここで決めた言葉が、当日の自分を縛るためではなく、迷ったときに戻る場所になるとよかった。


 最後に森岡は、名刺の裏へ連絡の窓口を書き足した。


 会議室を出た後、美月は水野へ、森岡は以前からこういう仕事をしているのかと尋ねた。企画と本人の認識を合わせるのが得意なのだと聞き、さっきの質問を思い出す。

 何が難しいのかを分けて聞かれると、自分も答えを探しやすかった。高城なら短く聞き返して、自分が先に言いすぎたかもしれない。どちらかが正しいというより、会話の進み方が違う。


 事務所へ戻ってから、美月は今日の変更点をノートへまとめた。自分の写真を見せないと決めたことと、料理の手元を見せると決めたことを、同じ欄へ書く。

 隠すか全部出すかの二択ではなかった。見せるものを選んだ後、そこへちゃんと自分の言葉を載せなければならない。


 机の向こうで高城が別のスタッフと話していた。美月は、今日の打ち合わせは終わりましたと仕事の報告だけをした。

 その場で、私の案が通りました、と褒めてもらおうとはしなかった。


 帰宅した後、料理の本とメモ用紙を机へ出した。どこで何が重なると手が止まるのか。美月は簡単な一品を選び、作る順番を五つに分けた。

 全部の言い方を文章にしたくなったが、見出しと必要な道具だけにする。料理の先生から思っていない質問をされても、今日の自分が何をしてきたかは話せるはずだった。

 実際に一度作ってみると、洗う器の数を忘れていた。美月はそこでメモへ小さな印を足した。完成した写真より、途中で詰まった理由の方が、今回の企画には使える。


 夜、高城との通話で、今日、新しい人に仕事の相談を聞いてもらったと話した。自分から意見を言えたことを伝える。


「言う前は、ちょっと怖かったです。せっかく考えてもらったのに、感じ悪く見えるかなって」


「自分がする仕事の話なら、意見は言っていい」


「はい。ただ、言った分は自分でやらないといけなくなりました」


 高城は、それはそうだね、と返した。美月は笑い、いま試した料理の話へ移った。食べたら少し濃かったので、当日のメモには味見の場所も書いてある。

 通話の後、美月は味見、と書いた箇所を丸で囲み、当日用のファイルへ入れた。

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